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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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二話 変事

  意識を持ち始めたのは何時の頃だったろうか。

少なくとも彼女の場合においては感覚的に千の時が過ぎた頃であった。思い通りに身体は動かず声も出せ無い有様だったが其れは当たり前の事だったし、己が父やその一門である方々が自分達を側に置いてくれているだけで温かい気持ちになれたものだ。


激励も謝罪も勝鬨も出来はしなかったが戦を共にした。

飲む事も歌うも事も踊る事も出来はしなかったが宴を共にした。


  彼女にとっては楽しかった。父親達と供に居れる全ての時は思い通りに動けずとも父とその一門の方々が嬉しそうにしているだけで満足出来たのだ。


 だが、ある時。一つの欲が芽生えた。何時だったろうかと問われれば彼女は大凡二千年の時を経たあたりだった様に思う。

 父達が突如として肩を抱き合い流暢に喋り出したのだ。其れに対して自分達は出来ることは格段に増えても相変わらず固定された様に同じ言葉と同じ動き、父達のように触れ合い語らう事は出来無い。

 思ったのだ。唯一度、抱きしめて貰いたいと。父の懐に潜り込みよく頑張ったと褒めて欲しいと。

しかし同時に気付いた。自分は、いや自分達は人形なのだ。悠久の時を経て意志を持ったが理りに縛られ何も出来ないただの木偶人形。その理不尽な不条理を受け入れられず彼女は悩んだ。

 狂おしく狂おしい。こんな惨たらしい事が有って良いだのだろうか。

そう思わずにはいられなかった。長い年月を経て遂には父と共に居れても心は満たされず、そして千年の時が過ぎて心は磨耗した。


  その日は戦場で始まった。彼女は父が戦に行くのなら付いていくのが仕事、御武運をと声もかけたかったが口は動かず変えられぬ摂理又も打ち付けられる。だがこの時は最も幸せな時である。何せ数ヶ月周期で居たりいなかったりする父が常に側にいるのだから。

  父が一門を立ち上げる前から仲良くされていた御二人と彼女達を引き連れ数ヶ月、備乃國の鬼の一味と共に戦い強力な桃太郎という武士を打ち倒した。


 その後は御三方だけで何時もどおりに本天守に行ってしまう。

叶うならば天守へ共に生きたい。彼女は強く父に会いたいと願い、話したいと願い、触れ合いたいと願う。


 強く、強く。


 ふと視界が暗転し浮遊感を感じる。初めての感覚に何なのでしょうと呟き頬に手を添え首を傾げた。

 だがそんな気付きも直ぐに失せ父に会いたいと何時ものように焦がれた。


「あぁ、父上様・・・・・・!!!!?」


  彼女は自分の行いに驚嘆し言葉を切った。

疑問ばかりが浮かび、ソワソワと立ち上がったり部屋の中をせわしなく歩き回る。

 なぜ慌てるか。彼女は「何なのでしょう」とか「父上様」などと言う言葉を発せ無かった。出てくるのとして主人様や当主様とかそう言う呼び方。そもそも自分の意思では喋れなかったのだ。今まで呼び掛けたくとも声が出せず何度歯痒い思いをしたか。

それが今、なんてことのない様に出来てしまった。


  何かが変わったと確信し会所の渡り廊下から池を覗く。其処には艶やかな黒髪とクリクリとした目の整った顔立ちの年頃の女の顔が写っていた。顔の横にずらされた般若のお面も健在である。其れは彼女の変えられぬ不条理の中で強制的に城を徘徊させられる中、鏡で見た自分の顔と相違無かった。


