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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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六話 河童と骨女と猫神

「え?」


 総構えの大門を開けるとともに疑問符を浮かべ目の前の光景に驚きの声を上げたのは誰か。正直にいえばその光景を目にした皆が同じ思いに駆られ口に出していた。何処だ此処はと言う思いを込めて。


 城周りの田を除けば延々と平原が続いて筈の土地に広がるのは人の手の入っていない盆地。川あれば平野が、丘あれば湖が、山あれば海がありとどのつまり此れは異常な事だ。列挙した水陸其々の地形であれば形状は違うがまだ頷ける。何せ大合戦が行われる際はその水陸の要素二つを足してランダムに生成されていたからだ。然し目の前には全てが揃っていて遠く遠く海の向こうの水平線は此処が惑星であり別世界であるという証であり以前ゲームとは違うと明言できるものであった。

 だが其れは美しい。深緑の樹々も陽光を反射する水面も風に揺れる草木も心地の良い絶景。感動によって思考は塗り潰され感嘆の声も出せない。もう声を出す様な者は居ない。唯その光景を目に焼き付けていた。


 ◆◆◆◆◆


 岸付近の水中はのんびりとしていた。感情と言う余に曖昧で邪魔だった筈のものは風が水面を撫でる音に流され輝きを放つ様だった。心地良いものだ。湖に飛び込んみ水面を通して唯青い空を眺めていた少女は水面から頭を出して兄弟の様な同僚を眺める。

 彼女は河童である。卵の殻の様な材質の丸底の皿の様な物を藁笠の様に被り黒長髪からクリクリとした目を気怠げに覗かせ緑がかった身体に海女の様な装束を纏っている。因みに尾骶骨辺りに小さな甲羅を背負っており、一見で河童と判断するのは難しい。名を川流かわながれ 汰皿たさら。川流胡瓜童子の子弟である。


 汰皿はスイーと顔を出したまま指の間にあるヒレを使って泳ぐ。冷えた水は心地よく一度潜れば皿が濡れて気力も湧く。ふと気付き共に街中をガチガチになりながら歩いた二人の元へ向かう。湖畔にて白く静かま美女がソロソロと、猫耳を生やした闊達な童がブンブンと手を振っていたからだ。


 白い美女は全身の毛先迄が白蠟のように真っ白であり唯二つ存在する真っ赤な目だけが彼女の色素の中で最も濃い部分だ。紫と黒の着物を着て骸骨飾りの簪を着けた白い彼女は死神の子弟。骨女の夢現ゆめうつつ 牡丹ぼたんである。

 もう一人の童は額当てを巻き青い忍び装束を着た真っ黒な髪から同じ色の猫耳を生やしている。瞳は黄色くアーモンド型であり小柄な童は御壁塗助の子弟、玉転たまころがし 若助にゃすけと言った。


 スイーーーと一切の音を立てず着岸した汰皿は首を傾け問う。


「どうしたっちゃね?」

「御三方が菓子を賜ると言うてありんす」

「ニャニャ!大海坊様に言おうとしたしたんニャ。けど大海坊様潜りすぎてて声を掛けられにゃいニャ」

 コクコクと頷く牡丹。

「解ったと。ちょっと行ってくるっちゃね」


 そう言うとまたスイーーーと離岸しチャポンと音を立てて湖の中に潜った。水面にポコポコと立つ泡が消えていく。深く潜ったのだと判断し若助と牡丹は水に潜った同僚達を待った。

 若助が蝶を目で追いソワソワしている横で表情の一切が変わらない牡丹がジーッと遠くの水面を眺める。その水面が突如、破裂音を発しながら大きな水飛沫と水柱を上げた。音の激ししさと規模に比べて不思議と陸にいる誰一人として水がかかる事は無く、水柱が龍の様にうねったかと思うと岸に向かって先端が向く。絵としてはウォータースライダーの様で、そのうねった水の道を湖に潜っていた者達が泳ぎ伝って陸に上がり、最後に水柱が崩れて大海坊が人型をとり岸に上がった。


 其れが終わると二人の前で汰皿が顔を出しゆっくりと岸に上がる。プールの休憩時間がもどかしくて仕方ない子供の様だ。


「もっと浸かってたかったばい」

「でもお菓子ニャ。それも御三方から貰えるニャ」

コクコクと頷く牡丹は汰皿の袖を引っ張り急かす。

「太夫は甘い物が好きだっちゃね?」

「はいな」

「ニャ!若助も好きニャ」


 ニコリと笑う牡丹の足取りは何処か軽い。彼女を眺めて若助と汰皿は微笑み彼女を追いかける。


 人集り。正確に言うなら妖集りの中心で三人の大妖が菓子を出しては手渡していた。

 感涙に咽びながらそれを受け取る同僚や部下達の思いは良く分かる。事実、自分も受け取った直後に堪えきれず泣いてしまった。汰皿の手には和菓子が三つ並んでいる。手渡された瞬間、輝いていたものが温かくなり溢れ出て、どれもが少しだけ塩っぱい味だった。


 ◆◆◆◆◆


 禍獣衛門はどう反応すべきか迷っていた。菓子を延々と出し並べて手渡しながら現実逃避してる九十九丸はさて置き、どうやら大太郎太も同じ様である。


 目の前に出て着た赤鬼に皿と菓子を渡す。感極まった様に凶悪な顔を歪め何度も礼を言いながら受け取り列から離れる彼を見送りながら列を見れば延々と続く妖の列。彼とて感謝された事や礼を言われた事は多々あるが神様仏様とでも言わんばかりに敬われると言う経験は一度とて無かった。それはそうである。一般人として生きていてその様な事を経験する事は基本的には無く戸惑うのも仕方ないと言えるだろう。


 全員に菓子を渡し終えるとどかりとその場に座る。落ち着いてみれば土と草の匂いに少し潮の匂い。香りにつられて遠くを眺めれば大自然が延々と続く。


「城と町以外の人工物の一つもないねんな」

「どうだろうな。山向こうも見に行った方がいいかね?・・・まぁ、とりあえず食えよ」

「お!おおきに。・・・うん、やっぱ美味いな」

「おーい大太郎太もこっち来いや。お菓子やんぞ!」

「はーい。ってなんか不審者っぽい」

「ハハ、ちょアカン。マジでそんな感じすんで」

「ア?じゃあ菓子しまいまぁーす」

「ぎいゃあああああ!柏餅ぃぃぃぃぃいい!!悪かった謝るゴメン。柏餅ください!!!」

「二度と不審者とか言うんじゃねーぞクラッ!」

「あーい。柏餅」

「ハハハハハ!俺よかよっぽど笑いのセンスあんで自分ら」

「いや無い。それは無い」

「うん、其れだけは有り得ない」

「なんやねんその連携力」


 一頻り笑った後、大太郎太は城の周囲を一瞥して真面目な表情になる。顎に手を当て何処か切れ者の様に言った。


「此れアレだね。早く田んぼ作んないと僕ら飢えるよね?」


 どうやら異世界で最初にすべき事は田んぼ作りの様である。

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