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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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十六話 対策

 評定の間に棟梁三人と子弟十二人を前に一族が一人。その一族とは紅葉助で気を失った客人を客間に寝かせた直ぐ後に突如起こった出来事を報告しているのだ。


 話を聞くと九十九丸は察した。


「成る程。禍獣衛門が言ってたやつか」

「登場と同時に気絶したやつだっけ?」

「あぁ、アレか。メッチャ驚いたわ」


 報告を聞いた三人が呟くと紅葉助も思い至り、仕方ない事だとでも言いたげに紅葉助は続けた。


「我ら程度であれば気を断つことも無かったのでしょうが、子弟の方々や御三方の妖力は此方の者には刺激が強過ぎたのでしょう。

 これでは話し合いにも成りませぬし何かしらの手立てを考えるべきかと」

「その通りだな。指摘、有難う紅葉助」

「勿体無き言葉」


 九十九丸は手元の書状を見る。審美眼と言うものはない自覚があれど手元の書状の字は墨で書いているのは分かるもののまるで電子機器で書いた様に精密で美しい物だった。

 遠い昔、何かの行事で連れて行かれた書道展の文字は幼いながら上手いなと思ったが、手元にある文を見た後に昔のそれを見ても全く感動出来ない事だろうと思う。いや、正確に言えば精密過ぎて人の手で書かれたのかさえ分からなくなる程に無機質だ。

 紙の質や入れ物の木箱は派手さは無いが良く良く手の込んだものの様で、この世界の平均を知る訳では無いが、それでも取り敢えずは朝廷か少なくとも何処ぞの有力者であろうと言う判断を下した。


「その二蔵って人達にゃ目が覚めたら美味いもんでも食わせてあげて。んで昼過ぎぐらいに面会しようって伝えといて」

「ははっ!承りました」

「うん、よろしく。早めに報告してくれて助かった。頼りにしてるよ」

「もったいなきお言葉、それでは失礼致しまする」


 紅葉助は評定の間から出て行く。役立てた事が嬉しくて仕方ない今にもスキップしそうではあったが自重した様である。

 襖が閉められると改めて九十九丸が禍獣衛門に視線を向けた。今回の訪問で対処せねばならないものとして浮き出たなんか知んないけど会う度にこの世界の人物が気絶してしまう問題を話し合う為だ。


「禍獣、高天原の人達と話す際の注意点を分かってる範囲でいいから教えてくんね?」

「うーん。俺よか設楽の親分さんとか稲荷さんに聞いた方がええで。初見でやらかして話にくかったんと同族との方が話しやすい思うて任せきりやったし」

「マジか。じゃあ、茶壺さん、稲荷さんよろしくお願いします」

「御意に」

「はいな」


 九十九丸が頼むと二人は頷く。

 稲荷は扇子を顎に添えて一瞬、思考し茶壺に言った。


「ウチの対処法を上げるさかい、親分はんの所で違いがあったら言ってくれはります?」

「うむ。その方が早ょお済むの。助かりますわい稲荷殿」

「では失礼して。先ず私達はこの世界ではエラく強い強い力を持っとるみたいどす」

「あーそんな話もあったね」

「はいな大太郎太様。そいで、その強さの根源である妖力を周囲に撒き散らしとるでっしゃろ?丁度、前の世界で可視化できた気や妖力。そんなんが威圧になってしもうとるそうどす」

「気にした事無かったな」

「前の世界だと当たり前だったしね」

「儂も先方に指摘されて初めて意識しましたわい。一度でも会とるか相手の気が座っちょれば気にせんでもええ様なんじゃが、不意に力量差があり過ぎると気をやってしまうようなんですわい」

「せやからウチは妖力を抑えて交渉してましたわ」

「儂も戦ん時に力量を悟られん様にするみてぇに妖力を抑えましたのぉ。城下町の町人程まで抑えて向こうにいた幼子等ぁには丁度良い塩梅じゃったですわい」

「そんなに?」


 目を見開く大太郎太の問いに茶壺と稲荷の二人は困った様にうなづいた。


「一度、先方に手合わせを願われたんですがの。御三方や皆の衆の妖力を感じて気を失うっちゅうのも仕方ない事じゃと儂ゃ思いましたわい。稲荷殿はどうじゃった?」

「同じく大人相手でそないな感じでしたわ。子供も同じやったさかい、相手にするには町人ほどか少し低いくらいの方がえかったみたいどす」


 茶壺と稲荷の話を聞いた他の家の者は想定以上の差に驚いた。元よりその様な話は聞いてはいたが自分達の力量など元の世界では掃いて捨てる程いた為にあまり実感していなかったのだ。


