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黄昏時に  作者: 凡凡帆凡
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一話 怪事

暇潰しにでも読んでってくれたら幸いです。

 興奮冷めやらぬ様相の男が、早めの夕食に使った平皿に残るカルボナーラソースを蛇口から噴出する温水で流し、スパゲッティを茹でた鍋に突っ込んで水に漬ける。


  クルリと反転すると六畳ほどの殺風景な部屋。その三割を占領する白い卵型のカプセルの前に立ち、中央に埋め込まれたグレーのボタンを押した。するとプシューと言う空気の抜ける音と共に四角く切り取られた様に殻が浮き出した。ゆっくりと左右に別れて開らいた卵の中に真っ黒なソファが現れる。


  いそいそと逸る気持ち其の儘、千鳥足でソファへ倒れこむ様に座る。流石に値の張る買い物だけありソファの違いだけでも感動モノだ。そんなことを考えていると扉が閉まり上から降りてきたヘッドギアが装着された。


『初めまして。今日は何処に行かれますか?』


  機械的とは言えない機械のボイスに新型VRカプセルのアップデートとデータの引き継ぎが終わったのを実感し九年ドハマり中のゲームタイトルを言う。


「妖戦記on-line」


『承りました。其れでは良い旅を』


  そのお決まりのセリフと共に足元から灰色の少し粘着質な水がせり上がってくる。


「いやーたまんねぇな!!」


  歓喜の言葉を最後に男は灰色の水に消えた。


 ◆◆◆◆◆


  大きく開かれた障子から雄大な庭園が覗く池の上に造られた広大な会所で、額から角の代わりに長さの違う錆びた二刀を天貫かんばかりに生やし、銀髪を伸びるがままにした赤鬼が半透明の巻物に指を添えている。


「皆さん。どれくらいでログイン出来る?」


  鬼が言うと巻物に言葉その儘の文字が映し出され返信が返って来る。


逢魔時おうまがどき 九十九丸つくもまる:皆さん。どれくらいでログイン出来る?

兎油煮うゆに 塩湖えんこ:電車今から乗るんで一時間くらいで行けるー

御壁みかべ 塗介ぬりすけ:俺ら三人無理です

虎褌とらふん:その理由はっっ!!

死神しにがみ:バイトorz

川流かわながれ 胡瓜童子こうりどうし:六時には行けます

ポンちゃん太(ぽんちゃんた):俺は七時から行ける

でん 喜代助きよすけ:仕事だチクショー

穀潰地蔵ごくつぶしじぞう:急患入った・・・今日無理ぽ

お揚げさん(おあげさん):六時から行くわ

誰彼時だれかれどき 大太郎太だいたろうた:すぐ行けるよ

雀色時すずめいろどき 禍獣衛門かもえもん:俺も直ぐに行くで

御壁みかべ 塗介ぬりすけ:うわー最強の三人珍しく揃った

虎褌とらふん:敵に同情挙がりましたー

死神しにがみ:唐揚げも揚がりましたー


  一門メンバー若い三人衆の音声ログに顔文字を使う無駄に凝ったやり取りを笑いながら激励を送る。


「バイト頑張れ三人衆」


逢魔時おうまがどき 九十九丸つくもまる:バイト頑張れ三人衆

御壁みかべ 塗介ぬりすけ:_:(´ཀ`」 ∠):グッハ

虎褌とらふん:。゜(゜´Д`゜)゜。アーンマリダァー

死神しにがみ:ヽ(;▽;)バイバイゲーム、ハローワーク


「ohなんかゴメン」


逢魔時おうまがどき 九十九丸つくもまる:ohなんかゴメン

御壁みかべ 塗介ぬりすけ:(`・∀・´)

虎褌とらふん:(`・∀・´)

死神しにがみ:(`・∀・´)


