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Ghost helpers!  作者: 北風
第二章
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36話 朝田 稔 2

学校に着くと、まだ朝礼まで30分以上の猶予があった。

教室内を見渡してみても、既に登校している生徒は少ないようだ。

俺は一、二時限目の授業の用意を一通り終えて自らの席に腰掛けると、思考を巡らせた。

朝田稔の正体はもちろん、昨日の柊の言動も気にかかるし、雪の様子がなんとなくおかしいのも引っかかる。

しかし何度考え直しても、いくつもの可能性が浮かんでは消えるばかりで、一向に答えが出る気配はない。

とにかく情報が少なすぎるのだ。

特に朝田稔に関しては、今のところ真偽が不確かな情報しか手元にない。

恐らく、名簿のときのように遠回しに探りを入れても大した結果は望めないだろう。

そう考えると、やはり辿り着く活路はただ一つ。

行かざるを得ない。

部室棟に、再び。


「……はぁ……」


自然と零れる溜め息。俺は嫌々ながら席を立った。

まだ時間の余裕は十分にある。

とりあえず雪を連れて行こう。部室棟前で見張りでもしてもらえば、最悪の事態――林堂先生との接触――は避けられる可能性が高いだろう。

朝田稔とのことをうっかり話してしまったのも、むしろ良かったのかもしれない。

そんなことを考えながら、俺は雪の席に向かって声をかけた。


「雪、悪いけど少し部室棟まで――ん?」


しかし、そこに雪の姿が無いことに気付いて口を噤む。

荷物は片されて、授業の準備も早々に整えられている。彼らしからぬ支度の早さだ。

しかし、肝心の本人はどこにも見当たらない。


「え……あれ?」


慌てて教室内に視線を巡らせたが、やはり姿は見えない。

室内では数人のグループが机を囲んで雑談している程度で、その他には誰の姿も無かった。


          ※


結局、俺は一人で部室棟に赴いた。

いくら時間に余裕があるとは言っても、そんなにのんびりしてはいられない。

見張りが無いことに少々心許なさを感じるが、早々に用事を終えて帰れば大丈夫だろう。


部室棟には今日も人の気配は無く、校舎裏にひっそりと佇んでいた。

先日破壊された扉は既に撤去されたらしい。

例の一室は外との隔たりを完全に失っていた。

階下からでもその室内を窺い見ることができる。

それでなくとも、元々簡素な造りの部屋だ。死角も無く、無人であることが一目で分かった。

あの状態の部屋に朝田稔が現れるとはあまり思えないが、別の部屋に行ってまた閉じ込められては堪ったものではない。


俺は階段の手摺りに張られているテープを跨いで乗り越え、階段を昇って件の部室前に立った。

ちらりと背後を一瞥して誰もいないことを確認すると、室内に一歩踏み込む。

途端、


『久しぶり、おにーさん』

「うわっ!?」


後ろから肩を叩かれて、俺は声をあげながら振り向いた。


『えへへー、びっくりしすぎだよぉ』

「あ、朝田稔……!?」


部室前の廊下には、朝田稔の姿があった。

以前と同様、無気力な笑みを浮かべている彼女は、俺に向かってひらひらと手のひらを振っている。


「な、お前……いつの間に……?」


ほんの一、二秒前に背後を確認したときは、廊下どころか階下まで含めて人影は一切無かった。

俺が室内に視線を向けている一瞬のうちに、朝田稔はそこに現れたのだ。

やはり、足音や気配の類は感じられなかった。


『いや、お化け相手にそんなこと聞く? わたしは神出鬼没なんだよぉ』


朝田稔はけらけらと笑いながら言うと、俺の横を抜けるようにして部室内に入っていった。

そして手近なパイプ椅子に腰掛けると、俺を見上げた。


『おにーさんに呼ばれてる気がしたから、だから来ただけ。それとも、わたしの勘違いだった?』


愉しそうに瞳を細めながら、首を傾げる朝田稔。

よく分からない理論だが、あまり長話をしている暇もないので、俺は釈然としないながらも頷いた。


「い、いや……合ってるよ、お前に聞きたいことがあったんだ」

『へぇ、わたしに?』


そう言って、朝田稔は先程とは逆方向に首を傾けた。


『なぁに? わたしに分かることなら、なんでも教えたげるよ?』


濁った瞳が俺を見上げる。

相変わらず掴み所のない雰囲気を纏ってはいるが、俺に対する敵意や警戒心のようなものは感じられない。今の言葉も本心のようだ。

すっかり身構えていたので、なんだか拍子抜けしてしまう。

こうも協力的な相手に対して疑いの目を向けるのも少々憚られるが、渋っている暇は無い。


「……なぁ、朝田稔」

『ん?』


にこりと笑う彼女に、俺は単刀直入に言い放った。


「何か、俺に隠していること――まだ話していないことはないか?」

『…………』


俺の問いに対し、朝田稔はふっと笑顔を消して黙り込んだ。

何か考え得ているようで、俺から視線を外してじっとどこか一点を見つめている。