「まぁ、そう言う事なら気配消しとけばええな」

「そうだな。じゃあ、各家は力の発散を抑える様に通達よろしく。昼頃に十二家の子弟は集合って事で解散」


 九十九丸が締めると子弟達全員が「ハハッ!」と声を揃えて答え頭を垂れる。それを見届けると当主と副党首の三人は評定の間から足早に出ていった。こうしなければ子弟達が頭を上げようとしないのだ。


 三人が出ていくと十二の妖は頭を上げ、其々がそれとなし横にいた者と話しながら出ていく。話題は紅葉助を羨むものが大半。


 いつも通りの平穏な日常、評定だった。


 ◆◆◆◆◆


 異常だった。それも非常に。


 非日常で異常で最高の目覚めだった。


 訳も分からぬ程と評すべき力の奔流。人や妖の力の差が激しい時に起こる悪寒。否、悪寒と言うには其処に固形物として存在する様に全身を押し潰す恐怖と重圧で気絶した割には。


 最悪の眠りに最高の目覚め、見覚えの無い天井だと起き上がろうとするも其れは不可能だった。何故かと問われればフッカフカだったからだ。それは正にまだ幼子でうまく空を飛べずにいた頃に想像した雲の感触そのもの。


 それが寝具であると気付くのには瞬時の覚醒から、強制的に微睡まされた中であったとは言えど随分と時間を要した。


 後で聞いた事だが聞けば綿を詰め込んだ物だという。有力大名くらいしか手に入れられないものじゃねーかと言うツッコミを心の中で何度した事か。


 寝具に包まれ夢心地でいると寝室の横の部屋に膳が運ばれて来たらしく、美味そうな匂いが漂い空腹も合わさってソロリと部屋を覗く。


 襖の一つに浮かぶ目に見られながら。


「二蔵殿、とりあえずは食べられよ」


 何してるんだろうかと言う表情の紅葉助にそう言われて戸を開けると思考を一瞬で溶かす目の前の持ち運ばれた朝餉。


 気が付けば膳の前で箸を動かしていた。


 今迄これ程に自分の頭が動かぬ事が有ったろうか。目の前の白銀とも称せる姫飯をまるで暴徒の様に口へ放り込む。


 箸先一寸。其れだけで口の中を甘みが撫で腹を幸福が満たす。塩鮭に甘みの強い醤油を付けて食えば丼を持ち上げ姫飯を搔っ食らう。


 青菜は渋味少なく青臭さなど皆無。散らされた炒りごまの香ばしさと甘い汁の美味い事。


 味噌汁は存在感の強い出汁が磯を幻視させ、油揚げはその出汁の効いた汁を堪能させる。


 事ここに至って思い描いたのは桃源郷。

 しかその言葉で言い表す事さえ疑問を呈する程に素晴らしいもの。有り体に言えばこの四半刻で帰るのが嫌になったと言う。


 山盛りの丼飯を半分ほど食べ進めた所でハフゥと感嘆の溜息をついて一息つくと横に座していた紅葉助が少し申し訳なさそうに咳払いを一つした。


「二蔵殿、飯を食べている所悪いが一つ言伝だ」

「こ、これは失礼を。」

「御三方と各十二家の代表者の計十五の代表者でお会いになるそうだ。昼頃に迎えの者がくるだろう」

「承った」


 二蔵は思った。超帰りてぇ。しかしある事に気付く。


「溢力を抑えて頂き感謝する」

「溢力?」

「強者から溢れでる力の事をそう呼んでいまする。そちらの世にそう言った呼称は無かったので?」

「無いな。まぁ、人の食事中に長々と話すべきでも無いか。失礼する。

 あぁ、食い足りなければ外に控えている者を呼んでくれ。運んで来るだろう」

「いえ、その様な。これだけ頂いておいて更に所望すなど」

「うむ、気にせずともよいのだが。

 なれば友に茶を運ばせよう。寛がれるがいい」

「重ね重ねありがたく」


 丁度、御膳を平らげた頃に六腕の女が一本の手で襖を開け残りの手に盆と茶を持ち入って来た。

 六尺《180cm》程の巨体は大柄で筋肉質で起伏に富んだ体をし屈強が際立っている。その上で肌は黒く癖の強い白髪が左右に分かれ垂れ下がっていて恐ろしげだが笑みは明るく朗らかで女らしい起伏はしっかりと有った。