「私の顔です。ええ、私です」


  追い討ちをかける様に気付く。

私はこの様に動け無い筈だ。頰に手を当てたりだとか水面を覗くなんて言うのは理に外れる行いであり、まるで自由に動く父の様。


「どう言う事なの?」


  発せぬ筈の言葉が不意に出た。だがしかし間髪入れず瞳に強い意志を宿らせる。今この何時終わるともしれぬ摩訶不思議な現象の間に一度でも父と言葉を交わしたいと。


  そう考えれば彼女。文車妖妃の逢魔時おうまがどき ふみは早かった。首に巻いていた長く大きな巻物を周囲に漂わせる。するとその巻物は文の横で浮遊した。タンと軽やかに飛び移って十二単と羽衣を棚引かせ空を舞う。屋根河原を見下ろし二の丸と本丸の間に隔たる渡櫓を越えると表御殿の裏に見知った顔が並んでいた。

自由に動く様を見て彼女達も自分と同じ状況だろうと当たりをつけ着地する。


「御二人もなのですか!?」


  一人は神木の枝を握り黄緑色の巫女装束を纏う垂れ目の緑髮を後頭部で束ねた落ち着いた女性。

山姫の誰彼時だれかれどき みどり。その家名の通り大太郎太の娘。

  一人は背から焦げ茶色の羽を生やし真っ黒な忍び装束を纏う目付きの鋭く茶髪をおかっぱに切りそろえた小柄な少女。夜雀の雀色時すずめいろどき よい。こちらは禍獣衛門の娘で有る。


 文と翠と宵はほぼ同時に父達から創り出され三千年の時を超えて共に生きて来た。

勿論言葉なんて話せなかったし互いに意思疎通も出来なかったが彼女にとって姉妹と言えばこの二人に他ならない。


「文様!!」

「・・・!!」


 翠が歩み寄り雀が羽を広げて文の胸に飛び込む。

不条理の為に互いに触れ合うことも出来なかった筈だが嗚咽を漏らす雀の温かさ。その初めての感覚にどうでも良くなった。どうやら三人共、想いは同じらしい。


「宵、泣き止んでください。

貴方は禍獣衛門様の御子でしょう?強い子ですよ」

「・・・うん。わかっとる。」

「宵は偉れー子に御座います」

「文様も翠姉ぇも有難うな」

「大丈夫です」

「気にしなくてよー御座います」

「・・・その、御二人共。私に様を付けるのは止めて頂けませんか?

「ええの文様?ウチ達は三ツ時一門御三家やけど頭首は逢魔時氏の皆様方やで」

「それに父上様方がどー思われるか」

「ええ、父上様方がの判断が未だどうなるかは解りません。ですが御三方は仲が良かったでは有りませんか?

何より漸く貴方達と話し触れられると言うのに此れでは少し寂しいですから」


 文が顔を赤くして言うと二人ははにかみ笑って文の手を取り言った。


「わかったわ文姉ぇ」

「私も文姉上と呼ばせて頂きます」


  三人して互いの手を握り顔を赤くしていると一足先に恥じらいの薄まった文が言う。


「翠、宵、何時までこうしていられるか解りません」

「!!そーですね。早く父上の処へ行きましょう」

「あっ。せやな急ご」


 連立天守の入り口が有る小天守から内へ入り渡櫓を通って中天守を過ぎ再度、渡櫓を抜けると屋敷の様な大天守の一階に到着した。静々と然し早々と階段を上っていき七階の最上階へ至る。


  長い階段を登りきった先に見えるのは車座になった御三家の三当主。

背を向けた大禍時 九十九丸。

左側に座る誰彼時 大太郎太。

右側に座る雀色時 禍獣衛門。


  目にした途端、はしたないと父に呆れられ無い様に態々早歩きで来たことも忘れ駆け出す。三人の姫は万感の思いに駆られて父に飛び付き鼻頭を痛めた。


「え?」


  其れは三人の声が重なった悲しい疑問符。

冷たく硬く微動だにしない父達。まるで石像の様に車座の中心を指差していた。

 理由は分からない。しかし切望と渇望の余り夢現を見ているのだろうか。もしそうならばせめて父の一声をくれてもいいでは無いか。そう思うと彼女達は涙をこらえる事は出来なかった。