「喜代助さんと地蔵さん体に気をつけて下さい。

塩湖さんと童子さん、ポンさんとお揚げさん、お待ちしてます」


逢魔時おうまがどき 九十九丸つくもまる:喜代助さんと地蔵さんも体に気をつけて下さい。

塩湖さんと童子さん、ポンさんとお揚げさんお待ちしてます

でん 喜代助きよすけ:あ"ーい。行ってきまーぬ

穀潰地蔵ごくつぶしじぞう:ノシ

兎油煮うゆに 塩湖えんこ:ウエーい

川流かわながれ 胡瓜童子こうりどうし:後でお会いしましょう

ポンちゃん太(ぽんちゃんた):出来るだけ早くそっち行く

お揚げさん(おあげさん):私も急ぐわ。ゲームでね〜


 ログの流れが止まると巻物がスーッと消えた。このゲームを一緒に始めた二人が直ぐに来ると言うのなら、そう待つこともないと判断してゴロゴロする。此の広すぎな会所は一人だけしか居ないと壁から壁へ移動するだけで三半規管が狂いそうになる。そんな事を考えながら三往復するとボボンという軽快な音が鳴り、白い煙幕が立罩めた。それが晴れると顳顬から斜め後ろにに向かって木の枝が生え緑色の髪をしめ縄の様に後頭部で編んだダイダラボッチの半妖である大太郎太と額から一角を頭の両端から狼耳を生やした白髪を短く切りそろえた禍の禍獣衛門が立って居た。


「待たせたね。九十九丸」

「スマホにログチャット来てからダッシュで来たで。んで何してんねん」

「ゴロゴロしてた」

「まんまだね」

「まんまやな」


 因みに最初に声をかけたのが大太郎太、関西弁が禍獣衛門である。


「一時間くらいで四人来るから備乃國鬼ヶ島城合戦やらない?」

「あー九十九丸のサポートキャラがもう少しでレベル上限だったけ?」

「俺も合戦一回やれば、なんぼかMAXいくわ。賛成やで」

「じゃー僕も賛成。できれば温羅側で戦いたいな。今は和魂より荒魂が欲しーんだよね」

「せやったら籠城戦か。勝ったな余裕や」

「そーだね。九十九丸が居れば簡単に、それこそ一時間もあれば勝てる」

「おっしゃ。いくぞー」


 九十九丸の気の抜けた声と共にボボボンと三人は煙に包まれ消えた。


 ◆◆◆◆◆


 蒼天の下、桃の家紋を掲げた大軍が包囲する鬼一文字を掲げた山城の鬼ノ城。

人妖入り乱れて戦うその中に黄金の時一字が刺繍された黒羽織を纏う精強な一団がいた。何を隠そう其れこそが九十九丸の率いる三ツ時一門である。


 戦が始まり三十分ほど経った頃、城の正門付近で戦いは佳境を迎えていた。城門櫓で大鎧を纏った九十九丸が大太刀を振るって桃太郎と鍔迫り合い、衣冠束帯を纏った大太郎太が周囲にbuffと回復を振り撒き、忍装束を纏っていた禍獣衛門が3、4メートルも在ろう白い大狼に戻って犬猿雉を相手に奮戦する。


「後、40秒。大太郎太、門の前で桃太郎抑えといてくれ。顕現しちゃっていいから」

「わかった。あー故郷に銅像のある桃太郎が元のキャラを攻撃するのは忍びないな」

「ええから早よしてーな。こっちも大きゅうなった分、集中攻撃受けてキツイんやで」

「ゴメン、ゴメン。いくよー」


 言葉と共に門前に立ち大太郎太に変化が起きる。

植物の成長の早送りを見ているように肥大化し皮膚は樹皮と岩と泥に、緑の髪は蔦と葉に顔を木と苔が覆い、まるで苔け蒸した木人形。顳顬から生えていた木の枝は既に大木の枝であり龍の角の如く。胸部から背にかけては岩が覆い、其れを支点に背骨の部分から恐竜の様に岩が突き出す。腹から下は粘土と根となり固定され、手は何処か細長く蔦と枝が絡まる粘土とかして、気が付けば天にも届かんばかりの巨人と化した。


