十五話 使者
高天原において貴族の中で初代天叢雲皇の兄弟分とされた草薙氏が源流の五家が存在した。五家と言われれば大凡その草薙五家を表し公家の中で摂政、関白を独占する程に家格高い家々である。
最初期に草薙氏から分派した穀倉院家。
武術に秀で武家の元となった京衛家、武者御門家。
陰陽術に秀で符家の元となった陰陽司家、妖小路家。
彼等こそが権力の頂点に有り高天原の全てを采配していた。しかし、既にそれは遠い昔の事で彼らが政を司っていたのは武力を持つ武家や符家の政権が起こる前の事であり専ら武家や符家の有力者達による興亡の隅に追いやられていた。今現在彼らの立ち位置を実直に言えば名はあれど力無しと言わざる終えない。
特にここ数十年は天叢雲皇が降り立ったとされる出剣國が大乱により荒廃し、東西の有力者に支配されている西都と東都とは打って変わって都と言う面影さえ無い程に凄惨の極みである。都がその様で乱世の習いとばかりに遠い地にある荘園は横領され、由緒正しきと言えど生きて行くのもやっと。各地に散る武家や符家の有力者を頼り各地へ下向するなどして高家達は何とか生活していた。
それは五家も同じで央都にて天叢雲皇に近侍しながらも娘を有力者の嫁として送り出したり、周辺有力者に儀礼や文化を伝えどうにか生活している有様だ。
さて、そんな五家の一つ妖小路家の下に遠翔衆という組織がある。既に主の衰退に合わせ組織と言える力は無いが、絶頂期には大規模隠密集団を麾下におき、朝廷に世の常々を知らせる役を担っていた集団であった。今尚、都の一角に大きな屋敷を持っているのはそういう訳だ。その門構えだけは立派でそれ以外はボロボロの住処を見て鼻高天狗が溜息をつく。
「過去の栄華か」
溜息の後、呟いたのは遠翔衆の十二代目頭目の遠翔 二蔵である。本名は別に有り父と祖父である先代と先先代の遠翔 二蔵を無くし新たに拝命された若い鼻高天狗だ。
二蔵は胃の痛みに耐えながら自分の屋敷と同じように灰塵とかしたまま放置された都を進む。公家三条、武家三条、符家三条の通りを抜け羽出山と呼ばれる丘に登り、羽を広げた。周りに誰も居ないのを確認すると羽を広げ空を昇る。高く高く上がって行き、都が豆粒の様になると天を仰いだ。
「嘘じゃろぉおおおおおおお!!?」
真っ赤な顔を真っ青に変え、真っ赤な手で其の顔を挟み天に向かって吠える。そこに天翔ける妖の代表格である天狗の威風は全くと言っていいほどに無い。まぁ、無理からぬ話である。彼の懐に丁重に収められたいろいろに意味で重い書のせいだ。
それは出龍國の龍脈に異界者複数有りて接触すべしと記された詔である。
詔。高天原に置いて詔とは今上陛下が大事を予感したと言うことであり、世跨ぎ人や異界者と呼ばれる物が現れた際に出されるものだ。世跨ぎ人、異界者と言うのはその名の通り別世界から神隠しにあって高天原へ来てしまった者達を言う。
特に有名な人物は魔王様と呼ばれる人物だ。魔王様と呼ばれる由縁は本人が散位の身であり又、神仙の如き力を得たと面白がって第六天魔王と称した為である。本名を織田信長と言う五社大火の乱の際に現れた異界者で、千五百年前の出剣國の五つの龍穴から力を得ようとした朝敵が社の一つ金元大社に火をかけた際に暴走した龍穴から突如として現れ、更地と化した社を背後に槍を振り回して都に攻め入ろうとした当時の有力者の一軍を屠った人物である。ついでに言えばそれだけの力がありながら深謀遠慮の智慧者であった。何より二蔵が恐れるのは彼の気性で感情の起伏が乱高下する人物としても有名であり、激しく敵対したその朝敵を武力と策謀で嵌め殺した人物であった。
もし、今回も同じ様な人物であったとすれば細心の注意を払わねばならない。不興を買えば自身どころか高天原に害が及ぶ可能性があった。故に詔には有り得ぬほどの決定権が付与されており責任の重圧を感じずにはいれず、常日頃憮然とも評される顔はテンパり気味で、口から出るのは奇声と悲観ばかりだ。
しかし気を落としている場合でもなかった。誰かに異界者が使われても困る為、急ぎ向かわねばならない。出龍國と言えば天狗の飛翔能力を持ってしても五日前後を必要とし、歩けば一月以上もかかる。瀬渡國と山淵國を経由していかねばならなず、特に山淵國は山道多く故に宿舎も極僅かであり準備も多かった。
一頻り喚いた後、重い溜息を吐くと遠い出龍國の方角に目を向ける。
