7話 沖花 春 3
「ん…………」
目を開けると視界に天井が広がった。
どうやら昨日はあのままソファーで寝てしまったらしい。
「……あ……あああ…………」
無気力に声を発してみる。
晩飯を食べていないせいか無性に腹が減った。
学生たるもの飯はしっかり食べなくては。
俺の成長期はまだまだこれからだ。
「……う……よっ……と」
俺は反動をつけてソファーから起き上がり、冷蔵庫の扉を開けた。
みりんと、ソースと、味噌、あとポン酢が入っていた。
わぁお、調味料オンリー。
……そう言えば昨日の弁当で冷蔵庫の中の物全部使い切ったっけか……。
「……仕方ない、買い出し行くか」
そう呟いてカーテンを開くと窓ガラスが結露していた。
右手で軽く水滴を拭って空を見上げる。
どんよりとした雲に覆われた空からは、しとしとと静かに雨が降っていた。
「……ぅぁ……」
俺は思わず顔を顰めた。
こういう日は、よく「出る」んだよなあ。
なるべくなら外に行きたくないが、背に腹は変えられない。
俺は適当に身支度を整えて傘を片手に家を出た。
※
コンビニへの道のりを歩いていると、前方にビニール傘をさした雪が立っているのが見えた。
まあ家は近いし、休日に偶然会うことがあっても不自然では無い。
俺は何の気無しに声をかけた。
「おい雪ー」
だが、雪は無反応だ。
「おーい、そーそぎー!」
更に声を張り上げて呼びかけると、雪はやっと気づいた様子でこちらを見た。
「……あ…………宗哉…………」
「何やってんだ?こんなとこで」
俺が尋ねると雪は道の向こうを指差した。
道路の真ん中に緑のレインコートを着た子供が立っている。
住宅街で車の通りが比較的少ないとはいえ、いつ車が来るか分からない様な所で、その子は一人ただ俯いていた。
「あそこで…………あのこ……もう10分も、ああしてるんだ……」
「え?お前、10分間ずっとここで見てたのか?」
「……? うん……」
……せめてさあ、もっとこう、声かけるとか無いの?
俺は一瞬そうツッコもうかと思ったが止めておいた。言うだけ時間の無駄だ。
まあその話は置いておくとして、10分もああしてるって流石にちょっとおかしいな……。
「雪、俺ちょっと話しかけてくる」
「…………あ……僕も行く……」
俺達は子供を警戒させないよう、正面からゆっくりと近づいていった。
だがどんなに距離が詰まろうと、その子は下を向いたまま微動だにしなかった。
とうとう俺達との距離は50cm程になった。それでもまだ反応は無い。
顔ははっきりとは見えないが、髪形からこの子は女の子だという事が分かった。
「…………おい」
話しかけてみると、その子は顔を上げてこちらを見た。
「………………!!」
俺はその顔を見て思わず絶句した。
見覚えのある顔だったからだ。
しかも、つい最近見た顔だ。
「……も……桃菜……!?」
「え……?」
雪が驚いた表情で俺を見て来たが、俺は咄嗟に何も言えなかった。
そして気づいた。
違う。
この子は桃菜ではない。
桃菜の身長は大体140cmくらいだった。
だがこの子は145cm程身長がある。
顔も桃菜より僅かに大人びている。
そして何より、目が、違う。
この子は年相応のあどけないキラキラした目ではなく、感情が全く籠っていない無機物のような目をしていた。
俺が何も言えずに立ち尽くしていると、
「あれ? 小森さんに白樺さん? 何してるんですか?」
背後から声をかけられた。
振り向くとそこには笑顔の沖花が居た。
「あ……お、沖花……」
「………………」
「? 二人ともどうしたんですか?」
俺と雪の様子に沖花は首を傾げた。
そして俺達の前に立つ子供に目線を移す。
子供の顔を見た途端、沖花は目を見開いた。
「杏菜! ここにいたんだ!」
「!? こいつ、もしかして……?」
俺が驚いて尋ねると、沖花は頷いて答えた。
「この子は沖花杏菜。僕の妹で、桃菜の――双子の妹でもあります」




