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ヒロインから称号を奪う方法

だいぶ長くなりました。

ハイ、アリアド八世ですが何か。女性法王に付けられる名称のひとつで、私の前の法王がアレクロイドだったからという安易な理由で付けられた。

アリアドがアレクロイドの実娘だったという逸話が残るせいか、代々アレクロイド法王の後の女性法王はアリアドという順になっている。

閑話休題(どうでもいいことだが)


誰が叫んだのかわからず、思わず振り返ってリトを見詰めてしまう。

その顔に答えなど書いていないのにも関わらず見てしまい、そして普段より近い位置にあるリトのとろりとした蜜色の瞳を確認した私は急に冷静になった。

…リトが何に対して、何を思ってその瞳の色を変えているのかはこの際置いておいて。


繋ぎ方がいつの間にやら変わって、指と指の間に入っていた彼の指がさわさわと不穏な動きをするのに気付かないフリをしつつ、咳払いをしてから改めて説明するために口を開く。


「教会の人間は女神様の加護を持つ方々に対して庇護欲を持つことこそあれど、欲望を持つことはありえない。私がそこの少女に対して邪推されるような感情を抱くことはありえん。そもそも、このアリアドという名が示すように、私は」

「うるさいうるさいうるさい!神の名を盾に取れば我々が引くとでも思っているのか!?」


「……………」


え、えー……。

聞く耳を持ってくれない。困惑しつつも、確かにあちらが心配することも理解出来なくもないと、冷静に思う部分もある。


星導教会で祀る女神様は、世界を渡って来た少女たちを護るために加護を与えているのは広く知られている。

その加護による作用の一つなのか、奇跡の力を行使する我々教会の人間は彼女たちに対して一切の悪意や欲望を向けることが出来ないのだ。


予想だが、能力はあれど後ろ盾のない異世界からやって来た少女たちを護るための砦として、自分の力に聖女たちに対する庇護欲を織り込んだのかもしれないと考える。そして教会へと集まり、女神様の力…すなわち奇跡の力を多く使える者たちは総じて上層部に食い込む者たちが多かった。

つまり他の権力者と違い、教会の方針を決める立場になる者に聖女に対する欲望は発生しないのだ。

ご都合主義とは言ってはいけない。彼女たちに全てを捨てさせて、こちらに来てもらっているのだからそれくらい当然だと思う。


とは言え、それを説明して信じてもらえるとは思っていない。人間、違う考えを受け入れるには体感してみるのが一番だが、この場にいる教会関係者以外で奇跡の力を行使出来る者はいなそうだ。強いて言えば野良魔術師には期待をしたいが、淡いであろう恋愛感情ですら欲望と定義されるのであれば現時点ではそれも難しいだろう。

そもそも、私は女だから攻略対象者たちが危惧するような感情は抱くことはないんだが…言い出せる雰囲気ではない。


溜息を一つ吐き、もう一度石突で床を叩く。


「我々の主張は文面に出していた通り、聖女の保護である。そこに邪な思いは一切ない」


「文面…?」


いったん口を閉じていた第一王子は、首を傾げて心当たりがなさそうな様子だ。心当たりがある彼の後ろにいる文官は、第一王子に耳打ちしようか迷っているので、先に答えておいた。


「第一王子の名で返答があった。『聖女が拐かされてそれどころではない』と」


「あぁ…」


思い出したらしい第一王子だが、正式な文書にそんな返事を返したことに何も感じないのだろうか。

こちらは規模としては小国と言っていい大きさだ。しかし、大陸一帯の主教であるこの星導教会の総本山である。そこからの正式な文書に対し、たかだか国王の息子一人如きが子どもの伝言みたいなものを送ったという事実に気付いていないようだ。

もとよりそのことに気付いている文官たちは蒼い顔をしているが、全くことの重要さに気付いていない第一王子以下愉快な仲間たちはここに来て犯人である組織のリーダーたちを罵り出す。負けじと言い返す組織のリーダーはさておき、お粗末なやり取りに溜息が出る。幸せが逃げそうだ。


「だって、仕方ないもん!みんな、わたしのために一生懸命だったんだから!」


頬を膨らませてそう主張する拐かされた張本人であるカナハ嬢もどうかと思うが、まあ彼女は異世界出身でことの重要さがわからないのだから仕方がない。仕方ないが、その返しはいかがなものだろうか。


「バカかな?」

「………」


バッサリと笑みすら浮かべて切り捨てるリトは置いておいて。

王子たちのお粗末さに対し失笑していた組織のメンバーも、彼女の返しには何とも言えない表情を浮かべている。自分たちのリーダーが、先程まで嘲笑っていた王子たちと同レベルで言い争っているのが視界に入っているから尚更だろう。


しょっぱい顔をする両陣営の部下たちに気付かないまま、攻略対象者たちは『だからどうした』と開き直っている。

…この世界の常識を知らないカナハ嬢はともかくとして、攻略対象者たちはそんな風にしていていいのだろうか。そもそも彼らは、何故教会が必死に聖女たちを保護しようとしているかわかっていないのだろうか。いや、わかっていないからこそのこの態度だろう。