  動けぬ巨人、大太郎太を中心に戦場の凡そ半分近くの味方が断続的に回復され微弱な全能力buffが付与され始める。


「大太郎太!!桃太郎集中。

雑魚は二十秒後コッチで処理するから!!禍獣衛門は回復の後、大太郎太のサポート!!」

「りょーかい!」

「わかったで!」


 大太郎太は九十九丸に誘導された桃太郎目掛けて岩の手を握り振り下ろす。

砂塵が舞う中で大地を砕く一撃を桃太郎は弾き防いだ。しかし足に木の根と蔦が絡みつく。ダイダラボッチの足止め技である。


「ほんとダイダラボッチは半妖しか選べないけど破格の強さだよ」


  大太郎太はそう言うと大の字に張り付けられた桃太郎に容赦無く岩の拳を振り下ろす。

ゴウンゴウンと振り下ろされる一撃一撃は破城槌より強力で全体体力の3%から5%程をゴリゴリ削っていく。


「クーリングタイム終わった!

大太郎のbuff後すぐに箭砲出すぞ、火力上げろ!!」

「了解。変化終了まで10秒」

「NPCも猛攻指定しとくでツクやん。

お!北門から狼煙上がった。温羅登場までカウント5!」

「ヨッシャほぼ勝確!」


「8」

「4」


「7」

「3」


「6」

「2」


「5」

「1温羅と援軍くるで!!」


 禍獣衛門がカウントを終えると顎が三つに割れ牛の様な片角の生えた灰色肌の鬼が現れる。体躯は巌の如く厳しく3メートルに達しそうな巨体。黒髮を歌舞伎の巴の如く振り回した後に咆哮を上げた。


『ガァァァァァァアアアアアアア!!!』


 城門が開けられ援軍と共に金棒を掲げ桃太郎に向かって突貫。

同時に大技の最終ステップに入った大太郎太は全体強化buffを5名指定すると縮みながら元の半妖状態に戻り十数秒間の不動状態になる。しかし桃太郎は拘束が剥がれるとすぐさま温羅に向かっていった。温羅が現れると桃太郎と猿犬雉は迎撃に集中するのだ。


 このクエストは鬼側で戦う際、温羅を討ち取られると強制敗北である。

猿犬雉こと猩々、送り犬、ふらり火の半妖は禍獣衛門とサポートキャラが防いでいて大太郎太は長い硬直で動けずサポートキャラも雑魚を相手に大太郎太を守っている。

 しかし予定通りだ。 九十九丸はbuffを受けると桃太郎付近の最前線にサポートキャラの能力を使って移動し、地面に降りて大技を出した。

 肌を伝って黒いコールタールの様な液状の物が身も衣服も包み、影の様な真っ黒な身体に鋭い目だけが煌めく。同時に周囲一帯扇状に黒液が広がる。大太刀が切っ先から地面の黒に呑まれ、代わって九十九丸を起点に大筒や火縄に弓矢が浮か空に向かって這い上がり、筒物ならば引き金の手前まで、弓矢なら持ち手が顔を出して止まる。何れもが錆びていたり目に見えて傷んでいるがその数は増え続け、遂にそれは数えるのも億劫な程増える。

 九十九丸の目の前は針山の如く。掌を掲げると其れ等矢筒はヤマアラシの針の様に敵に向かって傾いた。

振り下ろされる掌。発砲音と風切り音が爆発し九十九丸の目の前にいた敵が消し飛んでいく。たっぷりと数十秒間弾幕が張られ雑魚が一掃されると次第に弓や矢が折れ大筒が暴発し火縄が砕けて弾幕が薄くなっていく。最後の一丁が花咲く様に裂けて砕け散ると、大太刀が生えて来て手に戻り黒液が霧散した。


 花火の様な幕切れと共に九十九丸は桃太郎目掛けて突っ込む。体力が一定数低下する度パワーアップする英雄に温羅やサポートキャラと共に相対した。


  青色の陣羽織に桃の刺繍された白羽織と鉢巻。美男子と言うよりは快男児で、2m程もある巨躯の桃太郎はゲームキャラ故に少ない表情パターンの真剣な顔で太刀と扇子を振るい斬撃とbuffを振りまく。

