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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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十八話 火薬

 城や水田、家畜小屋から離れた広場で三人は一つの本を読んでいた。


「雷発生させて橙色の煙を出して温水と混ぜて硝酸作る。塩水をぶっこんどいて雷を流し、息を吹きかけ熱したものと硝酸を混ぜ、最後に海草から抽出した液か花崗岩を溶かした水と混ぜれば塩と硝水が出来る」


 九十九丸は首を捻った。


「禍獣衛門。硝水って何、水溶液?

つか、そもそも何がしてぇんだコレ。俺、花火作ろうとしてんだよな?」

「分からへん。そうやと思うけどコレ理科とか化学やろ?こう言うん苦手や」

「斜め前に同じく僕も分かんない。ハーバー何とか法ってのなら聞いたことあるけどアレは石炭か何かを使うやつだし。地蔵さんか兎油さん、死神くんが居てくれれば分かるんだろうけど・・・」

「ほんまやわ。えーと、さっき言うたんが秘法の大筋やっけ?」

「おう。何がしてぇのかわかんねぇ」

「まぁ、取り敢えず手順通りやってみようよ」

「そうだな。各工程の細かいのは次のページからだわ。えーと、最初の硝酸作る過程は空気中で放電させると」


 硝石秘技法書の手順をなぞって九十九丸が行程を読み上げ二人実行する。


 大太郎太が地面に五行を示す五芒星を描き手をかざすと五芒星上の空間に丸く透明な水晶の様な物が突如現れた。


 自身をすっぽりと覆う程の大きな結界に九十九丸は手をかざして硝石秘書を見ながら呪文を唱える。


「えーと。我、界に言霊を祝す。

 太極有りて陰陽、陰極まれば陽、陽極まれば陰。陰陽五行を以って術を成し、成さねば滅して摂理を正す。此れ相生と相剋の界。・・・これでいいのか?」

「御呪い?」

「わかんねぇ。手順に書いてるから一応、言っといた」


 そう答えてもう一度書に視線を落とすと注釈が書かれている。


「あ、此れアレだ。失敗して変な物が出来た時のセーフティーの為らしいわ」

「へぇ、じゃぁ安心だね」

「そうだな。えーと、そんで終わったら次は禍獣、結界に両手添えて電気よろしく。なんか火花みたいな感じので全力でやっちゃって」

「やったんでー!」


 結界一帯が強い光に包まれ周囲を白が覆う。三人は学生の頃に戻って化学実験をやっている様な気分である。ワクワクしながら和気藹々と作業を進めた。


 彼等がやっているのは献上に対する贈呈物。有り体に言った交易品の中にあった技術書の実践であった。


 その書物というのは火薬を作る技術工程の記された物で、それを実行するにあたって必要な知識を追記注釈された物である。


 原本たる清硝技法書は高天原において幻とされる技術指南書の一つ。硝石の代用品を創り出す術が記された物だ。


 魔王様が鉄砲を持ち込んで以来、硝屋と呼ばれるもの達が硝石丘法や古土法を行なって硝石を生産していたのだが、その硝屋の与七という者が編み出した技法が記されている。古土法や硝石丘法で藁や糞尿を混ぜて発酵させることと田畑の堆肥を結びつけ、更に糞尿を撒いた田と糞尿を撒か無かった代わりに稲妻が落ちた田が同じ様に稲を実らせたことに着目し編み出した。


 朝廷にその技法を纏め伝授した功により清硝せいしょうの家名を拝命。今では大量の鉄砲を有し何故かやたらと豊作な領地を有する東の名家の一つである。


 因みに九十九丸の予想は当たっており、この書に記された硝水とは硝酸カリウム水溶液だ。


 朝廷秘蔵の書として価値を高められた物であるが写本し友好、もとい何かしらの交渉時に便宜を図って貰おうと渡した訳である。


 唯、三人にとっては夏が来た時に花火で遊ぶのと試作工程が楽しいと言う。少しずれた喜ばれ方をした訳だが。


 ◆◆◆◆◆


 鬼 淵殺斎は手に収まる程の木炭を右手で握り潰した。二、三指を動かし手を開けば粉末と化した木炭が擂鉢に落ちていく。其処へ黄色い鉱石、硫黄を砕き入れて混ぜる。


 もう一月も続けている事だ。手早く正確に火薬を作り続けながら、結界に閉じ込められ神棚に祀られた透明な水を見た。


 此の水、硝水は三ツ時一門にとって重要な物。一門の趨勢を決めると言っても過言では無い。何故かと問われれば此の技術は外から譲られた書により得た物で、此の世界である程度は知れ渡った技術であると仮定出来る為だ。


 即ち敵か味方か解らないこの世界の者達は火縄や大筒を使えると仮定すべきで、もし此の硝水を使った火薬の量産が上手く行かなければ乱世であると言う此の世界で不利な立ち位置となるのは必定と言えた。