「・・・明日には都を出ねば」
気重にそう言って羽入山と呼ばれる丘へと降りた。
翌日、部下を引き連れ二蔵は空を舞う。編隊飛行を続ける中で唯、一言。
「中興の祖」
そう言えば遠翔衆の現在の最高戦力の四人は驚きの後に力強く頷く。彼らの言う中興の祖とは五社大火の乱の際に魔王様と始めて接触した初代遠翔 二蔵の事である。それだけで二蔵の部下は今向かっている先に異界者がいると理解した。
旅路は順調であった。風と自分達の調子を見て一日は休息を入れたが、それを含めて六日で到着し出龍國水背郡の小さな宿場町に到着。
明日は龍背山脈を超えねばならない為にこの日は宿に泊まる事となった。出龍國の龍穴のある盆地は個々の山が高く、海岸は岩礁が多い為に龍穴の有る盆地は飛んで入る以外に手が無い。
二蔵は少しほんの少し豪華な夕食を皆と食べた。最後の晩餐にしては懐事情故に寂しい物だったが腹一杯になる程食べられたのは久々のことだ。
明日の予定とも言えないものを確認し終えると皆眠りについた。
◆◆◆◆◆
出龍國は三百年程前に龍穴の大暴走を起こした地だ。山中奥深く対処が遅れ当時の天叢雲皇が何とか対処した地で有る。その時の暴走は凄まじく、龍穴が開ききっており余りの力の奔流に神祇官の一人が一時的に狂い山々を平らげてしまった。
故に二、三山を越えればすぐに目的地が見えるだろうと二蔵は考えた。
宿を出た五人は高い山々を見上げて羽を広げ、それがばたけば地に風が叩き付けられ周囲に砂埃だけを残して消える。
高く高く上昇し滑空しながら進めば巨大な城が鎮座してた。山よりも頭一つは大きな本丸は豪華でありながら悠然とし、二の丸三の丸は攻め入ろうとすれば万の軍で足りるかどうか、城下は広く活気に満ち溢れているのがこの距離でもわかる。
足元には果樹園らしきものや立派な土手、広大な盆地に広がる水田。言葉も無く五人が固まっていると上から声がかかった。
「何用かな?」
発生源を辿れば五人の木葉天狗が飛んでいた。特に彼等の頭らしき者は雛の様な見てくれながら有り余る妖力を撒き散らし、弓を引き絞り火縄を構える四人の強力な木葉天狗を従えている大妖と言って憚るものでは無い程の木葉天狗。
予想はしていたが余りの力強さに冷や汗が止まらない。
「朝廷の者で遠翔二蔵と言う者にございます。龍穴に変異ありとの今上の予言を受け先行して調査に参った次第」
「ふむ、朝廷。失礼を承知で問わせて頂くがそれを証明する手立ては?」
そう言って烏天狗は部下二人を城へ飛ばし同じ目線まで降りてくる。力量差を理解した上で城に知らせを走らせたのだろう。
「・・・異界渡の方々に証明なれば此れを」
そう言って懐にしまっていた詔を見せる。それを見せた所で常識などが違うのであろう者達がどの程度理解できるかは解らなかったが此の詔以外に身分を証明出来るものは無い。
正直な所、朝廷の暗部として暗黙の了解を得ている遠翔衆の身を示す短刀は持っていたが異界渡の者が分かるとも思えず詔を出したのだ。
雛の様な木の葉天狗はそれを受け取り物の質を確認すると一つ頷き言う。
「取り敢えずは信用しよう二蔵殿。
私は三ツ時一門の穀潰地蔵様が一族、木境 紅葉助だ。無礼を詫びる」
言葉を切ると深く頭を下げた。
「いえ、私達は多少ですがそちらの状況を理解出来ていると思われます。故に警戒するのも正しいことと思いますのでお気になさらず」
「かたじけない。取り敢えずは城の客間に来て頂こう」
フヨフヨと飛ぶ紅葉助に続いて細道大通りを進む二蔵は自身に怒りを覚える。異界者が複数人いると言う情報から目の前の五人こそがその複数人であると考えた自分を何を油断してんだと引っ叩いてやりたかった。
小石一つない道、延々続く広大な水田、城下町をも囲う壁、優しげな顔の一端の町人が大妖の如き力を持つ。観光にでも来たかのように周囲を観察できたのは此処までだ。豪華絢爛でありながら金城鉄壁の名城の門の前に立つと、その城の随所に目の前の紅葉助と称した大妖怪をも凌ぐ十五の強大に過ぎる妖力を感じ取って全開の城門を前に配下と共に気絶した。
「さぁ、二蔵殿。入られれよ。
少ないながら飯の準備をさせよう。
その後で・・・・・二蔵殿?」
振り返った紅葉助と郎等の二人は突如消えた五人を探し辺りを見回す。町人が指差す前こと足元を見ると泡を吹いて倒れた客人。
何故?と呟き固まってしまった。