二十一話 出龍國の天秤
「三光、こいこい!」
「嘘やろ!?
まぁ、エエわ。ほぼ俺の勝ちは決まってんねん」
禍獣衛門は大太郎太の宣言に場を見て驚く。如何に今回、自分の運が無かろうとカス三枚か赤短の絵札さえ揃えば自分の勝ちである。
「そんなカス上がりでドヤ顔されても」
「うっさいわオラァ!こいやカスか赤たグゥフー」
取り敢えず手持ちのカスを出し、場の札が弾けとばんばかりの勢いで山札を捲理叩きつけた禍獣衛門は崩れ落ちた。
鹿揃わずである。
「と言うわけで雨四光で上がり」
禍獣衛門は大太郎太がめくる予定だった山札を返す。
赤短、トドメであった。
「グハァ!」
「最後の最後についてなさ過ぎだろ禍獣。じゃ、約束通り砂糖の増産が先な」
「ソォーーーースゥーーーーッ!!!」
「まぁま。増産はどっちもするんだから」
「うっさいわ!勝者の余裕かっコラー」
「落ち着けテメェら。調味料で内乱とか笑えねぇよ」
黄昏時城でそんな話し合い(?)がなされている頃、同じく出龍國でもある三人での会合が行われようとしていた。場所は峡路郡古府中の富水竹庭館である。
水背郡と山塩郡を治める化け狐の南田 吉貞、魚和郡を治める化け狸の海林 宗龍。最後に纏め役として峡路郡を治める沖平 恒家だ。
恒家は小柄で細身ながら屈強、武人然とした巌のような顔であるが大きな隈が目立ち、どこかチグハグな印象を受ける出龍の天秤と称される男。
凡そ周囲を切り立った岩肌と鬱蒼とした森に囲まれた峡路郡は有り体に言って水背郡と魚和郡に繋がる道で有る。しかしその地勢は攻めるに難く守に安く、故に恒家は自家の家柄故の各都との繋がり等を背景に中立的な立ち位置を保持していた。
狐と狸が争えば大抵の場合は双方引くに引けない状況になり、沖平家に仲裁を頼むと言うのが出龍國に数百年近く続いていると言えばその通りである。
だがその仲の悪い二家が同盟を結び、連名で出龍國の三盟主会談を申し込んで来たのだ。
正直、何事だと慄いた。好敵手同士が急に同盟を結んだ事で薄れてはいるが会談において当主三名だけでと言うのもまた異常。如何に個人の強さが在れど護衛と言うのは居るべきだし、見栄とかを気にしないタチでは無かったはずの彼等。
異常に異常が重なって見えるのも仕方のない事である。
内密に会談を、との話であったが為この時代では当たり前とは言えど、懐に武装を潜めて十二畳半の茶室に座して待つ。刻限を鑑みればそろそろ二人が押し退けあって襖が開かれる頃であろうなどと茶を啜っているとスッと襖が左右に開いた。
それぞれ赤と緑の羽織袴に身を包んだ細い狐と太い狸である。何時もなら顔を合わせれば怒鳴り合うくせに余りに静かで、恒家の中の違和感たるや筆舌にし難い。
「おう、治部のとっつぁん」
「治部大輔、邪魔をする」
身構えたが二人が自然に声を掛けて来たので何もなかったかのように迎える。
「両小輔《吉貞と宗龍》、良くいらした。取り敢えずは座られよ」
恒家が言えば吉貞と宗龍は半畳畳を中央に車座に座った。二人共腰に刀を差していないのを確認すると、水桶に術を使って氷を浮かべ茶釜ごと入れて冷やした茶を出す。
「すまぬな」
「ありがとうよ」
二人が一言添えて茶を飲み一息ついたのを確認すると早速とばかり切り出した。
「さて、両人。一体これは何事かな?
