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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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十九話 失態

 公家において既存の行政では対応出来ない事柄に当たる役職を令外官と言う。その例外的な事柄の筆頭と言えば異界者の出現などが最たる事例だ。其れに対応する官を渡世官と言い数少ない公家が影響力を強く持つ令外官であった。


 その従四位上渡世官に急遽任じられ、龍背國に下向命令を拝した府三条(ふさんじょう) 由教よしのりは妻のりんと此の一月の事を思い返し庭園を眺めながら縁側で談笑していた。

 清涼な日本庭園を横に朗らかな春風の元で見目麗しい若夫婦が並んで微笑んでいる様は何とも絵になるものである。


「懐かしいなぁ。治部大輔から渡世官に転任された時は驚いたよ」

「私もです貴方様。山しかないと言われる地に下向する様に言われた時は心中も覚悟しました」

「本当に。でも来て正解だった。

 あの頃では考えられない程に恵まれてる。三ツ時一門の方々には良くして頂いてるし何不自由ない」

「初めて此処へ来た時は驚きましたけどねぇ」

「そうだなぁ。人の数もそうだが何よりも活気が凄かった。公京とは別世界、府武の京にも劣らないだろうね」

「私は見た事が無いよな立派なお城と人々の驚く様に強さでした」

「そう言えば誰が当主なのかと町人に聞いて回ったね。恥ずかしい限りだったよ」

「そんな事を言ってしまえば皆がそうだったのですから恥ずかしがることも無いでしょう?」


 その勘違いの後に此処の実力者の力の一端を垣間見た時は二人どころ皆揃って腰を抜かしたものだと揃って苦笑いを浮かべる。

 夫婦和気藹々と話していると侍女要員として随行した凛の妹、妖小路およづれこうじたえの闊達な声がかかった。此処に来てからは御転婆加減が増したが其れもまた二人は微笑ましい。


「義兄上、姉上。三ツ時の方々からの言伝てと貰った御菓子持って来たで」

「ありがとう妙」

「ありがとう妙ちゃん」

「ええんよ。私も役得やし」


 温和で静かな姉と対比するかの様に吊り目ガチな元気な少女がニコニコしながら姉の横に座り、茶菓子を乗せた盆から和紙に包まれた白く丸い菓子と麦茶を手渡した。


「大太郎太はんが試作の金鍔?言うてはりましたわ」

「金鍔?」

「何や刀の鍔みたいやから金鍔やて」

「うーん、金というより銀。有り体に言って白だと思うけど」

「まぁ、いいじゃないですか。あの御方が作られる物は大抵美味しいですし」

「そうだね凛。八つ橋や餡ころ餅には驚いたなぁ。おっと、それで妙ちゃん。言伝て言うのは何?」

「あっ!えろうすんまへん義兄上、先に言うとくべきやったわ。

何や鬼さん家と鵺さん家でやっとった火薬を試すとか何とかで煩くなる言うんと、成功したら皆んなで盛大にお祝いするから来て言うてたんどす」

「え“?」


 瞬間、遠くからドーンと破裂音が響き吉教は目を見開く。石の様に固まったかと思うと滝の様に汗を流し、ハッとなって燕に変化すると音の方へ飛んで行った。愛妻の問いかけさえ聞き取れない程に慌てたと言えば由教を知る人物は皆、揃って腰を抜かすだろう。事実、姉妹は音に対してはそれ程驚かなかったが 由教の慌てように関しては衝撃を受けていた。


 由教は又もや爆発音を耳にする。何故驚いているかと言われれば火薬の作成が予想の倍近く早すぎたのだ。あの書に書かれた工程と言うのは数少ない硝石を得る方法の中でも最も短く大量に作れ且つ高難易度と言える。先ず、結界維持に数十人。強い火花の様な放電を生み出すのに優れた術者が複数人必要である。勿論、手順通りにできれば作れる筈だし、此処にいるのは其々が大妖怪。しかし今も尚、響き続ける轟音の凄まじさを鑑みれば其の量が異常なのだ。どう考えても術を数度繰り返した程度では用意出来ない。


 由々しき事態だ。火薬を作る教師兼技術指導者として来たつもりが、気が付いたら火薬の大量生産まで着手してる。


 義父は定期的にやり取りする手紙に書いていた。


「何でもええ、一つでも恩を売るんや。

何、お相手さんは勝手に来た胡散臭い連中の朝廷っちゅう言葉を信じた上に力無いっちゅうのが解ってもコッチの顔立てる様な人間やで?