 特に三ツ時一門は元の世界においても他の武家ギルドに比べて当主を筆頭に火器の使用率が高く、淵殺斎の虎褌家に至っては主要武器が火器。


 実質的なトップ3である九十九丸、大太郎太、禍獣衛門が書を使って直々に硝水作成に取り組んみ成功させたのだから彼等がどれ程重視しているかなど察するに余りある。


 更にその翌日には九十九丸の元で虎褌家と電家の二家共同で取り組む様に申しつけられた三ツ時一門の一大事業である。その成否が今から解るのだ。淵殺斎は気を紛らわす為に作業を続けた。


「軍師殿、試作量産品の検証準備が整ったよ」

「そうか、すまない。急ぎ向かおう」


 そう言って調合した火薬を棚に仕舞いって控えていた一族に火薬の運び出しの確認をし、六手と共に作業場を出て広場へ向かう。


 城を出れば壮観。様々な大筒、小筒、棒火矢に蜂巣砲などと言った三ツ時一門が所有するそれらが所狭しと並べられ、一月ぶりに使われ白煙と鉛玉を放出するのを今か今かと待っていた。


「淵さん。準備できたさー」


 火器の入った箱を肩に乗せた妖が空から降り立つ。黄色を基調とした歌舞伎衣装を着崩し二匹の蛇を纏わせ飄々とした猿顔、虎の四肢に二匹の蛇の尾を持つ鵺の電 雷也である。軽い口調で登場した彼に彼に軽く頭を下げた。


「雷也殿、準備を終えてくれて感謝する。また、遅れてすまない」

「良いさぁー。主命の花火の準備だろう?祭りの準備で、御三方からの命に文句なんて言わないよー。それより試射を始めようさ」

「うむ。そうだな」


 淵殺斎が頷くと雷也は肩に乗せていた箱から大筒を取り出し六手に渡す。受け取った六手は四輪の砲架にそれを乗せた。


 赤黒い鉱石で作られ金の細工で彩られた三ツ時一門の大砲の中で最も標準的な大砲であり、正式名称を目覚時十斤大筒めざめどきじゅっきんおおづつと言う。

 全長は一丈《約3m》で三分の二を占める六角形の砲身と砲尾上面に螺子回し付きの外蓋、更にその下に密閉性を高める為の内蓋が付いている。有り体に言えば閉鎖器付きのき仏狼機砲フランキほうっぽい物をゲームで作ったと言えば大凡此の砲の外見的説明は済む。

 性能に付いては、なかなかのプレイヤーの集まったギルド相応の物で十斤《約6kg》の弾を有効射程一丁《約600m》以上先にまで打ち出し、最大レベルのプレイヤーであっても防御能力が低い者ならば当たりさえすれば一割近い体力の損害を与えていた。まぁ、火薬の使用量が洒落にならなかったり上級のプレイヤーだと嫌がらせにしかならない訳だが。


 淵殺斎は目覚時十斤大筒を見ながら誰にも悟られぬような溜息を一つ。渡された写本に書かれていた通りに作ったのだ。火薬としては失敗は無い筈だ。しかし水車を使ったほぼ全自動の量産品と言うのが淵殺斎の心をざわつかせた。


 これさえ撃てれば取り敢えずは籠城戦となっても慢心出来ずとも安心はできる。二重閉鎖器を開けて発火府を弾倉の底に貼り量産された火薬のみが詰め込まれた装填筒を込め、穴あきの丸い金属板を窪みにはめ込み玉を入れる。中蓋をし外蓋を閉めて手回しのネジをキツく締めれば発射準備を終えた。


「装填完了ーーー!!

仰角よーし!!耳塞げぇーー!!

五秒後発射!!」


 淵殺斎がカウントを始める。


「五」


「四」


「三」


「二」


「一、発射!!」


 府を発動させた。同時に辺り一帯の音が苛烈にすぎる破裂音に消し潰され、入道雲の如き白煙が周囲を覆う。鉄の塊が勢い良く射出され最大射程の約十丁《1090m》先の野原に転がり落ちた。

 ゲームの頃と何ら変らぬ飛距離に白煙と音であり、淵殺斎の安堵と歓喜のガッツポーズと咆哮はそれらに掻き消される。


 静寂に包まれた広場から歓声が包む。雷也を筆頭とした者達も硝水作成を手伝っていた訳で、淵殺斎と気持ちは同じだったのだ。


 歓喜によって混沌と化す広場。半刻程の時の後に漸く皆が落ち着いた。


「こうしている場合では無いな」

「あぁ、そうだね」


 雷也が同意すると次の玉と装填筒が準備される。量産品なのだ。使える事が解ったのであれば喜ばしい事だが、一つ使えれば良いと言うわけでは無い。作った内の何割が使えるどうかと言う事である。


 その日、黄昏時城は白煙と轟音に包まれた。数日後に花火を使った祭りが開かれ盛大に祝われたという。

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