双方が手を合わせ我が峡路に攻めかかると言うのなら我等は両砦に籠るだけだ。しかし、そう言う訳でも無いのだろう?」
「あぁ、俺らはとっつぁんに共に来て欲しい場所があんだ」
「うむ、故あって行き先は明せぬがな」
「・・・何がしたいのだ?」
「儂等は有る方々に臣従を申し出ようとしておる。共に降ろうとは言わんが敵となるにせよ此れまでの事もあるのでな」
「せめて俺等の呼ばれた親善の宴に共に行って力の一端を見てもらおうと思ってんだ」
何言ってんだこいつら。控えめに言った恒家の思いである。突然、二人してやって来たかと思えば有る方々とか言う濁した言い方で行き先も告げず共に来いと言うのだ。一郡を統べる者として不明瞭甚だしい。
そこで、ふと思い出した事がある。央京に忍ばせた子飼いの忍びから一月程前に万石ばかりの巨大な船が出入りしていると言う話だ。その船から山の様に積まれた献上品が降ろされていると聞く。
斯様な船を用意出来るのは富中の謀神しか思いつかない。
此処からは想像の域を出ないが、謀神は二人を臣従させると同時に両家を同盟させ、沖平の生命線を断ち進退窮まった所で降伏させる腹だと悟った。
そう思えば数ヶ月前に出龍國中で米を高く買いとられていたのはこの布石だろう。事実、米売りの禁止令を出したのにあまりの高さで買い取るせいで数戦交える程度の米しか残っていない。
平姓弧津氏の一族である沖平家の一つとして権勢を奮った出龍國沖平家当主という名だけは有り、各都に伝手のある自分を力尽くで降せば汚名を被る事になる。あくまで自主的に降伏して来たという建前が欲しいのだろう。
だが断れば公家に献金でもして富前沖平に出龍守を称させ力押しして来るのは想像に難しくない。
謀神の事である。此処まで読むと見て仕掛けて来た策動だろう。
「ふぅ、東西の幕府其々に出龍守護として任ぜられた者として口惜しいが潮時であろうな」
「・・・治部のおやっさんは知ってたのか!?」
「まさか!儂でさえも察する事さえ出来なかったと言うのに」
「兵部小輔、我が優れたミッ者を抱えているのは存じておろう。あれだけの船を伝え聞いて分からぬはずもない」
「そう言えば公家でも話題になっておったし、あれだけの荷のやり取りが有れば元を探るか」
「まぁ、その辺は置いといてよ。定員は護衛入れて十五人まで、十日後に火吹ヶ原だ。そこで三家が合流して行く」
「わかった、兵部小輔。通らせてもらうぞ」
「うむ」
その後、二人が帰ると恒家は一人複雑な思いで茶を点てた。東西幕府の争いが起きても中立を保ち、独立勢力として存続し続けた出龍國沖平が自分の代で終ぞ成り上がり者の下に降らねばならないのだから。
◆◆◆◆◆
「龍背守殿、高天原の歴史の流れを覚えていますか?」
「えーと。公家政権から武家符家が台頭して幕府出来て、其れが三つの都に分かれて興亡繰り返しってヤツですか?」
「はい。そして央京の名を福原京と言いますが数度に渡って建て直された物になります。今の物は五百年程前に建て直された物でその当時、半分近い物資を出したのが福原京に拠点を置いた弧津氏です」
「確か中央の都とって左右を抑えた弧津幕府でしたっけ?」
「その通り。そしてその弧津幕府内一族で六管領の一つだったのが二人が連れてこようとしている沖平治部大輔です」
「あぁ、沖平騒動で家中分裂して弱体化したとか言う。一応は正当な生き残りの一つでしたっけか」
「はい。と言うわけで手懐けてしまえば後々、益となりますよ」
「成る程。良いこと聞きましたわ」
二人の話し合いを見ていた禍獣衛門は娘達の持ってきた菓子を口に詰め込む大太郎太に呟いた。
「あの二人、メッチャ黒ない?」
「ヌグ、九十九丸の顔に既視感あるなと思ったら前にアーカイプで見た古いの時代劇で悪代官と結託した商人があんな顔してた」
「ちょっ、大ちゃんテメー。分かりにくくディスってんじゃねぇ」
「いと、でぃすられ候」
「何文やねんそれ」
「最近、こっち側に染まって来たよね由教さん」
さて、此処は本丸の中庭を見下ろす一室である。縁側に菓子を挟んで禍獣衛門と大太郎太が座り、戸を開けた一室で九十九丸が由教に礼法の最終確認をしている。まぁ、今は休憩がてらちょっとした世間話をしていた訳だが。
「さて、復習です。私の官位は覚えてらっしゃいますか?」
「えーと。従四位上渡界官じゃなくて渡界別当」
「そうです。そして貴方は従四位上渡界頭と従六位下龍背守を兼任しています。ですので正五位下治部大輔の沖平当主に対しては立場が上になり、少々の失態は気になさらずとも良いので気を張らずに・・・」
などといった具合に。
時をその日の早朝に戻して信楽茶壺と尾無稲荷は西側に有る山麓で馬に乗っていた。