せやから唯一困っとるっちゅう硝石の作り方を伝授して共に火薬の量産方でも一緒に研究すれば大きな恩や思うてくれるやろ。

上手いことやってぇや」


 と言う訳である。その機を伺ってたらとっくに過去の物となっていた。由教や妻の凛は外交文書や儀礼など様々な常識を確かりと教えていて其れは恩に感じてもいいことだ。事実、禍獣衛門筆頭の外交を担っている彼等は融和的に外交が出来出していると実感出来き感謝している。だが儀礼的な事と硝石と言う戦闘の趨勢を決める物資、いわば命に関わる事で言えば何方の方が恩を感じるか言うまでも無い。更に共に研究に打ち込むともなれば時間の共有から始まり絆は更に強固になる。


 失態だ。由教は生まれてと言っても過言では無い程に焦り混乱していた。公家が衰退して以来の傑物と呼ばれた彼である。正直、苦手な物が短歌くらいしか無いため失敗というものをした事が余り無く尋常ならざるテンパり方をして無意味に音の方へ飛んでいた。


 しかし由教は更に驚くことになった。草原に並べられた数えるのも億劫になる程の火器の数。正に原を埋めんがばかり。其れら火砲の轟音は日が暮れるギリギリまで止まなかった。


 由教は日が暮れる前ほどになって漸く自我を取り戻し、一月に一度程度の頻度でやり取りする報告書兼手紙を明日届けると言うことを思い出した。慌てて九十九丸に確認に行き自室に戻ってその末文の続きを書く。


 〔龍背守御三人、良う良う書を解し諸術を用いて楽しみ候。瞬く間に解する由、元より知り得るが如くに成し候。

 機を逸し補う事儘なら不、唯恥じ入るばかりに候


 又、目するに三ツ時一門の火筒多き事甚だ隔絶し候。其の様、正に地を覆い隠すが如く候。


 九十九丸殿曰く、数えるも億劫也、然れども万は有り。知り得しは斯の如しに候。


 こちふけど

 しろきしょうえん

 ただよいて

 はらになきかな、うららのかおり


 恙無きや〕


 といった具合に。


「龍背守の三人は、書をよく理解し術を使う事を楽しんでいます。瞬く間に内容を理解してしまうので元から知っているかの様でした。機会を逃し、私は手伝うこともできず恥じ入るばかりです。

