攻略対象者を一堂に集める方法
定時に、全員が辺境の教会に集まった。
非公式な集まりであり、集まる人物が人物なので人目を避けて辺境の第三者的な存在である教会を用意。それなりの応接室が使用されている。
そして集まっている面子を見れば、『さすが乙女ゲーム』と称賛出来るくらい顔面偏差値が高いことになっていた。
「よく、呼び掛けに応じてくれた」
「いやいや。坊やが見掛けによらず豪胆なお人だとカナに言われてな。ちょっと見てみようかと思って来ただけだ」
しょっぱなから言葉での殴り合いが、この場において身分が高い方々の間で起こった。お互い、口元を引き攣らせて不快感を隠しもしない二人だが、あれでも第一王子と反政府組織のリーダーである。
大人気ない。
教会であるのを盾に武器の持ち込みを制限したため、手持ち無沙汰気味な護衛騎士は警戒心を露わにし、殺伐としたこの場に不似合いな顔立ちが整っただけの平凡な少年にしか見えない野良魔術師を睨み付けている。
睨み付けられた野良魔術師は小さな身体を震わせていたが、副リーダーが立ってその視線を跳ね除けてくれたので尊敬と感謝の眼差しを向けていた。
キラキラとした視線を受けた副リーダーはそれを、私たちには余裕綽々にしか見えない笑顔で受け止めて、絶対零度の微笑でもって護衛騎士を返り討ちにする。
そして、誰にも気付かれていないようだが、元宰相が文官の下っ端として忙しく働いているのが目視出来た。
それぞれの立場と行動は違えど、さすがは『聖域に咲く華は闇に堕ちるか』の攻略対象者たちである。彼らが一堂に会いする姿は圧巻であった。
さて、そんな彼らに愛を捧げられているカナハ嬢はというと。
「…やっと逢えた。ユーグ様、わたしがあなたに寄り添いますから……どうか、どうか」
この場の空気が凍り付いた。
いつの間にか接近していたヒロインは、両手を胸の前で握り締めて潤んだ目を紅剣の長の正装を纏ったリトに向けている。前髪を挙げて精悍な顔立ちを露わにした彼は、服装も相俟って普段以上に素敵に見えるから、カナハ嬢が頬を染めるのも不思議ではない。
ただまあ…彼は今、仕事中である。
周囲の様子に気付かず、感極まったように捲し立てる異世界の少女を片手を軽く振るだけで止めたリト。別に魔術ではない。ただ、彼の他人を従わせる気配がそうさせたのだろう。腰に剣を帯びていなくても、同じ騎士ではあるが護衛騎士の青年とは迫力が違っていた。
一言も発することなく異世界の少女を止めたリトは、カナハ嬢に視線を向けることもないままこちらに視線を向けて、ゆったりとした速度で歩き出す。差し出されるまま握った手はずっとそのままで、ヒロインの登場においても揺るぎなく支えてくれていた。
第一王子側と反政府組織側とを隔てる位置までゆったりした速度を変えることなく歩き切ったリトは、優雅にお辞儀をして斜め後ろに下がる。ただし、何故か手を握ったままで。
何かあったときにすぐに動けるように距離はほとんどない状態ではあるが、これでは動くときにジャマではないかと心配になった。
手を抜こうと腕を引くものの、何故だか軽く握っているはずの大きな手から抜け出すことが出来ずにムッとしてリトを睨むが、彼はどこ吹く風。軽く唇をつり上げるだけの微かな笑みを浮かべて、余裕の様子だった。
さすがに、仕事中だから笑みはかなり小さく、仕草同様にどこか優雅な雰囲気だ。いつものリトとは違った雰囲気に思うことがあったのは何も私だけではなかったようだ。
「その鼻につく態度…お前、貴族か?」
反政府組織のリーダーが、鼻にしわを寄せながらリトに問う。正確に言えば、もう彼の中で結論は出ているから確認の意味があるように思う。
…それにしても、今更感が否めない。実際に顔を合わす機会は終ぞなかったが、協力者扱いで同じアジト内にいたこともあるにも関わらず、リトについて何も知らなかったのだろうか。副リーダーは野良魔術師に話を聞いてすぐに見に来たというのに。
