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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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二十三話 変換

「なりませんっ!!」


 文は悲鳴の様な声で九十九丸の案を絶った。其々の子弟も衝撃に声を出せないだけで思いは等しい。宵と翠が続く。


「父上様方がいく必要は無いやろ?なぁ、翠姉ぇ」

「はい、その通りです。私達を秘匿する事に対しての誠意をと言うのであれば、援軍を出すだけで十二分に過ぎる事じゃと思います」


 三人の娘だけではなく皆が追従して頷く。


 子弟達は口に出すのが憚られた故に言わないが、何よりも恐れるは三人の内誰か一人でも怪我をするのでは無いかと言う懸念だ。確かに自分達はこの世界において強いようだが、自分達に怪我を負わせる。引いては自分達を殺す事が出来る者が一人もいないなどと言うことは考えられなかった。また、如何に個人が強かろうと数が揃って仕舞えば強者を打ち倒すのも難しい事では無い。

 万が一が有れば此処にいる者達、否この城か城下にいる三ツ時一門の元NPCだった臣民はどの方向かは判らないが狂うだろう。否、狂う。


 彼等が不安を察しつつもそこまでとは酌量出来ない三人は尚も説得を続ける。軽く言っている様に見えても、彼等とて安易に戦場へ行こうと思った訳ではなかった。


 人の身から妖となって凡そ一月。昔は蜚蠊までならハエ叩き等で躊躇いなく叩き殺せた彼等は先日、3m程ある大猪の群れを手にかけた。

 そこでふと違和感を覚えたのである。鍛錬中に襲ってきたのを咄嗟に殺したのであるが、大型の哺乳類の命を奪ったにしては余りに重々とした感情が薄いのだ。


 スプラッタ映画さえ見る事のままらなかった自分達が動物を殺して平然としている事に違和感と恐怖を覚えた。

 そして、精神科医どころか一般的な知識さえ朧げとしか言えないのだが、PTSDの事を聞いた事のある三人は仮説を立てるに至った。


 ゲームの体に自身の魂が定着して、倫理と言えば良いのか感性と言えば良いのか分からないが、そんな朧げな何かが変わりつつあると。


 故に其の純然たる人間の感覚が消える前に、乱世の戦がどう言った物なのかを、自分がどう言った存在なのかを理解すべきだと、そう思えたのだ。


 さもなければ自分達が本当の怪物になってしまうような気がした。此の思いは突発的なものかもしれないが、後に回して良いものとも思えず。だからこそ九十九丸は言う。


「正直、自分がどうあるべきかを見定めようと思ってる」


 追従して力強く頷く禍獣衛門と大太郎太。三人の意思は固く由教さえ感じ取れた思いは子弟にとって察するに余りある物だった。


 だが三人は気づけなかった。安易に自身が戦争に介入するという発想に至ってしまっている事が即ち、自身の感性が既に以前の物とは大きく違うという事に。


 其れが責有る者としての覚悟なのか、化け物としての気楽さからかは分からないが大きな変化と言えるのは確か。


 因みに子弟以下に納得はされたが大仰な出陣式を経て三万以上の人妖に見送られる事になったのは想定外であったと言える。


 ◆◆◆◆◆


 堅岩軍は寄る村々で迅速に物資徴収の指示をし、即座に次拠点を襲う事で大倉だいそう城、白尾しろお城、はし城を次々に落とし、岩塩郡の政所である塩湯山ゆしおやま城主である湯塩ゆじお 貞仲さだなかを九尾が丘で奇襲、敗走させた。


 そのまま塩湯山しおゆやま城包囲を敢行。城下からはある程度の距離をとって三方を囲んだ


 此の電撃的進軍は後の統治を考えられており一つの村にいる期限を減らす事で、村人への乱暴狼藉を抑え反感を減らす事にも成功している。しかし、相対的に士気の低さが目立ち出していた。


「政戦両立の難しい事よ。南路幕府が文武官に分かれて瓦解したのも頷けるな」

「全くだな。いくら俺達に塩を精製する技術がねぇつっても、いい加減褒美でも提示しておかねぇとまずいぜ」

「頭の痛い話だ。しかし惜しんでもいられん」


 布がバサリと大きな音を立てて翻る。


「子の成長とは感慨深いものだな」


 そう言って嶽信たけのぶ仁嶽ひとたけが話している陣幕に入ってきたのは兜を脇に抱えた二人の父、嶽満だ。

 自身の子である二人には得意な事を研鑽させつつも、武と文のどちらかに偏らぬように育てて来た。その成果が感じられて嬉しく優しげな笑みを浮かべている。


 しかし、その顔を引き締めて言った。


「狐が近づいている。遡及に手を打たねば挟み撃ちをくらう」

「なれば護法僧達にもう一働きしてもらうか親父殿?」

「うむ、先の術の使用から回復しておらず少し厳しいやも知れませぬが、そうも言っていられませぬ。仁嶽の言う通りかと」

「で、あろうな」


 ◆◆◆◆◆


「気味悪いわ」


「そうだね」


 九十九丸が空から眼下の村を見つめていると左右二人がそう言った。


 人の形をした者達が血を流して死んでいる。老若男女が無差別に。


 逃げ遅れたのであろうか。連れ去られたのだろうか。


 無残に死んでいる。


「あー‥、全く気味が悪い」


 怒りとは違う。正義感だのと言った分かりやすいモノでも無い、筆舌にし難い不確かな気味の悪さに顔を顰めた。


 九十九丸が長巻を取り出すと、二人も自分の獲物を強く握りしめ宙に浮く鏡に入り込んだ。


 ◆◆◆◆◆


 三方を囲む軍と包囲された城の双方から出た軍使が交差する。

 城から出て来た騎馬に乗る狐耳の早熟な若人が、馬の手綱を操って軍の前で止まると大きな声で言った。


「南田家は何時でも停戦を受け入れる。国に帰りたければ旗を伏せろ」


 若人が言うと耳が痛い程の無音が戦場を支配し、一泊の間をおいて笑い声と罵声が埋め尽くす。嘲笑いと言う愚か者を前にして浮かべた笑いと、罵声と言う己が立場を理解していない愚か者に向けた怒りの声が。