 また、目にしたのですが三ツ時一門の持つ火器は驚くほどに多いようです。其れは正に地を覆い隠す様でした。

 九十九丸さんが言うには数えるのも面倒だけど一万はあるとの事で、解ったのはこれくらいでした。

 東風吹けど白き硝煙漂いて。原に無きかな麗の薫り。・・・微妙だな。

 御身体をお大事に。と」


 筆を置き溜息をつく。癖で手紙を書きながら口を動かすのは悪い癖だ。


「はぁ、取り敢えずはこれで良いかな?お義父さんに叱られそうだなぁ」

「貴方様」

「えっ凛、もしかして口に出てた?」

「はい。歌の練習、しましょうね?」

「は、はい」


 余談であるが手紙を読んで全てを察した彼のお義父さんには、怒るよりも驚いた様であった。

 後、短歌についてはボロクソ評価であったと記しておく。


 ◆◆◆◆◆


 練武場で三棟梁以下三ツ時一門が集まる中、鬼の姿の九十九丸が長さ七尺(約2m)の三ツ時一門の火縄銃で最も一般的な三十匁筒を構え引き金を引く。


 爆音と白煙が立ち込め二町半(約250m)先に有る的の一つを粉々にした。続けて淵殺斎に次の火縄を手渡される。火蓋を切り、狙いを定め、引き金を引く。

 また的が粉々になる。すると雷也に次の火縄を手渡される。火蓋を切り、狙いを定め、引き金を引く。

 また的が粉々になる。


 繰り返し、繰り返す。


 十の的を粉々にすると歓声が上がり、九十九丸は一息付いた。外さなくて良かったなどと思っていると感極まったのか震える声で淵殺斎が言う。

 デモンストレーションを終えた九十九丸にとって此処からが本番だ。


「九十九丸様、両家の手で成し得た火薬に御座います」


 雷也もウンウンと頷きながら満面の笑みを浮かべて、少し潤み目だ。其の様に禍獣衛門と大太郎太の助言が無かったらどうなっていたかと九十九丸は思う。

 当初、火薬の量産を命じた時は「夏に花火大会してぇし、量産できれば防衛し易いんじゃね?」と言う何とも気の抜けるような思いだったのだが、淵殺斎や雷也どころか全ての子弟一族郎党が、防衛力向上の為に可及的速やかに為すべき事だと思った様で身を削る勢いで研究を進めたのだ。

 さすがに十日ほど経って脱穀用の水車小屋作りと並行して火薬原料を粉々にする為の水車小屋が作られた辺りで「なんか二人の働きっぷりが花火が見たいとか言うレベル超えてね?」と思い、禍獣衛門と大太郎太の二人と駄弁っている際に話題に出したところ其の勘違いを呆れ果てた溜息と共に「雷也さんが祭楽しみ発言をしまくってたゆーても気付いたりーや」と諭された訳である。


 その後、妖怪なのにクマができ鬼と鵺にこの言い方はどうかと思うが、幽鬼のような顔で作業場を出入りする様を見て、言い出しにくく更に申し訳なく思った。故に出来うる限り褒美を弾ませたのだ。


「良くやってくれたよ。取り敢えず御礼を用意したから受け取って。

 両家に感状一筆、噌烏酢一斗、薄茶糖一升、大判五両をそれぞれにだ。又、二家の火薬量産に手を貸した者には小判五両を贈呈する。後で手を貸してくれた者を報告する事」


 一応、内容を列挙する。


 先ずは説明するでも無い九十九丸が由教に教えて貰った書体で必死こいて書いた感謝状と大判五両。


 次に禍獣衛門がお好み焼きを醤油で食べている内に「これはこれでエエけどもう嫌ヤァ!!!ソース、お好みソースゥウ!!!!」と半狂乱しながら作り始めた、牡蠣を塩茹でにした際に出た煮汁を煮詰めた物に小麦粉でとろみを付け砂糖を加えたオイスターソース擬と、赤瓜トマトピューレに糖液、塩、酢に桂皮を加えたトマトケチャップ擬を混ぜたお好み焼きに塗るソース擬事、噌烏酢ソース


 同じく砂糖が目減りして焦った大太郎太が「砂糖工場に行った事のある甘党を舐めるな!!」とか言いながら巨人になって事前に作って貰った直径一丈(3m)の鋼鉄製ビュンビュンごまを遠心分離機の代用として使って作った物で、牡蠣灰沈殿やら石灰やらで色々やりながら「炭酸ガスってどうやって作ればいいんじゃぁ!」と訛りまくって荒ぶりながら作った薄茶色の糖液である。


 三ツ時一門として出せる褒美に現状でこれ以上の物は無い。実際、其れを見た者達は二家がどれ程の事を成したか衝撃と共に知る。其れを受け取る二人もかろうじて「ありがたき幸せ」と声を揃えて言ったが腰が引けてる。


 褒美は足りていた様で三人は大いに安堵した。


 諭した側の二人まで何故か。其れは調味料が褒美になるか不安だったのだ。その手間を考えれば十二分なのだが全力で趣味に走っただけで有り自分達が作ったと言う付加価値が彼等にとっていどれ程大きな事か気づけなかった訳である。


 何はともあれ。かくして三ツ時一門の戦力は過剰な物になった。渡世官が冷や汗を止められず、この後に開かれた祭の最中にもう一度、手紙を出したいと頼んだのも頷ける話だった。

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