別に我々が必死になっているのは、女神様の願いを実行するためだけではない。政治と宗教が袂を分かち、教会が国とは別に独自の権力ちからを持つ理由を考えてほしいものだ。…大教会に戻ったら、この国の各教会に僧兵と聖騎士を増員するべきだと話し合う必要がありそうだな。今後、このメンバーが何かしら騒動を巻き起こしそうだから鎮圧するにも巻き込まれる信者たちを守るにもちょうど良いだろう。


とりあえずこれで、教会側から聖女の処遇について記録に残る正式な文書で問い合わせたという事実は周知された。尤も、国の保管庫に記録が残っているから大丈夫だとは思うがまあ、こうして話題にしておけば後々『そんなの知らん』と言い出せなくなるはずだ。たぶん。


「拐かされた聖女は今ここにいるわけだが、我々教会に預けてもらえると考えて良いか」


「「誰が教会なんかに渡すか!!」」


第一王子と組織のリーダーの声が揃った。なかなか息が合うなと感心したが、本人たちの間で火花が散ったように見えた。…本当は仲が良いんじゃないの?ムリして不仲を演じなくてもいいよ。


「再三、文書にも記し、先程も言ったが、我々に野心も邪念もない。ただ、異世界から渡って来た無力な少女に微力ながら力を貸すのが我々の役目だ。そこには知識だけではなく、身分ももちろんふくまれ」


「ボクを誰だと思っている。身分などどうとでもなる!」

「ハン!身分なんて足枷以外の何ものでもないね!カナのしたいことをさせられるだけの力と、彼女を守る力が俺にはある。教会に組する必要なんてねーよ!」


王族である第一王子がわりかし恐ろしいことを言っているがそれはともかくとして。

組織のリーダーは見た目通りの脳筋的思考の持ち主らしい。やはり、頭脳担当は副リーダーなのだと思ってそっとそちらを見ようとしたが…ものすごい冷気を感じてすぐに視線を前に戻した。こわい。


ゆっくり、言葉を強調するために話していた私の言葉を遮った上層部代表の二人。それぞれがそれなりに権力を持ち、言ったことぐらいは出来るのだろう。

そんな二人に続き口々に言葉を挟む攻略対象者たちと、困惑しつつもそれぞれ記録を残すその部下たちを見ながら、そろそろ良いかと思い肩越しに振り返る。私の考えを正しく読み取った彼は背後に合図を出し、それに応じた司祭服をまとった一人が書類を恭しく持ちながら前へとやって来る。

非公式の場ではあるが、リトとその部下である紅剣以外の教会関係者は私を含め例外なく顔を隠すベールを付けていた。肩を隠す程長いベールに隠されていて顔形どころか髪色すらもわからないものの、体格からその司祭服の人物が小柄な女性だということはわかる。


司祭服の彼女が書類をそれぞれの部下たちに渡し、それが第一王子と組織のリーダーに渡ったのを確認し、私は疑問を感じているらしい彼らに答えるべく口を開いた。


「そちらは聖女を渡さないと言う。しかし教会が出来て以来、例外なく聖女たちを保護して来た我々もそれは困る。後世に聖女に関する事柄を伝え、何かあったときの判断材料として残さなければならない」


前回の召還との間隔、聖女が現れる前後の世界情勢、聖女の能力と異世界の知識とそれを運用した際の効果、国同士の勢力図の変化などなど。記録しておきたいことは山とある。もちろん、聖女自身に関することも、どういった少女がやって来るかという情報もあった方がいいだろう。

だからこそ、口を挟んでこういった場を設けたのだ。


攻略対象者たちとは違った意味で、教会は聖女が必要なのだ。しかし、逆を言えば異世界からやって来た『聖女』たる資格がある少女であれば、それがカナハ嬢である必要がないとも言える。

つまり。


「ところで、今回の召還にて何か不測の事態があったのではないか」


「…何が言いたい」


第一王子が警戒した様子で答える。それもそうだろう、そもそも教会に話を通していないのに聖女が現れたとすでに知っている時点で内部で情報を流している者がいると判断が出来る。

まあこちらは『乙女ゲーム』の知識があり、早い段階で手のものを仕込んで情報を得ていたのだが、そんなことをしなくてもカナハ嬢と攻略対象者たちの動きが派手過ぎて情報提示されていなくても聖女の存在を想定する者がいてもおかしくはない。


そこまで気付いているのかはわからないが、私が何を言い出すか警戒している第一王子。他の攻略対象者たちもそれは同様で、緊張感が一気に増した。

視界の端でリトに特攻を掛けては避けられるカナハ嬢は見ないフリをしつつ、私は口を開く。


「例えばそうだな…野心溢れる者が聖女を得ようと召還後の慌しさの隙を突いて攫い、一時少女の行方がわらかなくなったとか」


「………?」


怪訝な表情を浮かべる第一王子とその一味たち。時間軸的には召還直後ではなく、そして攫った理由は野心からではないものの、聖女であるカナハ嬢はここにいる組織のリーダーたちに確かに攫われている。