「髪を伸ばしていないところを見ると、廃嫡された者か…?フン、負け犬が教会を新たな巣にしたと見える」
第一王子…いろいろと失礼なことを言っているようだが、廃嫡と負け犬の因果関係が理解出来ない。そもそも、次男である彼は跡取りではないから、最初から見当違いなことを言っているし、仕草だけで出生がわかるものなのだろうか。私も昔、彼と共にマナーを習ったことがあって家庭教師にお墨付きをもらったのだが…。
いやいや、リトからにじみ出る高貴な雰囲気を察して第一王子は言っているのだろう。王太子に決定していないが、王子として多くの人々に逢っているのだから、人の貴賤を瞬時に感じ取ることが出来るに違いない。
それにしても…彼を犬扱いした挙句、今回協力している教会を巣扱いするのはやめてほしい。仕事中とはわかっているが、さすがにムカッとする。
「犬如きが第一王子であられるシュナイザー様と異世界より遣わされた聖女であるカナ様と同席するなど、許されることではない。さっさと去れ!」
護衛騎士は威勢良く暴言を吐く。主が口にした蔑称を嬉々と使うところが、本当に意地が悪いと感じるのは私だけだろうか。もしくは、『虎の威を借りる狐』ということわざが『知識』の中にあるが、それだろう。青いたぬきが出て来る『アニメ』に登場する大柄ないじめっ子に従う小柄で細い子分を思い出した。
それにしても…、彼らは何を見ているのだ。それとも、恋に目が眩んで理解も出来ないということか。彼らはカナハ嬢の態度から、誰が彼女の心を奪ったか気が付いてあのようなバカげた態度を取っているようである。
ここが教会だと忘れて。
リトが身に付けている制服は聖騎士の中でも一握りしか入れない紅剣の、しかもその長であることを示す白を多く使用しているものだ。
教会の中では白は神の色として尊重されていて、一介の司祭や聖騎士では身に付けることは許されない。つまり、正式な場に身に付ける制服に白が多く使われれば使われるほど、教会内での身分が高いとわかるのだ。
教会では貴賤は関係ないが、身分というものは存在する。組織である以上、神の名の元全てが平等であることは不可能であり、そして何かがあったときに皆を守るためのイケニエの羊に箔をつけるためでもある。
リトに握られていない方の手に持つ法杖を上下に二回、動かす。カンカンと石突が石畳を叩く音が響き、この場にいるほぼ全ての人間の視線がこちらに向いたのを感じる。…残念ならが、リトに夢中なカナハ嬢と、それを無視してずっと私を見ている彼だけは別だが。
「静粛に」
風の精霊たちが私の意思を酌んで、頼りない声を厳格な声へと変化させてくれる。他の精霊たちも手を貸しているところをみると、洞窟の中のような現象が起こっていると思われる。
野良魔術師がピクリと反応し、私を驚いた顔で見ていたが無理もない。基本、精霊は金属を嫌う。只でさえ、選り好みをして精霊に選ばれる人間は少ないというのに金属を持つというのは、わざと嫌われようとしているのと同じだ。
しかし私は今、動かせばしゃらしゃらと涼やかな音を奏でる聖白銀…選別され祈りを捧げられた特別な金属で造られた法杖を持ちながら精霊を動かしたのである。魔術師である少年にとって、あり得ない光景だろう。
そんな理由でこちらを見た野良魔術師とは違うものの、一応は重要な人々の視線が向いたようなのでこれから予定通り、三者間での話し合いをはじめよう。
民を扇動して自分たちに楯突く目障りな反政府組織、特権階級なのを笠に着て民を同じ人と思わない王侯貴族。
そう思っていがみ合っていたそれぞれの者たちが、異世界からやって来た少女を間に挟むことで更に関係が悪化している。簡単に言えば、聖女の取り合いだ。
