乙女ゲームを破綻させる方法
「<>」内は筆談です。
「…と、いうわけだ。こっちの思惑通り、軒並みの貴族連中が連座で処分されそうだ」
ニヤリと笑う黄書のの眼鏡がきらりと不気味に光る。
国で言うところの所謂外交を司る彼の報告によると、攻略対象者たちと交わした書類はきちんと効力を発揮したそうだ。
あの後、ただの少女となったカナハ嬢を連れ帰った第一王子たちはしこたま怒られたようである。叱り付けた国王の気持ちもわかるが。
例え、『聖女』の称号がなくても、女神様から与えられた祝福の使用は可能、異世界の知識を持ってこちらにやって来た少女というだけでも十分に利用価値はあると思われるだろう。
しかし、『聖女』というのは謂わばこの大陸一帯の主教である星導教会の後ろ盾があるという証明である。大陸一帯というだけあり、信者の数は恐ろしいほどだ。そんな数の信者たちが崇拝する法王と同じくらいの地位である『聖女』。政治利用しない手はない。
国王としては、息子とその周辺の貴族子息たちを宛がい、聖女に気に入られてから教会へ行かせて称号を得た彼女を王子の伴侶にする…というのが筋書だったのだろう。実際、第一王子とその護衛、宰相という、国王が自在に動かせる人材をカナハ嬢が選んでいて、しかもあの周囲の部下たちへのセクハラ、権力にものを言わせて異世界の少女が嫌う令嬢の父親に圧力を掛ける所謂パワハラをも容認していたのだから。…宰相のセクハラによる身分剥奪に関しては、告発者が第一王子だったのと、騒ぎが大きくなってしまったからやらざるを得なかっただけだと思われる。
だが、そんな風に考えていた国王の思惑とは別の方法へ動いた結果、結局手に入ったのは『ただの少女』であったのだ。怒るのもムリはない。
「『魔力中和』と『魔力返還』という能力も珍しいですし、異世界の知識だけでも利用出来ると思えるのですが…」
『堕華』のヒロインによって『ユーグリット・ニーズヘグ』が悪役とならないのであれば、私にとってカナハ嬢はそれ以上でもそれ以下でもない。とにかくジャマをしないのであれば、ただ身内も後ろ盾もない哀れな少女でしかないから思わずそうフォローするが、それを聞いていた黄書のが鼻で嗤う。
「あの子どもは利用価値のある知識も持っていないようだぞ。それに、『魔力中和』にしろ『魔力返還』にしろ、政を司る方々には不評だったようだがなぁ?あと一つの『安産』に関しては知らんが」
この世界では、多かれ少なかれ皆、魔力を持っている。一種類の属性魔術を極めた者を魔術師と呼ぶのだが、一般的にあまり魔術を学ぶ者は多くない。おかげで、魔力中毒を起こし、突然性格が豹変したり、問題行動を取ったりする者がいる。
そんな者たちの中毒になる程の魔力を吸収する能力が『魔力中和』であり、中和した魔力を元の持ち主に戻す能力が『魔力返還』だ。中毒を起こし掛けている者にとって、その能力者の傍は精神が安定するのである。
だからこそ、カナハ嬢の傍に最初から人が集まっていたのだろう。ヒロインという立場もあるし、その後は彼女の魅力だとしても。
ちなみに、ここにいる私たち枢機卿は全員が全属性の魔術を扱うことが出来るし、鍛練を積んでいるので中毒を起こすことはない。リトも火属性だけとはいえ同様である。
リトと同じ年齢である黄書ののにとって、カナハ嬢は『子ども』という認識のようだ。
まあ確かに、カナハ嬢と同じ年頃のこの世界の少女の方が余程、しっかり自立しているからそう思えるだろう。貴族でないから準成人とは言わないが、平民であれくらいの年であれば外で働いている者が大半である。それに比べてカノン嬢は、とても働き者で人に甘えず自分の足で立つために学ぶ姿勢を持つ、しっかりした少女だ。
同じ世界の同じ国、同じ年齢、似た外見ではあるが、ずいぶんと違う二人である。
しかし…ほとんど関わりのなかった黄書のに『子ども』と称されるようなカナハ嬢の女神様の祝福の一つが『安産』というのはまた、皮肉なものだ。『知識』にあるような医療水準の高い世界ならまだしも、この世界にとっては出産は命懸けではあるから羨ましい祝福ではあるものの、あんな風に攻略対象者たちにべったりと甘えていた彼女が母親になれるのかが心配ではある。
黄書のの報告通り、処分された貴族の中で表向きは『対等である教会との間に軋轢を生んだ』という理由で王位継承権を剥奪され、監視とろくな領地のない適当な爵位を与えられて飼い殺しにされるであろう第一王子に付いて行けばそこそこの生活を送れるだろうが、さてさてどうなることやら…。
ちなみに、護衛は近衛騎士から一般騎士へと格下げ、しかるべき時に継ぐ予定だった実家は弟が継ぐことになり、元宰相は領地の縮小と共に閑職へと追いやられてしまった。その他、攻略対象外でカナハ嬢にの傍に侍っていた貴族子息たちも似たり寄ったりである。
…その処分に、どれだけ国王が聖女とそれを囲うであろう彼らに期待していたかわかるものだ。期待が裏返った今の彼らの状況がいっそ哀れで恐ろしい。
「王は聖女・カノンへの謝罪と面会を求めているが、どうせ自分の傀儡共と逢わせるつもりだろうと思ってな。まだ返事はしてないがどうする?」
黄書がそう言って私を見た後に、他の枢機卿を見渡す。この円卓についている者は、今まで私たちが調べたことを報告しているから国王の思惑もわかっている。
