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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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二十二話 門茸城の戦い

 黒漆に紫色の紐で装飾された兜鎧に身を包み、鬼の巨大な大角が交差した交差鬼角の家紋の下で山淵の堅岩家当主の嶽満たけみつは座していた。鬼専用の角の出せる鬼角出し兜は牛の附物が付いており本人の大きな角と合わせて威容を誇る。

 彼の左右に大柄な赤鬼の嫡男の堅岩 嶽信たけのぶが酒壺を持ち、青鬼の半妖の五割谷 仁嶽ひとたけが打鮑、勝栗、昆布の乗った皿を乗せた盆を持ち侍っていた。


 嶽満の前に有る卓の上に、嶽信が三つの大盃に酒を注ぎ最後に壺を並べ、 仁嶽が三つの小皿を並べると太鼓が打たれ法螺の音が響く。嶽満は卓に向けて手を伸ばす。


 先ず打鮑を食らい酒を飲み込み一献。

 次に勝栗を食べて酒を飲み込み一献。

 最後に昆布を食べると諸将に酒が一杯づつ配られ、全員揃って飲み干し勢い良く立ち上がる。


「我等、敵に打ち勝ち喜ぶ!えいえいっ!!」

「「「「「おぉーーー!!!」」」」」

「えいえいっ!」

「「「「「おぉーーー!!!」」」」」

「えいえいっ!」

「「「「「おぉーーー!!!」」」」」

「目指すは岩塩郡山中山砦、出陣!!」

「「「「ウォオオオオ!!!!」」」」


 総勢三千五百の兵を連れ山淵の鬼が進軍を開始した。末端の兵に至るまで海と塩を得る事を目指して士気高く、訓練され整然と進む様は練度の高さをうかがわせるものだ。嶽満は満足気な笑みを浮かべた。

 嶽満と同じ思いなのであろう先陣を任された重臣の一人、金山かなやま 蔵長くらながが同じように笑みを浮かべて話かける。


「殿、浮島と波宮の両家とも江木斎殿のおかげで盟を結ぶことが出来、民を動員したとて狐は二千に狸は千の兵しかだせません。念願の海が目前に迫っておりますな」

「うむ、其の通りだ。此処まで長かった。守護代擬の善興よしおきの阿呆が起こした内乱を収めねばなら無くなったせいで、父の悲願であった海を得るのにの四十二年もの時を要する事になったわ」

「御方様に良い報告が出来ると良いですな」

「はっはっは、止めぃ蔵長。

 今日とて紅と蒼に揃って発破をかけられたのだ。良い報告が出来無ければ二人にどやされる。

 ・・・ともすれば気を引き締めねばな。謀神がああも易々と盟を結んだのは怪しい」

「っ!!私も少々浮かれていたようで」

「うむ。南田に此の報を流している可能性など往々にしてあり得る。最悪、富中に面する城に調略の手がかかっておらぬとも言えん。最低限、岩塩郡を取らねばこの出兵は水泡に帰す。

 それだけでは無い。敵は賢狐、更に要害が有るのだ。再度、気を引き締めるよう全軍に伝えよ」

「ははっ!!」


 一方、標的とされた南田家である。元より堅岩家の動きが怪しいと睨んでいた上、三ツ時一門の天狗から出兵の可能性を聞かされており、進軍の察知と共に即座に岩塩郡の湯塩ゆじお 貞仲さだなかに陣触れと、山中山砦に百の兵と共に詰める守将の隠場いんば 利増としますへ伝令と術者を含めた援軍百を送っていた。


 山淵から出龍に行く街道を塞ぐように建てられた城、山中山砦の一の丸に将兵を集め、大入道の半妖である利増はその六尺六寸(約2m)の巨体から雷鳴のような声で兵を鼓舞した。


「良いか皆の者、山淵の鬼が二千から成る軍勢で此処、山中山砦へ攻め寄せて参るっ!

 今までの小競り合いとは訳が違う。故に吉貞様と貞仲様が御到着なされる十五日の間此の城を守る!!

 貴様等が死ぬ時は親兄弟を殺され、母姉妹を襲われ、己が子を連れて行かれる時だ。其れを望まぬならば此の天険の地に立つ城で敵十人を道ずれにして死ねっ!!!」

「「「「おおおおおお!!!!」」」」


 眼下の兵達が握り拳を挙げ咆哮と気炎を吐く。利増は士気の高さを確認して配下を連れて南門に向かう。

 敵は名高い山淵の鬼、嶽満。戦とはそう言う物なのだから兎角言えた事では無いが、田植えの時期中に来るあたりが嫌らしく故に抜け目無い敵の強さも理解出きる。行動の一つ一つが此方を蝕んでいくのだから慎重を喫し、勢いで負けぬように気合を入れ得物の強弓を握った。


 戦端が開いたのは翌日の明朝頃だ。


 蔵長は目を刺すような朝日に目を細めて睨み見る。左右を岩と木々が茂り、なだらかな下り坂から急な登り坂。その先に築かれた堅牢な白虎(西)門を。

 大軍の展開しにくい狭い道を塞ぐ壁に重厚な門が挟まれ、その上に弓狭間の有る黒い壁で覆われた櫓。山中山砦で見るべき物は門しか無いと揶揄って門茸城(かどだけじょう)と呼ばれる所以の立派な城門である。

