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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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十四話 地図

 汰皿は一族郎等と天狗を引き連れ山中の川を進んでいた。陽光と深緑の木々によって翡翠の様に美しく反射する。仕事ではあるのだが心地の良く散歩でもしている気分だった。


 日替わりで魚を取り市場に持ち運ぶ仕事を任されていたが、新たに川流家の者達の仕事は穀潰地蔵の家の者と共同で山中の川付近の調査である緊急時における伝令・物見・見聞役として穀潰地蔵家の木葉天狗五人を引き連れ山間の川を昇り川の合流地点などで事細かに周囲を調べているのだ。


 汰皿は川幅狭く深い川の水面から顔を出し、頭上で周辺警戒を行なっていた木葉天狗に手を振って合図を出す。するとスイーと木葉天狗が五人揃って降りて来る。木葉天狗の代表者は穀潰地蔵の家の郎党で木境きさかい 紅葉助もみじすけと言う。

 後ろに侍る四人の木葉天狗は人の骨格のに近い黒く巨大な猛禽類の様であるが、紅葉助は一尺程しか無く三頭身で羽根だけ大きく手足も短くいせいで幼子のようにしか見えない。どちらかと言えば擬人化された黒いヒヨコである。


「川流様。如何でしたか?」

「川底は深かったけんどイワナがいたっちゃね。やけんコッチは直ぐに源流につくかも知れん」

「ふむふむ水深深く、岩魚、有りと。源流が近いのなら、一足先に見て参りましょう」

「ありがとう」

「いえいえ、物見も我等の役目故」

「じゃあ、私はこの辺り見回っとくけんね」


 そう言って二人は空中と水中に別れた。


 ◆◆◆◆◆


「鍛冶場は順調。衣服職人は綿の無い間は蜘蛛系妖怪に任せれば良いとして塩作りは軌道に乗るまでもう少しかかるから・・・取り敢えず城の蔵を開けて凌ぐべきだな」


 九十九丸は執務室で報告書を読んでいた。重厚で技工を凝らした造りが節々に見て取れるものの居心地のいい書院造の一室。背の後ろには三ツ時一門の十二棟梁の写真の様な絵が書かれた掛け軸が吊るされており、その下には小さく愛らしい盆栽が置かれている。


 反対に九十九丸の目の前には十に満たない報告の巻物がある訳だが流れるように開いては確認していた。必要があればサラサラと筆を動かし乾く合間に次の巻物を開く。

  そこへドタドタと足音が響いた。九十九丸がどうしたのかと部屋の入り口を見ていると自室の前でそれは止まりスーと障子が開けられる。禍獣衛門が満面の笑みで入って来て目の前にドカリと座った。


「九十やん、仕事中悪いねんけど邪魔するで!」

「どうした?随分と機嫌が良いな」

「見てやこれ!」


 そう言って右手に持っていた二本の棒に巻かれていた大布を畳の上に広げる。

 其れは地図だ。現代的な事細かに測量された正確無比の物とは程遠いが、しかし大凡の地形が一目でわかるようになっている。

 九十九丸は机から離れ見下ろし、己が錆びた刀角を撫でながら少し魅入った。


「もう出来たんだな。五日ちょっとのクオリティか?コレ」

「せやろ?もう少ししたら数字で碁盤みたいに区切って詳細が見れるようにするって淵刹斎さんが言うてたわ」

「すげぇ凝るな。さすが淵刹斎さんの肝いり」

「出来よくて困る事無いやろ」

「あぁ、助かりこそすれ困りゃしねー。さて、どう活用するか」

「せやな。あと大太郎太にも見せたろや。もう少ししたら鉱山から帰ってくるやろ」

「呼んだ?」


 ひょこっと顔を覗かせたのは大太郎太である。坑道に潜ってついた土埃を落としたのか緑色の髪は軽く湿っており服も狩衣では無く緩い浴衣姿だ。


 三人揃ったのは丁度いいと九十九丸が報告書を見せる。先ほどの城下の報告書だ。


「俺の許可は出しといた。二人も大丈夫そうなら判子押しといてくれ」

「えーい」

「あーい」

「んじゃ、俺んとこの外交関係のも頼むわ」

「じゃー僕の農業系のも宜しく。

で?僕に言っときたかったのはその地図?」

「せや!クオリティ、ヤバない?」

「ヤバイね。これなら何処で何が取れるか直ぐに判るよ。

綺麗な川なら岩魚とかもいるかな?」

「ほんとブレねーな」


 大太郎太の食い意地に苦笑いを浮かべる。それと同時に廊下から声がかけられた。


「失礼いたします」

「失礼いたします」

「ますー」


 入ってきたのは九十九丸の娘である文であり、続くのは翠と宵だ。手に持つのは果物を乗せた皿を乗せた盆である。それを契機に当主三人は娘と共に一服するのであった。


「味瓜ですよ」

「お!わりいな」

「ありがとー」

「ありがとうな」


 そう言ってそれぞれが一口大に切られた味瓜を楊枝で刺して口に放り込む。


「あー甘味薄いけど味瓜甘えー」

「匂いだけはマスクメロンと張れるんやけどな」

「そう言えば胡瓜に蜂蜜垂らして食べるとメロンっぽいってったよーな?」

「父上、それはうめぇんでしょうか?」

「蜂蜜はそのまま舐めたほうが良いんちゃう?」

「むっ、なら翠も宵ちゃんも今度試してみようよ」

「ちょっと待て。いつ蜂蜜なんか作ったんだ?」

「九十やん。そう言えば鶏小屋の更に奥に木箱あったで」

「まだ全然分かんないけど実験中だよ。城下にいた蜂王って妖怪が今頑張ってる。さっきの報告書に書いといたよ」

「蜂蜜ですか。美味しそうですね」


 この後、視察名義で養蜂場に向かったのは言うまでもない。


 ◆◆◆◆◆


 高天原。数千年の歳月を平和と戦を繰り返して来た地。


 しかし今や朝廷、幕府の力は落ち、東西南北の至る所で血を血で洗う戦国乱世であった。十数年前には栄えていた央都は戦によって今や誰も見向きもされない寂れた地。


 故に央都は小春日和と言う朗らかなるはずの光に包まれて尚、人々の顔に笑みは無い。砂埃だけが精力的に舞っていた。


 そんな都から外れた丘から五人の鼻高天狗が飛び立つ。

 彼等の顔には強い憂の顔があった。

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