 そして体力の七割を切ったと同時に腰から団子を一つ取り出し頬張った。桃太郎の体力が回復し身体が薄く輝き出すと温羅が投げ飛ばした大岩を一刀両断。


 その様子に落ち着いて九十九丸は指示を出す。


「桃太郎パワーアップ!!大太郎太は禍獣衛門の援護!体力の低い雉を狙って撤退させろ」

「おっしゃ!國創顕現buff残ってるし大技ブチかますで」

「あー。こりゃトドメだね」

「ハッハー!ラスキル頂きや!!」


  禍獣衛門が咆哮をあげ輝く角を振ると空を曇天が覆い暴風が吹き荒れる。その風は叩きつける様に吹き敵の動きを阻害し飛んでいる者を叩き落とす。

 そして一角の巨大白狼である禍獣衛門も切り裂く様な竜巻を周囲に纏い近くの敵に継続ダメージを与えながら雉の元へ駆ける。ただでさえ速く目にも留まらぬ機動力が尚も上昇し分身した様に幻影を見せながら地に落ちた雉を囲む様に攻撃を繰り返し猛攻の最後に雉を噛み砕いた。


  遠くから退き法螺が響く。桃太郎かお供の何れかを撤退又は討伐させるのが勝利条件だったからだ。鬼の城に勝鬨が上がり勝敗は決した。


 ◆◆◆◆◆


  クエストを終えて三人は本天守の最上階へ集まった。

本拠地の最終段階に当たる城。更にその最上ランク迄強化された拠点故に居住性もそこそこあり何より板戸を開ければ一面見渡す限りの青空が広がる。そんな部屋で車座になっていた。


「いやぁーええ感じに報酬もろたで!やっぱ大合戦を除けば経験値ええよな」

「そうだな。しかも六時まで十分以上あるし、此れだけ上手くいくんだったら桃太郎討伐狙ってみても良かったかもな」

「うーん。まぁとりあえず後十分をどうする?」

ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!

「煩っさ!?」


 突如つんざく様な警報音が鳴り響いた。

三人とも一様に顔をしかめる程の音量の其れはどうにも三人の心を不安にさせる。


「なんやコノ喧しいのは?」

「此れはプレイヤーの身に危険が迫ると鳴る警報。応答がないとVRCから強制的に排出されて病院に連絡が行くんだよ」

「マジかよ。保護液あるんだから下手なシェルターより安全だろうに」

「いや、病気とかも感知するし。まぁ何で鳴ってるのかはアナウンスされた後で質問さると思うよ」

「あー新品にしたばかりで知らなかった」

ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!


  大太郎太の説明に一応納得し胸をなでおろす。


「それにしても煩いな」

『警告、警告。御三方の身体に異常を感知しままままっっま・・・しぃったーーーーーーーァーーーあ。いーーイーーーーーーーーーーーーーーーーーー直ぐぅぅぅうううきょぉおおせっえっえーしゅぅうぅゥ"ゥ"』

ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!


 アナウンス、アラームに続いてグラフィックまで狂い出した。車座の中心から黒い渦を巻き始め世界が歪む。


「ちょっ大太郎太!?何コレ超怖いんだけど!」

「ハッ!?あ、いや僕もコレは知らない。

てーか本当になんじゃコレ!!」

「お、落ち着きぃや大太郎太。

訛っとるで。強制ログアウトすればええやろ。」

ビーッ!!ビービッーッ!!


  そう言って禍獣衛門は気味の悪い状況に急かされ半透明の巻物を出して指指す。二人も光明を得たと言わんばかりに続いた。ともすれば落ち着いて対処できる。既に床は黒い大渦の様に畝り恐怖を煽ってくるが、此の原因不明の現象も直ぐ治ってくれと願いながら操作する。心情を言えば半透明の巻物の操作を間違えて一人取り残されるのが嫌だし、狼狽える暇があれば此の気味の悪い状態から抜け出したいのだ。


「じゃぁ又後でな。運営と業者に報告忘れんなよ」

「うん。後でね」

「ほなな。あー怖かった」

ビビーッ!!ビィィイー!!ビィィイイィィィーーーーィィ・・・ゥゥン


 三人共、後は強制退出の文字を押すだけである。黒い円の上で別れの言葉を最後に視界は暗転した。

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