必然的に場は深い沈黙に包まれる。

思えば少し猜疑心を露にしすぎたかもしれない。これで下手に警戒を誘えば逆効果になりかねない。

静寂に不安を煽られて若干の後悔に駆られる。


そんな俺の傍らで、暫く考え込んでいた朝田稔は平然とした様子で口を開いた。


『ないよ? そんなの』

「……ん?」


あまりにもあっさりとした答えに、思わず聞き返してしまう。

すると、朝田稔は少し呆れたように笑った。


『だからぁ、隠してることなんてないってば。どうしたのー? 急に』


動揺しているような気配は感じられない。

無論、それすらも演技である可能性も捨てきれないのだが、それにしても手応えが無さ過ぎた。

しかし、実際に朝田稔がこの学校に在籍していた記録は存在していないのだ。

彼女の話したことが全て真実であるはずがない。


どうも腑に落ちず思考を巡らせていると、朝田稔が不思議そうに顔を覗き込んできた。


『ねぇ、どーしたのー? 聞きたいことって、それだけ?』

「ん、ああ……悪い、急に変なこと聞いて」

『えぇー、本当にそれだけなの? ねぇ、もっとお喋りしようよ』

「いや、もう時間が……」


不満げに頬を膨らませる朝田稔から逃れるようにして、踵を返して階段の方へ向かう。

実際はまだ少し時間に余裕があったが、こいつの言うことにいちいち乗っていてはどうなるか分かったものではない。


『もー、おにーさんは冷たいなぁ』


溜め息混じりの声を背に受けつつ、俺は階段に一歩踏み出した。

踏み出した――その瞬間。


階下から、ガタンと大きな音が響いた。

何かが落ちたような、倒れたような鈍い音。

位置的に、一階の部室のいずれかが音の発生源だろう。


「――ッ!?」


俺はかつてないほどの反射速度で飛び退り、背後の部室へと逃げ戻った。

そのままの勢いで、椅子に腰掛ける朝田稔の背後へと滑り込む。


『……おかえり、おにーさん』


にやにやと笑って言う朝田稔を睨み付け、早鐘のように打つ鼓動を落ち着けるべく深呼吸を繰り返す。

死ぬほどびっくりした。よく声が出なかったものだ。

自分で自分に感心する。


『んー、下に誰か来てるみたいだねぇ』


そんな俺とは反対に、朝田稔は余裕の表情だ。

むしろ楽しそうな様子で、足をぱたぱたと揺らしている。


俺はじっと息を潜め、階下に耳を聳てる。

しかし物音は先程の一回だけで、しばらく待ってみてももう何も聞こえてはこなかった。


俺は小声で朝田稔に話しかける。


「…………なぁ、朝田稔」

『はーい』

「……下の様子、見てきてくれねぇか?」

『もちろんいいけど、貸し1だよ?』

「…………」


俺は無言ですっと立ち上がり、恐る恐る階段の方へ向かった。


『あれー? 見に行ってあげるって言ってるのにぃ』


朝田稔の愉しそうな声を無視して、音を立てないよう慎重に階段を降り始める。

あいつに借りを作るくらいなら、闇金にでも借りを作ったほうがマシだ。


見たところ、階下に人影は無いようだった。

階段の手摺り越しに一階の部室も一通り見渡してみるが、やはり誰の気配も無い。

しかし、一番奥の部室だけ扉が開かれたままになっているのが目を引いた。

確かあそこには以前訪れたことがある。布倉の使っている部室だ。

外開きの扉は、ゆらゆらと僅かに揺れていた。

この距離まで近付くと、揺れに合わせて蝶番が鳴る音も聞こえる。


階段を下りきった俺は、ごくりと唾を飲み込むとその部屋に歩み寄った。

本当はこのまま逃げ帰るのが一番安全な策なのだろうが、先程の音の正体が分からないままでは後味が悪い。

もしかして、何かの弾みで物が落ちた程度のことかもしれない。

あの扉も、あまり立て付けがよくないが故に風か何かで開いてしまったのかもしれない。

それなら、ここで一思いに確認してしまった方が良いだろう。

ただでさえ今は悩みの種が多いのだ。これ以上要らない心配を増やしたくはない。


林堂先生がいませんように――と心の中で願いつつ、俺は扉の陰からちらりと部室内を窺い見た。

朝だというのに薄暗い室内は、以前訪れたときと比べても特に変わったところは見られない。

入口に向かい合うようにしてずらりと並んでいるロッカー。

床には部活動に使用するであろう道具が雑多に放置されているが、どれも壁に寄せて置いてあるため、特別散らかったような印象も受けない。


とりあえずは誰もいなかったことに一安心して、扉の陰から出て室内に立ち入る。

だが、一歩踏み出したところで靴先に何かが当たったのを感じ、俺は足を止めた。

蹴飛ばしたそれはカランと軽い音を立てて床を滑っていくと、部屋の中央辺りで止まった。

余りに真下にあったので視界に入っておらず、気付かなかったのだ。

俺は誘われるようにして部室内に入って行くと、何気なく屈んでそれを拾った。

いくら部屋が暗いとはいえ、拾い上げて手に持つと流石にその正体は分かる。


先端に何か赤いものが付着した、果物ナイフだった。

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