十七話 右大臣
日が高らかに天空の中央を陣取る頃、草原にぽっかりと空いた丸い広場では模擬戦が行われてる。審判は大太郎太だ。
灰色の残像が広場の淵をなぞる様に円を描く。その中心にいるのは赤いと黒の大鎧と身の丈を超える大太刀を装備し銀髪の隙間から刀の角を生やした赤い鬼である九十九丸。彼は足も動かさず気配のみで残像を追っていた。
フッと灰色のそれが消える。
「オラァ!!」
同時、振り向きざまに大太刀を一線。然し大太刀の刃が火花を散らしながら万力の様な力に挟まれ止まる。影の正体である一角の灰色狼に刃を咥えられた。
「!!ッチィ」
舌打ちと同時に大太刀を押し込みながら、黒い液を背に纏う。身体中からヤマアラシの様に刃を生やすと突如として背後から現れた黒髪の忍が串刺しにされ霧散し、それと同時に狼は大太刀を解放して飛び退く。間髪問わず狼のいた場所から幾本もの槍が突き出された。
丁度、巨狼が日によって浮かんだ影に重なる様に黒液を広げていたのだ。
「あっぶな!!相変わらず怖いわ」
狼が焦った様にそう言うと煙が立ち込める。それに向けて黒液から出された一丁の火縄が向けられ、気が付けばヤマアラシの様に張り巡らされていた刃も火器に変化し、広場の円内で銃口の向いていない空間など無い。
「そこまで!!」
大太郎太の言葉と共に煙の中から忍び装束の禍獣衛門が飛び出し、九十九丸が黒液を引っ込める。
「やっぱ三竦みだね」
「そうだな。俺は禍獣には割と勝てるが俺は大ちゃんに負け越すし、禍獣は大ちゃんび勝ち越してる。
それより禍獣、早くデバフの呪いを解いてくれ。身体中が怠い」
「おう、すまん」
禍獣衛門が謝ると同時に九十九丸の身体が軽くなる。
「あ"ーキツかった。ゲームの頃とは比べ物になんねぇわ」
「あぁ、デバフはキツいだろうね」
「そんなにちゃうん?
大ちゃんは自分にバフかけまくるし、九十やんは俺にデバフ掛けられてたんやからわかるんやろうけど・・・」
「そっか。大ちゃん、禍獣にバフを掛けてやれよ。どう違うか良くわかるぜ」
「そうだね。ちょっとコッチ来て」
「あいよー」
近付いてきた禍獣衛門の鳩尾に手のひらを向ける。ゲームの頃であればエフェクトが浮いたのだが此方に来てからはそれも見えない。しかし、少し前に来た天狗曰く溢力と言うものが少しだけ変質した。
「うーん。相変わらず視覚できる露骨な変化って言えばこれだよねぇ」
溢力は意識せねば見えない良く分からない物なのだが認識できている。何故出来るかと問われても答えられないし、それを言えば此処にいる全員が急にゲームの頃の身体に馴染み、その能力に目覚め容易く使っている訳だが。
「禍獣、どうだ?」
「んー?なんや・・・おお!」
九十九丸の問いに喜色の声を上げると禍獣衛門はその場で反復横跳びを開始する。ただしシュタタタと音がなるだけで影さえ見えない。かろうじて地面の土が跳ね上がっているだけである。
「「「「「気ー抜いてもこのレベルて!」」」」」
「おぉ、すげぇ。声が重なって聞こえる!」
「わかりやすい様にガッツリかけたからね」
気持ち激しく砂が舞うと山々に向かって禍獣衛門が「ヒャホーイ」などと言いながら走り出す。
「楽しんでんなぁ」
「だねぇ」
ちなみに何をしているかと問われれば、客人の天狗が帰り暇を持て余し出した彼等の暇つぶしである。先日、交渉を終えた三時一門は食料と金銭の山を九十九丸配下の船霊に乗せて客と共に送り出したのだ。向こうからは取り敢えず書物と正式な官位、そして従五位上渡世官以下数名が来る予定である。
