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ヒロインの攻略を見守る方法

「アルフ様…わたし、コワいの…………」


「カナ……」


寄り添っていたカナハ嬢は、額を目前にある逞しい胸に押し当てる。近衛騎士を示す制服の胸元を掴む力は、ひどく弱々しかった。

ツラそうに何かに耐える表情をしていた青年は、抱き締めることも出来ずにそれを見て…意を決したように華奢な背中に手を添える。

彼は知っていた。この異世界から来たこの少女が、自分の主である王子の想い人だということを。

しかし、弱々しく放っておけば今にも枯れてしまいそうなその可憐な少女をただ、黙って見詰めることが彼には出来なかったのだ。

ツラそうな表情と、抱き締めるときに強く握った拳が彼の葛藤を、主の想い人を自分もまた想っているという迷いを表していた。


「わたしはただ、助けてくれたシュナ様に恩返しがしたいだけなのに…。それが迷惑だと思わなくて、でもどうしたらいいのかわからなくて。いっそ、役立たずなわたしなんて、このまま消えてしまえばいいんじゃないかって」

「違うっ!!」


物静かな彼の、はじめての怒り。それを間近で浴びることになったカナハ嬢は、囲われた腕の中で小さく震えた。怒鳴り声に反射的に顔を挙げたカナハ嬢の目に張っていた膜がその拍子に零れ、美しい雫がまろやかな頬を流れ落ちる。

それを見た護衛の青年は動揺した様子で、慌てて骨ばった指で雫を拭った。


「す、すまない。カナに対して怒っているわけじゃない。優しいカナを泣かせたあの令嬢たちに対する怒りだ」


口にした途端、先程見た卑劣な行為を思い出した青年の目が怒りに燃える。

彼は王子の護衛兼幼馴染であり、常に行動を共にしている。だからこそ、王子に群がる令嬢たちの楚々とした姿を見ていたのだが…あのように立つ瀬のない哀れな少女を集団で囲みこんで金切り声を挙げて罵倒するなどするとは思ってもみなかったのだ。


つまり、彼の怒りの矛先は集団でカナハ嬢を罵倒した令嬢たちと…それを見抜けなかった自分自身に対してである。真面目な青年だ。


「たった一人、この世界にやって来て心細いだろうに。それなのに、シュナイザー様のことをそうやって思ってくれてうれしく思う。…それなのに、あのような目に遭わせてしまってすまなかった」


「アルフ様……」


青年の胸元に額を押し当てていたカナハ嬢は、潤んだ目のまま顔を挙げて…その顔に笑みを湛えた。


「アルフ様…いいえ。わたしはシュナ様だけじゃなくて、アルフ様のことも大切に思っているの。だって、ずっと見守ってくれていたのはアルフ様、あなただもの」


「カナ……」


何かと制限が多い第一王子に代わり、カナハ嬢を守って来たのは青年である。そのことをカナハ嬢はよくわかっていた。


かき抱きたい気持ちを抑え、すぐに離せるようにそっと手を添えるだけの抱擁を交わす二人の若い男女は、見るからにお互いを思い合っている。しかし、二人が心を打ち明けることはない。

青年にとって、尊敬する主であり幼馴染である第一王子もまた、幸せになってほしいと願う相手だからである。

だからこそ、彼が心の内をカナハ嬢に伝えることはない。


「でも、わたしのことをシュナ様が」

「それ以上は言わなくていい」


だが、この瞬間だけは…。


「今だけ、今だけは……」

「ある、ふ様………」


寄り添う二人に、これ以上の言葉はいらなかった。




「ふふふ~ん。これで、ジャマな小物悪役令嬢集団がいなくなるわ!さっすが、わたし!かる~くアルフを掌で転がしてやったわ」


誰もいなくなった回廊。そこで自慢げに語るのはカナハ嬢だ。


「『堕華』のカナハもバカよねぇ。襲われるまでガマンなんてしないで、身体を触らせてあげれば男はすぐ舞い上がっておねだり聞いてくれるのに~」


クスクス笑い声を立てるカナハ嬢こそ、正直悪役だと思うのだが。残念ながら、無人の回廊にそうツッコむ人は皆無である。


「アルフが上手におつかい出来たらご褒美あげて、シュナ様とイチャイチャして、人目を避けて会いに来るカノーゼとエロエロして、ユダ様におしおき寸止めエッチを堪能して、ルーン君をちょっとからかって…やーん!忙しい!!」