 ◆◆◆◆◆


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 三人の男が揃って叫する。

何処までも何処までも黒い空間を真っ逆さまに落ち続けながら。微弱な疑問と強烈な恐怖に苛まれ。


「何なんだよコレぇ!?浮遊感キッモ」

「俺かて知りた・・・アカン吐きそう」

「ちょ、吐かないでよ?禍獣衛門!!」


 三人の男が揃って喚く。

何処までも何処までも黒い空間を真っ逆さまに落ち続けながら。異常な馴れと正常な三半規管の狂いにより。


「うん、もう飽きたわ。どんだけ落ちんねん。しつこいわ。ええかげん終わらんかな」

「もう気分的に数ヵ月近く落ち続けてるよね。時間なんて分からないけど、これじゃあ無間地獄だよ」

「ちょ、大太郎太。有りそうで怖いからやめてくんない?笑ないんだけど」


 三人の男が揃って語る。

何処までも何処までも黒い空間を真っ逆さまに落ち続けながら。鈍る危機感と冴える絶望感によって。


「ねぇ九十九丸。柏餅くれない?」

「自分、八橋がええ」

「ほらよ。俺は・・・三色団子でいいや。

にしても本当にわからん。ゲームの身体がしっくり来すぎる。まぁ、どうでも良いや。頂きます」

「頂きます」

「頂きます。お!結構美味いやん」

「本当にうまいね。でもゲームアイテムに味を感じるってどうなんだろう」

「まぁ今更だ」

「そうだね。むしろ良い暇つぶしだしお替わり貰っていい?」

「自分も欲しい」

「おう。幾らでも出せるぜ」


  九十九丸の手に纏わりつく黒い液状のモノから九十九丸のインベントリに入っていた物が出てくると気付いたのはもう幾年も前の事だ。大太郎太は地面が無いせいか巨人に変わる事は出来ないが、暇潰しにbuffを発動した所それらしい事は出来たし、禍獣衛門に至っては巨大な白狼に変わった。

どうやらこの空間で自分達の身体はゲームキャラになったのだと理解した。


 今まで分かった事と言えば其の程度。

後のことは不確実性が強いと言うか気味悪い事だが、三人共通してグラフィックが変化した黒い穴に落とされた際にに第六感的に魂が裂かれた様な感覚を得た事だ。そして魂が乖離して別世界にでも落とされているのでは無いかと言う何処か確信じみた考えに至った。


  よく日本昔話やグリム童話にある穴に落ちて知らない世界へ的な神隠しのような事だろうと考え、戻れるかどうかと言う考えに至っては、何の確証も無いが何となく無理だろうし手段も思い付かず放棄している。

より正確に言うならば悲観する程では無い現実ではあったが、何故か未練もなく其れなりに抱えている悩み事も有り戻らなくて良いやと三人は何処か傍観した様に諦めた。


 それだけ長いのだ。此の延々と続く黒い空間は。一人で落とされてたら其れこそ廃人になっていたと断言できる。此の虚無感しか湧かない空間において新たな刺激。ゲームでは食うフリだけで消えて体力等を回復させる味もクソも無いアイテムが現実的に食べられるのだから其れ等を楽しまぬ訳がなかった。

菓子に対する茶の代わりと言うのも変だが九十九丸は何となしに口火を切った。


「なぁ、二人はどう?」

「ん?何が」

「いや、戻れなさそうじゃん?」

「何や藪から棒に・・・。

あーわかったで。あっちの世界に戻りたいかどうか聞きたいんやろ?

そなら簡単や、なんか知らんけど帰ろうなんて思わん。二人も同じやろ」

「しょーじき言うとそうだね。勿論、不思議と僕も殊更向こうに帰りたいとは思えない」

「俺もだ。何だか未練もねぇ」


  三人が元の世界への未練とも言えない消極的な帰還する意思を完全に消し去ると黒い虚空な世界に突如光が射し白く塗り替えた。

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