「まぁまぁ!ここまでやらかしておいて、まだ挑戦しようなんて!!その気持ちを買ってあげたいのはやまやまだけどぉ~カノンちゃんは、まだ聖女としてお披露目が出来ないから~」
みんなを代表して白杖のが、軽い口調で国王の申し入れを拒絶した。それに対して反論する者はなく、一同は頷きを返す。
「もしもぉ~カノンちゃんが立ち直って、逢ってあげても良いって言うまで『待て』が出来るのであればぁ。いいかも?」
円卓につく者はリト以外は全員、顔を隠すフードやベールを被っているのだが、白杖のの色気はそんなものでは遮断出来なかった。のんびりした口調なのに、色気をまとった圧がすごい。
慇懃無礼な黄書のも、ビリビリした圧に押し負けていた。
「セトナちゃん、それで良いかしらぁ?」
「えぇ、大丈夫です」
「じゃあ、ノーバートちゃん。お願いねぇ」
「…承知した」
本来の円卓であれば、名前など呼び合わないのだがさすがは白杖のである。黄書のも突っ込めない。しかも、話のまとめ役は私なのだが…それはまあいいか。
さて、次は組織の方だ。こちらの方は、ある意味最も楽である。
「<組織の方は、告発された資金源になり得そうな貴族を神の名のもとに我らと紅剣とで先に処分を下したせいで、派手な活動はしばらく不可能となった>」
カカカッという音を立て、小型の黒板に青秤のの言葉が紡がれる。
国であれば法を司る青秤と、取り締まりを行う紅剣とが『神の名のもと』に行うそれは粛清の意味がある。
本来であればそれぞれの国が各々の法を持つが、教会の法はまた別だ。もちろん、罰金やら領地没収、爵位剥奪などは出来ないが、一定期間の無償奉仕、最悪の場合は破門という罰則を与えることが出来るようになっている。そもそも国の主教になるに辺り、当時の国王と法王とが決めた取り決めで、だからこそ国内で唯一不可侵地帯である教会は、立場弱き者たちの最後の逃げ場となれるのだ。
組織は所謂悪事を働く貴族家を襲い、そこから後ろ暗い金を奪って運用資金としていた。内部から得た情報から、その資金源になり得る悪徳貴族の屋敷を先に襲撃。そして粛清された貴族家の者は神に仇なす者として破門した。
いくら神を恐れぬ悪事を働いた者とて、目に見えぬ神罰よりも破門されることにより周囲から見放される方が恐ろしいだろう。国の法に乗っ取った方がまだ、罪人として保護され身は安全だが、破門された以上はどんな者も受け入れる教会は元より、国もまた門を閉じ我関せずを貫く。例え、その者がどんな目に遭おうと。
かつて、戒律を破ったとして破門された男がいたが、彼と彼に便乗して甘い汁を吸っていた者共は支配していたはすの領民に石を持って追われ、国に助けを求めようとも放置され、どこの店でも商品を売ってもらえず、身ぐるみを剥がされて、かつて嘲笑っていた平民より更に下の立場となって泥を啜るような生活を強いられていたようだ。…私はそれを人伝で聞いたのだが、浮かんだのは連座でニースヘグ家で働いている弟と母もまた破門されていないかどうかだけだった。
血縁上の父親に対して薄情だが、私にとって家族なのは二人だけである。幸い、この間の集まりに使った教会がニースヘグ家の領内だったためランドン君に見て来てもらったのだが、二人共今も元気に勤めているそうだ。私が総本山に来てすぐの貴族の一斉破門騒動だったのだが、今はもう全く当時の混乱は伺えないようでよかった。
「まあ、破壊行動ばかりが活動じゃないからな。あちらもこの期に後回しにしていた救済措置に力を注ぐだろうよ」
「<紅剣ののと同意見なのはいただけないが、まあそうなるだろう>」
「義父上様ったらいけず~」
「<うるさいうるさいうるさいうるさい誰が父だ>」
カカカカカッと力任せにチョークを走らせてリトとやり取りする青秤の枢機卿。誰よりも厳重にフードとベールを被る彼の表情は見えないが、なかなか面倒見が良いと思う。たぶん、リトや黄書のの父親くらいの年齢なのだろう。だから彼らは青秤のをよく『父上』と呼んで慕っている。私は枢機卿になって以来、ずっと避けられているのでまあ、顔を見るどころかろくに話しもしないが。
組織の今後については、副リーダーとやり取りをして組織の実動隊の動きを先読みしていたリトの言葉通りになるのだろう。
貴族からの被害を受けていた平民を回収するだけして、後回しにしている現状を憂いていた副リーダーであれば、救済措置もうまくいくだろうと思う。それに彼を慕う野良魔術師もいるから大丈夫だろうし、二人に尻を叩かれて馬車馬の如く働かされるリーダーもまた想像出来る。
…すると、組織側がカナハ嬢に関わるのは難しくなると言うことだろうか?
それぞれが騒がしくする円卓の中、私は自分の考えに没頭する。
第一王子らは監視がつけられ、自由に動くことも動かせる駒もない。
組織のリーダーらは救済措置と新たな資金源を得るために奔走するだろう。
彼らの中でカナハ嬢への恋慕の念は消えていないだろうが、今の状況ではとても『乙女ゲーム』のようにはいかない。つまり、それは『乙女ゲーム』の破綻だ。
ではリトは、『悪役・ユーグリット・ニースヘグ』は救われたということ…?
そう理解した瞬間の私の気持ちを、どう表したはいいだろうか。とにかく私は。
「ところで。私の婚姻が成っていたというのはどういうことですか」
円卓の騒々しさがピタッと止まった。