彼等は現地勢力の頭と種族が同じ事から、禍獣衛門管轄下で情報収集と現地民懐柔の任を受けていた両名で、その外交成果の一先ずの締めとして客人を迎えに来ていたのだ。
さて、状況説明で有る。
相手方は圧倒的な力量差を理解し当初から臣従を望んでいたが、活用法は思い付いても此の世界に来たばかりの三ツ時一門ではそれによって何が起こるか想定出来ず、そもそも臣従された場合にどう言った対応を取れば良いのかが分からない状況であり朝廷から由教が来るまで話が流れていた。
そして意見を交わした結果、三ツ時一門の総意として平穏を願っていると理解して、世間公に三ツ時一門の話が広がるのは遅ければ遅い程良いと考えた由教の提案により、臣従を受け入れ三ツ時一門の準備が整うまでの隠れ蓑として扱う事にした訳である。
その案を打ち上げた際、此方の世界における朝廷と東西幕府に通じる格好の御輿に成り得る家が有り、その家との接触を試みたいとの話を南田吉貞と海林宗龍の両名それとなく伝えた結果提案されたのがこの会談だった。
「さぁて、刻限に間に合わんでは示しが付かんな。稲荷殿、頼むわい」
「はいな親分さん。大太郎太様の秘術をまた目に出来るゆうんは感動しおすな」
「全くその通りじゃ」
稲荷は白柄の祓串を軽く持ち上げ地に石突をトンと打ち付ける。
稲荷の視線の先に突如火球が現れ、円を描きながら膨らんでいき、直径一丈程になると膨らみながら高く高く薄暗い空に打ち上がった。
山をも超えたところで暗闇に紅い花が咲く。
「妙技じゃな、稲荷殿。御三方もお喜びくださるじゃろう」
「ふふふ、そうやとええんけやど」
すると目の前の山の中心部が吸い込まれるかの様に蠢く。ゆっくりと動いている様に見えるが、しかし異様な速度で独りでに穴が出来、その穴を支えるかの様に薄く光る木々が生え隧道が出来上っていった。
ダイダラボッチの大技の一つで、発動条件が厳しく発動出来ても防ぎ易いせいで、使いにくい死に技だった国造主土遊と言う大技だ。しかし此方に来てからというもの、ゲーム的な制約が無くなり坑道掘りなどで大いに活用されていた。
その技によって隧道が掘られていくのに従い二人は馬を歩かせる。
二刻程かけて山を抜ければ木々が生い茂っており二人は馬から降り茶壺が腰の太刀で斬り伏せ、稲荷が焼き払い水をかけながら進む。
最後の一振。これまでと等しく刃が届いていない筈の位置にある大木諸共断ち切られる。
稲荷が視界を塞ぐ倒れた木と切り株を煉獄もかくやと言わんばかりの焔を広げて炭化させ、熱冷ましと防塵を兼ねて水を撒く。それらは一際大きくジュゥゥっという音を立てて蒸気へと変わった。
最後の黒い道の完成である。
「あきまへんな。火を出すんは得意やねんけどお水は不得手やさかい良う格好付かんわ」
「そうかの?儂ゃ変化は得意じゃがそれ以外の術は上手にはできんからなぁ」
取り留めのないやり取りをしていると白い蒸気が薄らんでいく。晴れた先にいたのは達観した三十名と腰を抜かした十五名だった。
外交官相当の職を任されていたが故、三ツ時一門の中でも特筆して自分達の事を理解している二人は兎角言うことは無いと佇む彼等を迎える。
「南田兵部小輔、海林刑部小輔、そして沖平治部大輔。迎えに来させてもろうたわい」
「お久しゅう御座います。そして御初目に」
茶壺と稲荷が言葉を発せば、雄壮剛毅にして威風を備えた茶壺に畏敬の念を抱き、艶やかでありながら可憐で上品な稲荷に目を奪われる。
「信楽の大旦那、稲荷の多姉御。御招待有難うごぜぇます!!」
「有り難く」
吉貞と宗龍がそう言うと、辛うじて平静を装えていた恒家は、しかし慌てたように腰の鞘から刀を抜いた。
「ど、何方の者か、富中の者ではないな!?吉貞、宗龍。貴様等謀りおったかぁ!!」
唾を撒き散らすかのように言った恒家は溢力を纏って怒髪天に悪鬼羅刹の表情で二人をにらんだ。
「え?」
「む?」
しかし帰って来たのは何を言っているのか分からないと言葉を使われるよりも、其の意思を察せられるような困惑した表情である。
狐と狸は顔を見合わせる。
「治部のおやっさん、忍を使って三ツ時一門の方々の事は知ってたんじゃねぇのか?」
「儂らは知っておると思うた上で同意したのかと思ったのじゃが?」
対してクイっと首を傾けた。
「ミツドキイチモン?」
初めて聞いたと言う表情一つに真顔が二つ。
「・・・真か?治部大輔」
「・・・嘘だろ?」
「・・・・・」
多少の行き違いは有ったものの茶壺と稲荷の外交努力は実った。三日に渡る歓待を受けた出龍の三者達は其々「隠居して此処で過ごしたい」と漏らしたとか漏らしていないとか。