比較的に近い場所にあるキレイな顔を無言で見つつ、私はカナハ嬢の一人芝居…ではなく、盛大な独り言に対して黙って聞き耳を立てる。漂う冷気はこの際、無視しておこう。


「はぁ~。まだあまり攻略が進んでないから、ユダ様どころかみんな寸止めなんだけどね。サポキャラのジークもどこで油売ってんだか知らないけどさぁ…全く!ちゃんと仕事しなさいよね!悪役女といい、ここはあたしの世界なんだから!!」


近くの冷気が攻略状況を教えてくれてはいるが、カナハ嬢本人からしっかりと確認が取れたのは上々である。そして、冷気を発生させている人がいろいろ苦労してカナハ嬢の懐に入ろうと努力していることもわかった。

若干、私の視線が微妙になるようなことをしているところがあれだが、こちらには実害がないからこの際は置いておく。


それにしても…はどこにいるのだろうか。

サポートキャラでありながら、ヒロインであるカナハ嬢の傍にもいないということはわかったのだが……。


「それにしても……ユーグ様ってどんな風に女の子に触るんだろう?チャラい感じだから、きっと遊び慣れてるんだろうけど。あの影がある感じがほんと、色っぽいし~そんな彼を癒したらきっと…キャー!!」


両手を頬に当てて叫ぶカナハ嬢は、ひとしきり騒いだ後にその場を後にした。ヤレヤレ。

あの調子じゃ、胸の内を明かす相手もいないのであろうカナハ嬢。だからこそ、人気のないところで大騒ぎしていて鬱憤を晴らしていたようだ。

おかげで、良いことが聞けた。


「あれが、あの女の本性ですか」


ひんやりした空気を纏った反政府組織の副リーダーが、にこやかな笑みを浮かべて横に立っていた。

数人で同じところにいたらバレかねないから離れていたのだが、人がいなくなったのを確認してこちらに来たらしい。

彼に付けていた護衛のランドン君が蒼褪めた顔で付いて来ている。ごめん、君ぐらいしか護衛兼案内を頼める人がいなかったから、今は耐えてほしい。


「えぇ、そうでしょうね」


「なるほど……」


何やら考え込んでいる副リーダーを促せば、彼もここが敵地だとわかっているので素直に私たちの後に付いて来る。

無言で歩く私たちは本来の仕事を終えた本陣と合流を果たし、そのまま何食わぬ顔で王城から脱出して馬車へと乗り込んだ。


「ふわ~よかった!何事もなくて!!」


「ランドン君、どういう意味ですか」


本陣の中にいたカノンさんに指示を出し、彼女がナジェルさんと一緒に去るのを見届けた私は今回限定の護衛の心底ほっとした表情を見た。


「だって、セトナ様の護衛ですよ!?出掛ける直前、演習場の端っこにいて、こっちなんて見えないはずの隊長の方から殺気が……」


恨みがましい視線でも感じたのであろう。しかし、それは完全なる八つ当たりだ。


「今回、私が同行を断ったのは彼の有給がなくなったせいです。別に君が気にする必要はありませんよ」


まだ、他の人たちを納得させるだけのものが揃っていないから、あくまで私たちの『休息日の趣味』程度に留まっているせいだ。

仕事…いや『活動』と称せるのであれば有給云々は関係がなくなって、自由に動けるのだろうが今はまだ溜まった有給を消費しているという現状である。

…そもそも、彼はいつ有給を消費していたのだろうか。いつも一緒にいる感覚があるせいか、『いない』という認識をすることが少なく、返事がなくてはじめて『今日は休息日だった』と理解するくらいだ。いないとき、彼が何をしているのか私にはさっぱりわからない。


「ゆうきゅう?」


ぶるっと大きく震えたランドン君の大袈裟な態度をフォローしつつ微笑ましく眺めていると、聞き慣れない『有給』という言葉に首を傾げていた副リーダーが貸していた司祭服を脱ぎながら笑った。


「まさか、彼にこんなコネがあるとは思いませんでしたよ」


副リーダーが言う『彼』とは、ここにはいないリトのことだ。ランドン君がまた、大きく震えた。


「えっ、あの方が?ま、まさか!!あの方はどちらかというと好感度が地を這うくらいで、コネとかと無縁と言うか、むしろ青秤様からは毛嫌いされていると言うか!!」


青秤と紅剣は本来、似たような組織だったはずだ。しかし、今代の二人は何故か仲が良くない。とはいえ、青秤との仲に関しては、私が発案したことが原因で自分自身仲が良いなどとお世辞でも言えないので口を噤んでおいた。

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