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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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十話 和議

 禍獣衛門の目の前では何と言うべきか頭を悩ませる光景が広がっていた。と言うのも狐の群れと狸の群れが地に頭を擦り付けてぷるぷるしているのだ。


 土下座しなくてもとは思うのだが、どうやら彼らが怯えているのは自分の責任であるらしく、今でさえ此の状況なら声なんてかけようものならどうなる事か。

 しかし此方にも余裕は無い。自分達に手を振って言いた人妖問わず老若男女の顔を思い出せば、相手を脅しているような状況であっても交渉を成立させ情報を得ねばならない。軽く溜息をつくと傍に侍る娘の頭を撫でた。


 一方、宵はと言うと頭を撫でる暖かな手に甘えたい気持ちを理性を総動員して抑え、目の前で固まる狐と狸を注意深く見ていた。どう見ても貧弱な存在であり町人といい勝負、大将らしき存在でさえ兵として戦ったことのある町人には手も足も出ないだろうが、然し妖にとって自分の強さを隠蔽することなど造作も無い事。万が一、億が一とて怪しい動きをすれば殺す気であった。それは優しすぎる父や九十九丸に大太郎太と言う棟梁の気性を理解したからこそであり、何があろうと彼等と話し触れ合え笑顔を向けて貰えるこの状況を変えたく無いと言う子弟全員の暗黙の了解と覚悟だ。


 まぁ勿論、狐と狸はその様な事は欠けらとて考えていない。そもそも化け狐と化け狸は野山を更地に出来るであろう一族にさえも恐怖を覚え必死に目を合わせない様に頭を下げている。


 ちなみに彼らの感じ取った強さというものはゲームで言うところの力量レベルだ。其々、子弟という存在は棟梁プレイヤーと同じ力量まで上げられ一族は自身の力量の九割五分、郎党は九割まで育てられる。故に強さは子弟である宵や黒羽や大海坊と同じ。だが其れ等を率いて当然であり其れ等が率いられて当然だと考えているのを節々から感じられれ、ば禍獣衛門に恐怖するのは当たり前だった。


 何を要求されるのか大将二人が戦々恐々としていると幾分か妖力を弱めた灰色の一角巨狼が西都近辺らしき訛りで話し出した。吹き荒れるような力の奔流に比して朗らかに。


「まぁ、頭上げてえな。

俺は三ツ時一門副党首が一人、雀色時禍獣衛門て言うんや。よろしくなお二人さん」


 ソロソロと目線を合わせぬ様に少しだけ頭を上げた狐と狸は名乗り返す。


「み、水背郡の南田 吉貞に御座いまする」

「う、魚和郡の海林 宗龍に御座います」

「事情があって此処に来たんやけど、こっちの事はよう分からんで難儀してんねん。せやから色々と話したいんや」

「虚言戯言と黙秘は此の黒羽が処す」

「まぁま。こっちが聞いとんやし、そう言わんで」

「ははっ!」

「安心してや嘘とかつかんかったらそんな怖い子ちゃうし、俺も戦する気も無いで」


 首を振って必死に同意を表す狐と狸。こう言われては秘匿情報など糞食らえである。元より命あっての物種と話すつもりでいたが戦など起これば即ち皆殺し。絶対に嘘は言わないと誓うがしかし求められたのは何故そのようなこと聞くのか分からない話ばかりであった。


「フンフン。今は春先やね?」

「あぁ、あっ・・・ハイ」

「喧嘩しとったみたいやけど今って乱世っちゅうやつ?」

「はい。両都共に形のみはあるそうで御座います」

「両都・・・難儀なもんやな。んー、この辺の米の産地や商業地なんかの米を仰山買えるのは何処らへん?」

「それなら儂の納める水背郡が出龍國で最も米を産出しまする。近隣ではあの龍背山脈に添って進み大嶽山おおたけやまに囲まれた山淵國やまふちのくに山中田郡やまなかたぐん辺りかと」

「商なら俺のとこだ・・・です。

 良港が有って人魚とも取引してるからな・・・です」

「成る程。近いんは助かるわ。これ見てや。狒々衛門すまんけど出したって」


 そう言って巨狼は猿楽の面を被った男に顔を向けた。ウキャと頷くと懐から刺繍細やかな袋を二人の大将の前其々に放り投る。放物線を描きジャラジャラと草原の上に落ちたそれは結び紐が解かれ中から小判が飛び出した。


「俺らの持っとる金なんやけど此処でも使えるか知りたいねん。どやろか?」

「確認しても?」

「寧ろお願いするわ」


 小判を手にとってみれば中々の物で有る。縦二寸(約6cm)、横一寸(約3cm)程で厚みがあり、重さはおそらく五匁(約19g)程。小さな楕円形で表には時の一文字が浮き出ていて裏には稲穂の模様が浮かんでいた。


 揃ってゴクリと唾を飲み込んむ。何故か?余りに精巧に過ぎたのだ。恐らくは鋳造で作られたのだろうが、表面は真っ直ぐで文字も絵もくっきりとしている。更に全ての小判が文字通り寸分違わず全く同じ形、同じ重さをしていた。


「噛んでも宜しいか?」

「うん?あぁ、ええで」


 二人は揃って小判を噛む。一応、時の文字を噛まないように。顎に少しの反発がして咥えた小判を見てみればくっきりと歯型が付いている。メッキなどでは無く純金だ。


「・・・純度も高いなこりゃぁ」

「其れでどれくらいの種籾買える?」

「種籾?米では無く?」

「あー。丁度ええから米の値段も教えてくれへん?」

「米でしたら今年は此処近隣は豊作故、やりようによっては十俵前後は買えましょう。此の小判にはそれだけの価値がある。種籾でしたら脱穀もしておらんのでその倍は交換できまする」

「成る程な。そちらさんは?」

「同じく其れくらいだと思うます」

「狒々衛門、どうや?」

「ウキャ、相違無しです」

「うん。なら、その噛んだ小判はお近付きの印にあげるわ。近日中に話しやすそうな使者を送るから、そん時に交渉しよや。喧嘩したらアカンで」


 そう言うと巨狼は立ち上がる。事も無げにフッと角を振ると暴風が吹き上がり龍背山脈へ飛んで行った。その背が消えると同時に大きく息を吐いた宗龍は疲労困憊といった様相で吉貞に問う。


「岩礁の先の龍の寝床以外にあの辺で住めるような場所なんてあったか?」

「わからん。じゃが山程度更地にするじゃろ」

「龍が居るかもしれねぇってのは?」

「予想も出来ん」

「そうだな。・・・・喧嘩()したら殺されんのかな」

「わからん」


 大小含め争い続けてきた狐と狸が和議を結んだ瞬間んであった。

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