『乙女ゲーム』では、最終的には未来を担う攻略対象者たちがお互いの手と手を取り合って平和な未来を目指す…となるのだが、今はあくまで前段階だからだろう。とても雰囲気が悪い。
もし、関係のない第三者の立場である教会が間に入らなければ、血を見ることになりそうな空気がある。こわい。
今回、教会が口をツッコめたのは異世界からやって来た少女がいたことによる。そもそも、聖女を保護するのは教会の役割だ。過去の歴史において、教会が聖女らを独占した事実はないというのに…恋に溺れて空騒ぎをする彼らは知らないのだろうか。
まあ、ともかく。
表向きは自分たちの正義を主張、しかし裏では一人の少女を取り合い相手を蹴散らそうとしている両者の間に何食わぬ顔で『ところで聖女様なんですけど』と入った教会の提案によってこういった場を設けることに成功したわけである。いや…成功させたのは私ではなく、交渉を得手としている黄書のと、その部下たちの活躍によるものだ。感謝しつつ、これを成功させないといけないと私は改めて気を引き締めた。
王侯貴族の選民意識を今更変えるとなると時間が掛かり、そして国自体に不信感を抱く反政府組織に組みする者たちを納得させて過剰報復に出ないようにするには長い時が掛かるだろう。
今日、この場で片が付く問題ではないのはわかるが、平和で身分制度のないらしい異世界からやって来た少女に対し、同じように接して来た攻略対象者たちの中で意識が少しでも変わっていたらいいのだが……。
「貴様、まさかカナを独占するつもりか?」
「は……?」
はて。
人に指を向けてはいけないと、誰にも習わなかったらしい。第一王子はこちらを指差し、険しい顔を向けていた。
指先が向いているので誰に言っているのかわかって、ある意味わかりやすいのだが、何故その指先が私の方へ向いているのだろうか。
「清らかなカナに目を付けるっていうのは褒めてやってもいいが、ちょっとばかし身の程知らずって思わねーのか?」
「さすが聖女であらせられるカナ様。その魅力は唐変木な聖職者にも有効だとは…」
片眉を挙げて嘲笑うリーダーと、カナハ嬢を讃えつつこちらに失礼なことを言う近衛騎士も第一王子に続く。何故、こんなところは意見が合うのか。そこについては私にはわからないが、意外にも『乙女ゲーム』のように手と手を取り合える関係になるかもしれないと現実逃避してみた。
「第一、何故教会が聖女様を保護するのだ!この間に洗脳することも可能だろう!!」
ついに元宰相も口を挟んで来た。しかし彼、今は下っ端の仕事をしているはずなのに勝手に参加して大丈夫だろうか。上司と思われる人がコワい顔をして彼を見ているのだが、元宰相の視界にはカナハ嬢しか入っていなかった。
とはいえ、元宰相の心配することは尤もだ。
見ず知らずの世界にやって来て、誰を信用して良いかわからない状態で差し出された手を振り払うことは不可能だ。大事にしてくれるのであれば、尚更。
そんな相手の言うことを疑う気持ちもきっと、起こりようもない。
相手は自分のことを使用するだけの道具だとしか、認識していないとも知らずに。
しかし、それは何も教会だけではないと思うが、否定する言葉を彼らは持っているのだろうか。特に最初に行動を制限していた王家出身の人々。
口に出来なかったものは、ただ私の中に疑問として残った。
「我ら教会は、女神様が遣わして下さった聖女様にこの世界を知ってもらうための知識を授け、彼の方に寄り添う者を探すお手伝いをしながらその間、お守りする。それだけだ。俗世に関わるつもりは」
個人的には『ある』と答えるところだったが、公的な立場から言えば『ない』と答えるべきだ。内心を隠してそう続けようとした教会側の見解はしかし、口にすることが出来なかった。
何せ、次に飛び出した言葉に唖然として言葉にならなかったからだ。
「法王・アリアドはカナに懸想し、乱心召された!!」
「…………は?」




