八話 豪族
「先ずは土手を作らねばなりますまい」
「じゃあ川の端から開けて作ろうか」
「成る程、増水した時に備えてですな。どの程度の雨量か調べさせましょう」
「なれば田畑へ水をやる為に水路と水門も作るべきですじゃ」
「成る程、確かにそうだ。技師に話を通しておくべきか」
「行ってまいりんす」
「ありがとう。頼むよ」
「はいな」
「山向こうや海ん中がどうなっとるか分からへん。五隊を組んでおくべきやろな」
「賛成でございます。また、何かを見つけた際は一度集まりましょう」
「敵がいる可能性も視野に入れるべきかと・・・」
「せやな。万全を喫して悪い事無いやろ。おっしゃ!早速、隊の振り分けしよか」
「はっ」
「ははっ」
「先ずは戸籍確認と怪我や体調不良の有無。特に人は妖に比べてそういうのに弱いだろうから良く見てやって」
「せやったら癒しの力の強いもんを大通りに集めたら如何でっしゃろ?」
「あ!超いい案。そうしよう」
「おおきに」
「なら若助の坊ちゃんと俺は城下町の見まーりだね~」
「ニャ来也兄ちゃんと一緒ニャ」
食糧生産、遠方偵察、状況整理、其々の担当の者達が集まり協議する。取り敢えず禍獣衛門の担当である遠方偵察以外は速攻で命に関わることでは無く、九十九丸と大太郎太は一足先に其々の仕事場に向かった。
禍獣衛門は宵と黒羽と大海坊を連れて進む。途中で九十九丸達が子弟一族郎党を割り振りながら手を振ってきたり、大太郎太が川縁に手をつけ隆起させたり、彼等の働き様を見ながら山へ向かう。
道中、城の正面は海であり周りは平野が広がり、なだらかな丘陵となって最後に山脈が囲う。川は三方向から流れ湖で合流し大河となって海へと続いていた。
「こんだけええ土地やったら住みやすそうや」
禍獣衛門は雄大で広大な大地を眺めながら灰色の巨狼へと姿を変える。ふと何と無く視点が少し高く感じた。まぁ現実に即した視点がこうなのかと当たりをつけた禍獣衛門はゆっくりと座り込み宵へと顔を向け狼の顔に笑みを浮かべ優しく言う。
「話してる間モフッてええで」
宵は喜び自身の三倍はあろう狼に飛びついた。顔を擦り付け毛並みを楽しむ。そんな彼女を羨ましそうに見ていた黒羽は突如声をかけられる。
「ん?モフりたいんか?ええで」
嵐火黒羽。彼女は穀潰地蔵様の傍に有って、炎と風の妖術得意とし凛然と敵を灰塵へと変えていた。弓は必中、薙刀を振るわせれば鬼をも倒す女武者。其の彼女が今は雛鳥の如く無邪気に毛並みを楽しみモフモフしていた。おそらくは此の場で最も羨ましがられている妖であっただろ。
その後海へ行く。遠目で水平線ばかり見て居た故に気付かなかったが小舟さえ通さぬ程の岩礁と急流を目にした。
◆◆◆◆◆
東都、西都の両都から最も遠く離れた地に海と山に面した肥沃な大地が広がり他國の倍にもなる国が有った。故に両都から離れた田舎と言えども群雄割拠の激しい地。国の上部に連なる山脈を龍ノ背山脈と呼び、其の山脈の名に肖り出龍國と言う。
その出龍國の魚和津郡と水背郡のちょうど真ん中に位置する火吹ヶ原。左右を森に囲まれた細長い平野で数十から百程の軍勢同士が戦をしていた。此の程度の勢力同士の戦いとなればその軍で最も力の強い個人同士の争いとなる上に互いの大将同士が猛将で好敵手。故に一騎打ちになるのは必然と言えた。
「此処はオレ達のシマだ此のヒョロ糞老いぼれ狐!」
「何言っとる!太った若僧ダヌキが!此処は我々の物だ」
そう互いに唾を散らして喚くのは隆々の体躯に緑の胴丸を着た粗野な大男と、細っそりとした体躯に赤い狩衣を羽織る枯れ枝の様な老人であった。大男の持つ大太刀と老人の握る槍が数度交差し結果年寄りが吹き飛ばされる。
「ガッハッハッハ老いぼれめ観念しろ!