 しかし此の門と城が山淵から出龍を責める際の蓋となるのだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ー△△△△△ーー〔本丸〕ーーーー壁ー

 ー△△△△△壁壁壁壁壁壁壁壁壁門壁ー

 山ーーーー壁ーーーーーーー壁ーーー岩

 淵ーーーー西ー〔一の丸〕ー門ーーー塩

 國ーーーー門ーーーーーーー壁ーーー郡

 側ーーーー壁ーーーーーーー壁壁壁壁側

 ー△△△△△壁壁壁北門壁壁壁堀堀堀ー

 ー△△△△△△堀堀橋橋堀堀堀堀ーーー

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 急な坂の前には逆茂木が配置され、知らず知らず下り坂で勢いの付いた兵を串刺にし、櫓からは矢の雨と石と術が降り注ぐ。


 土埃の中で呻き声と悲鳴が響き、土塀の様になっている窪地には既に死体が散見された。


 木々が茂り傾斜が有って数十名も並べば満杯になる此の道では、車盾類も使い難く攻め手側の堅岩家にとって難しい戦いだ。垣盾を数人で掲げて工作隊を守り、竹束で矢や術を防いでいても落ちて来る岩によって諸共潰される。

 敵の勢いは激しくが、其れは息切れなどせず攻勢は一向に止まない。堅岩家の工兵部隊である木倒衆ぼくとうしゅうが逆茂木を切り倒して門に取り付き、遂に丸太を二十人で抱えて門に打ち付け始めた。


 しかし突如として垣盾さえも貫く矢が右側で丸太を支えていた五人を程同時に射抜く。


 丸太が転げ落ちるのを見ながら蔵長は賞賛する思いと共に浮かんだ相反する感情で舌打した。


「ッチ。利増め、強弓の妙手よの」


 あの門を抜ける秘策はあるが其れは敵が術者や武者と言う切り札を切った後であるべきであり、その間にどうしても被害が拡大していく。しかしあの門に詰めている利増は一筋縄では行かない手合いだ。


「仕方ない、金五郎。頼めるか?」

「お任せくだされ!」


 蔵長の頼みを笑みを浮かべ胸を叩いて了承したのは桑畑くわばたけ金五郎きんごろうと言う。木倒衆の村落に居る鬼の長の子であったが、大柄な体躯と怪力を気に入り蔵長が切り込み隊として登用したのだ。


 工兵含めた部隊が一度引き態勢を立て直すと、胴丸と陣笠に護符を懐に入れ大小二本の鉞を担いだ十人の決死隊を連れて金五郎は駆け出した。一度引いた部隊が追従するが、当たり前のように先頭を行く金五郎目掛けて空を切る矢が飛来する。


「ゼァアアアアアアアアアア!!!」


 其れを気合い一線、鉞を振って叩き落とす。続けて斉射された矢の雨。これは造作も無く鉞を振り回してへし折り、兵を鼓舞する為に吼えた。


「狡狐の将兵は腰抜けだ!俺等で此の門を叩き破って奴等を震え上がらせてやるぞ!!」

「「「「「おぉ!!!」」」」」


 大きな鉞が門に向かって振り下ろされ大きな切れ込みが入るかと思われたが全ての刃が虚空を切る。


 何故か。門が開けられたのだ。


 全開になった門の先に見えるのは十数に及ぶ狩衣を纏った狐達。


「火行術、身を守れぇーーーっ!!!」


 金五郎が言うが早いか、炎に染まる。

 共に突撃した四十余人が諸共焼かれ吹き飛ばされ、呻き声と共に金五郎ただ一人だけが門前に残された。


 伏した兵を嘲笑うかの様に重量の門が手早くも重々しく閉じられる。


「準備は出来ておるな!?彼奴等の勇を無駄にするな、やれいっ!!」


「ははぁっ!!」


 そう言って袈裟を纏い四肢に手甲に籠手と立挙に脛当てを纏った河童が頷く。彼の後ろには二十に及ぶ河童の僧が居り、八卦陣図を中心に底篭る様な声で念仏を唱えていた。


護法口寄術ごほうくちよせのじゅつ。八部が一、阿修羅一腕あしゅらいちのいちのうで発動」


 僧達が掛け声に合わせて唸ると、彼等の中心から左右に卍が記された巨大な寺の門が浮かび出てくる。其れは独りでに開くと次の瞬間、人の拳から肘辺りまでが出てきた。


 小指から始まり親指迄ゆっくりと拳が開き、掌が城門へ向けらる。次の瞬間には閂がへし折れ門が吹っ飛んだ。同時に僧は泡を吹いて倒れ、寺の門と腕は霞のように消えていき八卦陣図は灰となる。


 門内の炎を操った者達が、結界や防御術を放てる余録が残っていれば少しは軽減されただろうが、術者が粗居ない様に見せ敵に先手を打たせた蔵長の策通りで有る。


「桑畑金五郎、一番乗り!!」


 砂埃も消えぬ内から、護符を持って尚も至るとこに火傷を負った金五郎が、門の残骸を搔い潜って声をあげる。


 その声に歓声を上げる堅岩家先陣。しかし煙が晴れると金五郎の体が竹割にされ左右に分かれると同時に、長巻を持った武者が門内に入り込んでいた雑兵の首を纏めて切り飛ばす。


「敵を侮り門を破られるなど隠場いんば利増とします一生の不覚!