組織側も訝しげにこちらの様子を伺っているが、口を挟むことはない。なので、これ幸いと私は続ける。


「そして、善良な者に少女は救われた」


善良とは何かと聞きたくなる、身体検査と称したアレコレについてはコメントは控えよう。とにかく組織のリーダーはカナハ嬢を思って身柄を王子たちの下へと送ったのだから彼女は『救われた』と言っても良いだろう。


…とまあ、ここまでが実際に起こったことをある程度なぞっているはずだ。ところどころ細かなところは違うもののまったくのウソではない証拠に、困惑気味の攻略対象者たちは何も言ってこない。

ただ、ここからは違う。


「さて、善良な者は少女が聖女だと知り、すぐさま教会へと連れて来た。教会側はそこで召還が行われたことを知り、少女を聖女として保護した」


「……はぁ?」


組織のリーダーがぽかーんとした表情をしている。理解出来ているとは到底思えない顔なので、私は今度は遠まわしではなくはっきりと口にした。


「教会側としては聖女が異世界から渡って来た少女であれば、そこにいる少女ではなく、うやむやのまま姿を消した方を聖女として立てても構わないと言っているのだ」


「………!!」


第一王子側の目が驚愕で見開かれた。組織側の方はそこまで大きく表情を変えることはなかったが、リーダーもまた、教会がそのことを知っていることに驚いている様子だ。


「もう何度も言うが、教会は異世界より渡って来た少女を守るために保護しようとしているだけで、もしその代わりをそちらがし、それが少女のためになるのであればムリに連れ出すつもりはない。むしろ、すでに馴染んでいる少女をムリにそちらから引き離した方が女神様の意向に反してしまうだろう。だが、こちらも建前というものがある」


「………」

「うわー、お役所仕事ってことか」


組織のリーダーは呆れを含んだそんな嫌味なことを言うが、だからといってそれ以上は突っ込んで来なかった。

それもそうだろう、彼だって開かれていながら隙がないという矛盾を持つ教会にカナハ嬢を奪われたくないのだから。それだったら、以前にも拉致することが出来た第一王子たちのところに彼女を置いておきたいに決まっている。


そして第一王子が黙っているところを見ると、彼の方は言うことはないようだ。ただ黙って渡された書類を見ている。


「そんでもって、これが」

「あぁ、そこにサインをして血判を押してもらえば後はこっちで聖女について対処しよう」


「…えっ?」


ねこじゃらしにじゃれる仔猫のようにリトに挑みかかっていたカナハ嬢は、やっとこちらの話に興味を示したがもう遅かった。

各自に配った法王の署名付きの書類の空欄に、彼らはすばやく署名をして血判を押した。そんなに急がなくても撤回するつもりはないが、カナハ嬢に何か言われる前にすんでよかったよかった。一枚一枚に血判を押すのが面倒で、インクに血を混ぜてサインをした甲斐があったというものだ。

きちんと血を媒介にして術式が作動したのを確認した私は、完全に後ろに戻らずリトとは反対側の斜め後ろに立つ司祭服の彼女に指示を出して書類を回収してもらう。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


「きゃっ」


司祭服の彼女から書類の一枚を奪ったカナハ嬢は、突き飛ばした相手がよろめいてベールを落としたことに気付かずに慌しく文面を改める。突き飛ばされた子が心配だが、私が彼女に向かって歩き出す前に掴んだままの手を引いて足止めをしたリトが自分の部下に指示を出してすぐにこちらへと連れて来てくれた。たぶん、体格を見る限りその騎士はランドン君だと思われるが、ベールを回収し忘れている。司祭服の彼女を連れて来るその仕草は丁寧で優しいのだが、ほんの少し詰めが甘い。


「ランドン、後で追加訓練な」

「ひぃっ!?」


私の斜め後ろに司祭服の彼女を連れて来てくれたランドン君が、小さく悲鳴を上げるのが哀れである。強く生きてほしい。


「何よこれ!」


哀れなランドン君のしょんぼりした背中を眺めていた私は、激昂するカナハ嬢の声につられてそちらに視線を戻す。彼女は奪い取った書類を戦慄わななく手で握り締め、わなわなと全身を震わせていた。

あの書類は特殊な術を施したもので、破ろうとしたり汚そうとしても元に戻る機能と共に、処分しようとする人間に対して攻撃する機能も付いているからその手は痛いはずなのだが、大丈夫だろうか。

もしや、あの震えは書類の術式のせいかと心配する私だったが、周囲の視線に気付かないカナハ嬢は蒼褪めた顔で震えていた。


「これ、これじゃあわたし、わたしは……!!聖女って名乗れないじゃないのっ!?」

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