今日こそ其の素っ首叩き落としてやるぜぇ!!」
「ヌゥゥウウウ!!若僧がぁ!!!」
そう老人が吠えると煙に包まれ一丈程の紅い虎に変化し男へ牙を突き立てんと飛びかかる。大男は大太刀で切り裂こうとするも、赤虎は刃を噛み砕いた。
舌打ち一つ。大男は大太刀を投げ捨ててを合わせ唸り声を挙げて念じて煙に包まれながら緑の龍に変わる。
「どうだ老いぼれ!此の俺こそ出龍國の主に相応しいっグァアアアアッ!?」
大男が有頂天になっていると突如として激痛が腹を襲う。痛みを辿ると横三本の爪痕が残り血が垂れていた。老人の気配を感じ振り向けば、赤い虎が嘲笑いを浮かべる。
「フォフォフォ、罰当たりな事をするからじゃ!!」
「ゥガアアアアアアアアアアアアアア!!!」
龍虎相対す。
互いに互いを喰らおうと動き出した。龍が胴を締め上げ虎が尾に噛み付く激しい闘争に駆り立てられ、周りでも其々の陣営の者が鎬を削った。ある者は血の滴る刀を敵と交差させ、その首筋に切っ先を食い込ませる。又ある者は火玉を作り出し相対した敵とぶつけ合った。
だが血肉削る激戦故に終わりが来るのは早い。龍虎が二足で立つ狸と狐に変わり揃って膝をつく。周囲も散々な様であり、人妖問わず至る所に亡骸が転がっていた。
何時もならばこの辺りで双方引くのだが此度は違った。最初に感じたのは圧だ。突如として降り立ったソレは物理的な感覚を与える程の覇気を放出し空間を支配し、先程まで果敢に戦っていた者達を矮小な存在に変えた。震えは止まらず歯からはガチガチと言う音が骨を伝って全身に響き渡り、幼子の様に地に伏せ頭を抱える。
此の場で立っていられたのは、降り立ったソレこと大天狗を除けば総大将の二人だけだった。
その二人とて雨の如く汗が止まらず、沈黙に中にあって立っているのがやっと、故に死をも覚悟したが大天狗は存外温和に口開く。
「三ツ時一門、十二家棟梁が一人、穀潰地蔵様が一族の空渡 外道坊と言う。主らは此処周辺に住む者か?」
「・・・そうじゃ。わしゃ水背郡を収めておる南田 吉貞じゃ」
「俺は魚和津郡一帯を拠点とし出龍國を統べる化け狸、海林 龍宗だ」
「何を言うとるか出龍國の二割程度も統べられぬ若僧が」
「ハッ。領地がデカく無けりゃ今にも滅んでた癖によく言うぜ」
相手が話せる相手と判り気を抜いた二人が気休めに口論を始めた瞬間、地を揺らす衝撃と土煙が巻き起こり、続く風によってそれが晴れた。尻餅をついて失禁した二人の大将が見たのは呆れた表情で二人を見下ろす外道坊だった。
「これより禹油煮氏の方々と我等、更に御三方の内の御一人がいらっしゃる故に此処で待て。無礼無きよう心せよ」
狸と狐はコクコクと頷く。何時もなら互いに真似をするなと睨み合うだろうがその余裕は無く震え上がる。それを見た外道坊は頭痛を堪えるように額を抑え溜息をつくと羽を広げ飛び上がった。羽をはためかせた風圧で二人がゴロゴロと転がされのはわざとでは無い。