◆◆◆◆◆
ボロを纏った公家二人が蔵書倉を行ったり来たりしていた。一人は若く使い古された狩衣を纏い、一人は老いていてツギハギの狩衣を着ている。若者は付き人の様に続く老人を急かす。
「急ぎ書さな。錬丹術書や煙硝の秘伝法もやで!」
「右大臣。よろしいんどすか!?」
「かまへんわ。二蔵が話聞いて硝石欲しい言うてたらしいしんや。遠翔衆の乗っけて来てもろたっちゅう宝船は何や溢力抑えとったけどアレだけで央都の一割が消えるで。
異界者さかい何思うとんのか分からへんけど、仲良うしとかなえらい事になるわ」
「それ程なんでっか・・・」
「せや。やけども向こうさんに耳があって助かったわ。出来るだけ恩を着せといて誼を通じといた方がええで図書頭」
「承りまして御座いまして御座います」
「礼儀正しいんはええけど大妖書記貸してぇな」
「は!ははっ」
さて言い合う彼等は右大臣の妖小路誼久と図書頭の金源寺 実長である。この二人は人に化けている妖で右大臣は蛟、図書頭は図書頭は失敗したお経の写しが蛞蝓の様な型取りをしている経凛々と言う妖。
さて彼等は公家という大凡雅なイメージからはかけ離れた様に慌ただしい。そもそも乱世の所為で雅とは程遠い在り方では有ったが今の彼等はそれにも増してだ。
何故かと問われれば朝廷の最も重要な仕事が降って湧いたからである。
高天原の暗黙の了解に異界者に対して朝廷が即座に会うべきであると言う物がある。最も有名な魔王様以来の物で、言ってしまえば厄介事の押し付けだ。即位した天叢雲皇が天叢雲剣を枕元に置くことで稀に見せられる予知夢によって誰よりも早く世に起きる変異がわかる故に押し付けられた割にはそう苦になる事でもないが。
この予知夢は狙って起こせるものでは無いのだが何故か異界者が現れた時だけは必ず夢を見る。その事から此方の一般常識等に疎い異界者と更に公家の平時の仕事とも言える書物と言う文化財の写し売りが、此方側の常識を教える上で大いに役立つ。
天叢雲皇が予知していち早く接触し公家達の持つ日記や書記等で天叢雲側の常識を教え、話が出来る状況まで持っていくのが一番安全であると言うのが高天原に於ける認識で最適解だった。
「にしてもたまげたわ。異界者の話は二、三聞いた事あんねんけど城下ごとっちゅうーんは初めてや」
「えっ?建物ごとでっか!?」
「せやで。三万の民諸共や」
「三万!?あないな山ん中にそないな土地が?」
「・・・それがな。ワイの大叔父様が祓ったトコ《龍穴》や。あっこのデッカい盆地が丸々城になってんやと」
「あぁ、龍穴から。ほんに溢力多く変事多し何ちゅう諺もありまっけどデカイ龍穴ゆうんはエライ事ばかり起きまんな」
「それを言うたら今回の異界者んは大変やろな。
おっと、あかん。長話しすぎたわ。ほな図書頭、借りてくで」
「はいな。どうぞ」
付き人も無い右大臣は巻物の束を抱えて歩いてく。雨に晒され老朽化しギシギシと音を立てる長廊下でふと立ち止まった。
「せや!ええ暮らし出来るみたいやし渡世官と一緒に妙を送っとこか」
望和三年。春の終わり頃、右大臣さえ筆を取り書を記す。そこに雅さは無いが沈みきって居た御所の空気が久々に快活な物となっていた。また、右大臣の屋敷からは盛大な親子喧嘩が勃発したそうだ。今までは喧嘩する気力さえ湧かなかったのだから良い変化であろう。
「何言ってんですか!髭引き千切りますよ父上!!」
「ちょ、やめ、あかん!
コラァ!ワイの自慢に手ェ出すんやったら流石にお父ちゃんかてキレるぞッタダダダダダ!!」
たぶん。