 此の失態、貴様等を地獄の底へ道連れにしてしにして殿と民に償うとしようぞ!!」


 そう言って長巻片手に門前に仁王立ちした。その背後では早くも少数の城兵が後退している。総大将が殿に残る暴挙だが、武者として優れた利増が残るのはおかしなことでは無い。

 また、利増は年若い者を逃し伝令として走らせていた。主に詫びと別れ、何よりも此の状況をを伝えるために。


「此れより一刻、此の門を通れると思うなァ!!!」


 利増の鬼気迫る形相に兵が恐怖によって震える。しかし、多勢に無勢。五日間に及ぶ激戦の後に利増は本丸で討たれ、山中山砦は陥落した。


 重軽傷者と死者合わせて二百五十余名と言う一割近い損害を受けて尚も堅岩家は止まらず、負傷者と百の兵を山中山城に詰めて進軍を続ける。その先に何が有るかも知らずに。


 ◆◆◆◆◆


 九十九丸の元にいる雲外鏡の能力で山中山砦陥落を知った三ツ時一門は急遽、評定を開いた。


 その席で由教は少し虚空に眼を揺らし言葉を選んで口を開いた。此方の世界の常識を理解している故に最初の初源を任せられる。


「最善と言うのなら義兵や客将として稲荷殿の家中の方を向かわせるが宜しい。

 三ツ時一門を隠した上で信義を通そうと言うのならこれが一番良いかと」


 子弟達が其れを基として策を練る。まず茶壺がおどけて言った。


「無理は承知で言わせていただければ儂としては皆で派手にいきたいですのぉ。御三方の指揮下で戦働きが出来るのは望外の喜びじゃ」

「ニャニャ!若助も」


 二人に同調して子弟たちは頷く。由教は戦狂に自分唯一人囲まれたと思ったが、実はもう三名ほど「ヤベェ家の子達バトルジャンキー?」と口には出さないまでも同じような感想を抱いている者達がいた。

 無論、何の慰めにもならないが。


「ゴァプ‥‥茶壺殿の意見に賛同したいが渡世官殿の言が最も良いでしょう」

「うぅむ。御三方の下で戦えぬのは惜しいが、此方の在り方に慣れる間はそうなりましょうな。沖平治部と海林刑部を連れ出して出兵させれば、更に周囲の者は手を出しにくくなるのでは?」

「おぉ!さすが淵殺斎殿、奪われた城でも取り戻させれば」

「成る程、より強固な繋がりを印象付けられる。ともすれば隠蔽期間も増やせよう。考えたな大海坊殿」


 二人が言うと続いて策をあげたのは稲荷であった。


「そうや、若助ちゃんに山淵で忍び働して貰うんもええ思うわ」

「ニャ!それだったらお役に立つニャ!

 兵糧庫全部焼くニャ?」

「良か。何なら二つ同時に策をやってもええっちゃ思うばい」

「うーん。いい策だけど、山淵の主が変わるのは大丈夫かなー」

「‥‥弱らせ過ぎるのも問題が?」

「ふと思ってねー。大国を持つ国が相手方さんのお隣にいたからさー。太夫はどー思うー?」

「三国相手に小国は抗えんと思いんす」

「成る程、弱め過ぎてもあきまへんどすな。となると逆侵攻さすんもあきまへんな」

「んニャー、加減難しいニャ」

「均衡を崩してはならじとは特を得るのも難題じゃな」

「ならば山淵の二国に繋がる山道を潰してみてはどうだろう?」

「ふむ、黒羽殿がそう言うのなら可能な範囲か」

「うむ。此の目で見た上で言っている。空を飛べる郎党達を借りられればだが」

「特に異論は無いさー」

「若助殿の調べた五割谷何某が見つかったと言う噂を流すのはどうか?」

「良策だな」


 策動を巡らせながら和気藹々と話す眼前の十五人が悪魔に見えてきた由教は、もし目の前の彼等が敵だったらと思うと唾を飲んだ。


 全員がおよそ策を上げると進行役の宵が三人に向く。


「ウチらが思い付いたんは一先ず以上や。御三方はどうやろ?」


 書記役の文と地図を出したり等の雑務を任されている翠も含めた十三人の視線が三人に向かう。因みに此の役所は三人の娘のローテーションで回されており、発言するのを控えさせて決定権を持つ三家に権力が偏重しないように各配慮しているのだ。


 話が逸れた。十三の視線が写したのは難しい顔を浮かべる三人の姿だった。九十九丸が代表して言う。


「良い考えだと思う。唯、俺等三人で考えたんだけど今回の戦、俺達三人だけで行こうと思うんだ」


 評定の間の空気が固まった。

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