 服装は胸にサラシを巻いて袖無しの甚平の上に羽織を肩に掛け大きなな袴を足袋で纏めた大工の様な姿で余り行儀の良さは無いが彼女の正装はこれしかない様に思える。


「「御客人、生八ツ橋餡入りだ。食ってくんな。

おっと失礼。両面で喋っちまったよ」

「なまやつはし・・・貴女は両面宿儺?」

「おぅ、そうさ。三ツ時一門、電 喜代助様が一族にして両面宿儺の弐面にのつら六手むつでさ」

「む?やはり紅葉助殿とは違う家の者か」

「あぁ、穀潰地蔵様の家は周辺警戒が仕事だからな。私が替わりに来たのさ」

「ふむ、悪い事をした」

「何、客人が気にするこっちゃ無い。じゃぁ、食後の茶も届けたし御暇させて貰うよ」


 そう言うと六手は部屋を出て行く。

 問題はその茶と共に二蔵の前に五つ程並ぶ奇妙な物体である。

 三角に包まれた其れは茶色いの三つと真っ黒の物が二つ交互に並べられており茶請けの甘味なのであろうが、そんな物は有力者が食べる物で公家が地方の有力者の元へ下向した時に出される物である。

 出されたのだから食べれば良いのだろうが他の四人から「何コレ。食って良いの?」と言う顔をされ少し不安になったのだ。しかしそれも先程まで食べていた馳走を思い出し、早く食わせろと言わんばかりに溢れそうになった食欲に掻き消され「頂こう」と言って口に放り込む。


「まっ!?」


 意訳、うまい。


 二蔵は口に広がる感じたことのない独特の風味に混乱をきたし、其の後に現れ舌を包む甘味に度肝を抜かれた。

 其れは強すぎた故だ。と言うのも基本的に二蔵達が日頃感じる甘味とは穀物に含まれる極僅かな其れが該当し、果物や蜜といった物は余剰品で高く、尚且つ利権関係やらで勝手に生産出来る物でもなくなかなか手に入らない。

 そんな訳で生八ツ橋の中にある黒糖を使ったただの餡子でも蹂躙されたと評すべき物だったのだ。

 因みに判別出来ない独特の風味というのはニッキ。シナモンや桂皮といった方がわかりやすいだろう物である。


「二蔵様。深く忠告せねば大変な事になりますぞ」

「・・・そうだな。然し此の宝物殿を知って正常で居られる者がどれほど居ようか」


 広々とした部屋を眺め価値悉くを予想し溜息をつく。一波乱で済めば良いがと言うのが二蔵の感想であった。


 ◆◆◆◆◆


 会所で十二の子弟と三当主に囲まれる様に二蔵と其の付き人が座っていた。と言っても口を開くのは基本的に三当主と二蔵である。


 今は互いの現状を打ち明け、朝廷の立ち位置を説明し終えたところだ。


「と言うわけでして三ツ時一門の方々には御理解頂きたく」

「要はここの盆地の領有は龍背守を新設した上で朝廷が認可してくれるって事で宜しいか?」

「相違ございません。しかし、先も話した通り我等に有るのは名のみで、あまり意味も御座いませんが」

「まんま戦国時代やな」

「それで朝廷の方々は何を望んでおられる?」


 禍獣衛門の呟きに頷くと九十九丸は問う。当たり前のことであるが朝廷が認可してくれることに対して見返りに彼らが何を求めるかである。

 自分達の権力が失墜している事を敢えて明かした上で此方の世界に来たばかりの自分達にこうも宥和的に関わりを持つ理由が分からなかったからだ。

 何より九十九丸は政治的駆け引きに慣れてる訳がないので実直に聞いた方が話が早い。


「私達が望むのは二つ。避難所としての使用許可と交易に御座います」

「交易?話を聞いた限りじゃ何を取引するのか分からないのですが」

「九十やん。たぶん写本とかやで」

「写本?・・・あぁ、成る程。確かに高天ヶ原の常識を知るには丁度いいか」

「禍獣衛門様は朝廷にお詳しい様ですな」

「そんな事無いですって。昔の事少し知っとるだけや。おだてんといて。

それより九十やん、交易の話し詳しく聞いた方がええんとちゃう?」

「そうだな。こっちが出すのは金で?」

「有り体に言えば。他には物資などでも助かります。下級の公家に関しては衣食さえ儘ならぬ故。又、異界からいらした方にこの様な形で申し訳ないが献金や献上の返礼と言う建前を使わせて頂きたい」

「解った。大事な部分と言う事ですね」


 その後は細微を詰める。日暮れまで話を続け漸く一段落つけ翌日に持ち越される運びとなり、ある程度の事柄を双方納得して取り決められたのは数日の時を要した。

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