 其れを深い憐れみの目で見た若い狐はもう一度、旗を伏せろとだけ言って城に帰った。


「はっはっは、何だアイツは?相当な間抜けだな!」

「己が立場も分からんか。ふざけた野郎だ」


 息子二人が言う後ろで嶽満は気を引き締める様に言おうとし、冷や水などと言う優しいものでは無い。絶対零度とも言える程の悪寒に襲われ口を噤んだ。


 突如、城と其れを囲む堅岩軍のちょうど中間に三人の狐面が降り立つ。


 堅岩諸将は何も無かったはずの場所に突如として現れた其れらを見て、敵術者の強さを理解したが現状を理解できているかと言えば全く出来ていなかった。


 唯一、ある程度の状況把握が出来ていたのは、四肢が壊死してしまいそうな悪寒に身を震わせた嶽満だ。感と言わざるおえないモノが頭痛となって警鐘を鳴らす。


 戦場に生まれ戦場で過ごし平静を保てるが故に、戦の空気に流される事なく目の前の三人の溢力を感じ取ったのだ。


「‥‥全軍に旗を伏せさせろ」


 息子二人は言葉を理解出来ても、思考が追いつかなかった。父の言葉の真意を問おうと振り向くも、顔を真っ青にした父に驚き無事を確かめようとして目を見開く。


 思考の追いつかない現実は加速して、更に二人の思考を置き去りにした。


 次の瞬間、横面に赤い波が降り注いだ。


 悲鳴に釣られて前を向けば、自分たちに向かって赤い道が出来ていく。狐の面を被った大きな男が長巻を振るった事によって。


 言葉を発せる者が居ようか。この異常な空間で。

 戦だと奮起できる者が居ようか。この凄惨な屠殺場で。


 妖も人も、この場に居る全てが何処か夢見心地で肉塊に変わっていく。

 目の前の狐面の一振が人妖を纏めて切り裂く此の事を、自身に起きた現実として受け止められる者が居るのだろうか。


 まるで散歩をするかの様に戦場を蹂躙した狐面は、親子の前で歩みを止めると嶽満に向けて口を開いた。


「なぁ、何で戦を始めたんだ?」


 若い声。


「あんた大将だろ?戦の理由ってのを教えてくれよ」


 どこか子供の様で、現実を受け入れられない忘我の境地から、言い聞かせる様に答えた。


「海の為」

「海?」

「山奥に住むが我等は塩が取れぬ。故に民が身を売らずともよきように、民を飢えさせぬ為に、海と土地が居る。

 他の罪無き民を屠る事になろうとも、其れによって己が屠られる事になろうとも」

「‥‥成る程な」


 顔も見えぬ目の前の男が、戦の犠牲を見て奮起した若い頃の自分と重なって見えた。


「乱世に有って人の上に立つ者の在り方と覚悟だ」


 長巻が大きく振られて刀身から血肉が離れていく。其の鋼の場違いな美しさに目を引かれていると、其れはいつのまにか狐面の右手に纏わりつく黒い液に吸い込まれていった。光を闇が覆うかのように消えていく。


「私を、討たぬのか」

「旗」


 ◆◆◆◆◆


 軍が引いていくのを何処か薄弱な意識で見送る。長年連れ添った友二人が血の匂いを漂わせて左右から現れた。


「九十やん、どうやった?」

「現実味がねぇ。ただ、覚悟と自覚がねぇってのは教わった。お前らは?」

「分からへん。けど、少ないに越した事は無いわ」

「僕はまぁ、必要な事だったから」


 大太郎太のあっけらかんとした物言いが印象的だった。


 大太郎太が亡骸の其々を地中に埋めて石を浮き出させる。簡易ながら此れを弔いとして黙祷を捧げ、南田家に勝利を知らせる為に塩湯山しおゆやま城へ入る。


 門を開けるなり三人の鼓膜を津波の様な歓声が襲う。周囲に集まるは身分問わずに英雄に対する様な笑みを浮かべるのだ。


 さもありなん死を感じた人間の根源的願いとは生き残る事。


 相手に幾ばくの正義が有ろうともハイそうですかと死を受け入れ、それを喜ぶ人間などいる訳が無いのだから。


 更に言えば一体どんな人間で有れば己が子が、親兄弟が、友が死ぬのを喜ぶだろう。


 九十九丸は戦国と表すべき時代の大元を見たような心地であった。


 此れより後、三ツ時一門は方針を変えて大きく世に打って出る。其々の持つ圧倒的な力を元に高天ヶ原を統一し、数千年の平和な時代の礎となる。

私の稚作で暇が潰せてたら幸いです。


黄昏時にをお読み頂き有難う御座いました。

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