表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ghost helpers!  作者: 北風
第二章
31/38

30話 朝田 稔 1

遠くから鴉の鳴く声が聞こえる。

午後五時を過ぎた夕暮れ時、ただでさえ日当たりが悪いこの部室棟には暗い影が差し始めていた。

入り口の扉が閉ざされた今は、締まったカーテンから漏れる僅かな光がこの部屋の唯一の光源となっている。

暗がりの中、俺は眼前に佇む少女になんとか目を凝らした。少女は前髪で目元を隠すように俯いているが、その口元は愉快そうに弧を描いている。


「な……に笑ってんだお前」


俺は埃っぽく少し黴臭い空気に顔を顰めながらも立ち上がった。

背後で同時に身を起こした柊が、放心したように呟く。


「朝田、稔……?」


すると、少女は少し驚いたように息を呑み、またすぐに深い笑みを浮かべた。その唇がゆっくりと動く。


『あれれ……やっぱり知ってたんだねぇ、わたしのこと』


顔を上げた少女――朝田稔は、隈の目立つどこか濁った瞳で俺達を見た。


『特にそっちのちっちゃい子は、いつもここに来てたもんねぇ。それなら話は早いや』


そう言った朝田稔は柊に微笑みかけたが、柊は何も反応しようとしない。

その様子がやや気がかりでもあったが、今は朝田稔の言葉の方が引っかかる。


「話?」

『うん、おはなしー。おにーさんは知らないかなぁ?』

「……?」


俺が首を傾げていると、柊が静かに口を開いた。


「……部室棟の幽霊の話の続き」

「え?」

「先輩のメモにはありませんでしたが、俺は知ってます」

「そ、そうだったのか?」

「はい」

「なんで教えてくれなかったんだよ……」

「俺がそれを知ったのも、ここ一週間のことなんですよ。教える機会なんてありませんでした……というか、それ以前に教える義理がどこにあります?」


柊が刺々しく言い放つ。


「なッ……」


義理はあるだろ。誰が調査を手伝ってやったと思ってるんだ。


俺達のやりとりを見て、朝田稔は楽しそうにけらけら笑った。

「フレンドリーな幽霊」という当初のイメージはさほど間違っていなかったようだ。

ただ、その笑顔もどこか覇気が無いというか――生気が無い。まあ死んでいるのだから当然といえば当然なのだが。

そんな朝田稔を不愉快そうに一瞥すると、柊は続けた。


「俺が知ってるのは、幽霊の目的です。死んだのは数年前なのに、何故最近になって目撃談が増え始めたか。何故生徒に危害を加えようとするのか」

「あっ……」


そういえばそうだ。


詳しく何年前とは聞いていないが、二年前から中高部に在籍している布倉が事件のことを知らないとなると、朝田稔がこの部室棟で命を絶ったのは少なくともそれよりは前の出来事のはず。

それなのに目撃談が出始めたのはごく最近のことだ。

そして、「部室棟の近くを通ると植木鉢が降ってくる」「部室に残った最後の一人が閉じ込められる」といった実害例。

以前の聞き込みでは直接被害者から話を聞く機会は無かったが、現に俺達も今現在閉じ込められていることから、あながち嘘や誇張された話でもないのだろう。


『そうだよぉ。さすが、よく知ってるねぇ』


朝田稔は、とろんとした瞳を嬉しそうに細める。


『わたしはねぇ、別に誰彼構わず襲いたいわけじゃないんだよぉ。好きで可愛い後輩たちを怖がらせてるんじゃないの』

「幽霊は、」


柊は朝田稔を無視するように話を進めた。


「幽霊は……朝田稔は数年前にここ、部室棟で自殺しました。理由は受験疲れだと聞いています」

「ああ」


そこまでは俺も知っている。

聞き込みを行った中等部の生徒も、ほとんどが知っていた話だ。


「そんな最期を遂げた朝田稔でしたが……まぁ、家族には愛されてたようで。その死後も毎月、月命日には部室棟裏に両親が花を供えに来てたそうです」


朝田稔がにこにこ笑いながら、うんうんと相槌を打つ。


「それは数年経っても続けられていましたが、あるとき突然家族が姿を見せなくなったらしいんです。それを寂しく感じた朝田稔は、家族の代わりを探し始めました。誰か、自分のことを忘れずに、毎月花を供えてくれる相手を――と、ここまでが俺の聞いた話です」


柊は淡々とした調子で話を終えた。

ぱちぱちと拍手する朝田稔。


『わぁ~、なんか照れるなぁ。でも、そんなに知っていてもらえてわたしも嬉しいよぉ』

「……それは何よりです」


漸く柊と朝田稔の間に会話らしい会話が成立したが、柊の方は未だに目を合わせようとしない。

噂の幽霊との遭遇に動揺しているような感じでもない。

どこか落ち着かない様子だ。違和感を覚える。


『ねぇ、おにーさん。おにーさんたちが初めてなんだよねぇ、わたしの話をまともに聞いてくれたの』

「え? あ、あぁ……」


考え込んでいると、朝田稔が俺を覗き込むようにして話しかけてきた。


『だからさ、わたし、おにーさんたちにお願いしたいんだよ。おかーさんとおとーさんの代わり』

「え……」


ずっと扉に背を預けていた朝田稔は、ゆらりとこちらに歩み寄ると、その手をゆっくりと俺に伸ばす。


『わたしねぇ、忘れられたくないんだよぉ……自分から死んでおいて、本当に我が儘な話だとは思ってるけどさぁ』

「っ!?」


伸ばされた指先が頬に触れる。それは陶器のように冷え切っていて、思わず鳥肌が立った。

俺が一歩後退すると、朝田稔も一歩距離を詰めてくる。

その顔には相変わらず無気力な笑みが貼りつけられていた。


『ねぇ、お願いだよ。わたしを一人に――』


と、その瞬間。

扉がガンガンと激しい金属音を立て始め、朝田稔の言葉は遮られた。

外側から何かで叩かれているようで、音と同時に扉にも歪みが生じている。


朝田稔はゆっくり腕を降ろすと、今にも壊れそうに軋んでいる扉を振り向いた。


『……ちっ』


その横顔から笑顔が失われ、悔しそうに歪む。

一拍置いて、朝田稔は俺と柊の間を抜けていくようにして薄暗い部室の奥へと駆け出していた。


「あっ、おい待て!」


慌てて後を追おうとして踵を返す。

だが、そこには既に朝田稔の姿は無かった。


「……消え、た?」

「……消えましたね……」


俺と柊が呆然と立ち尽くしていると、一際激しい金属音と共にバキンという破壊音が響き、部室内に光が射し込む。

濛々と巻き上がる埃の中、かつて扉があった場所に、今は代わりに三つの影があった。


大破した扉を申し訳なさそうに抱えている雪と、何故か泣きそうな顔で震えながら立ち尽くす布倉。

と、二人の背後で両腕を組んで仁王立ちしているジャージ姿の女性。

……最後のはどちら様だろうか。


「そ、宗哉……無事だった、か……?」

「うぅ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……あたしが悪かったです……」

「……」


めいめいに喋り始める雪と布倉。

話していることが全く頭に入ってこない。


この数分の間に外では何があったのだろう。

布倉は何故あんなことになっている。雪は何故ここにいる。そして何故二人とも後ろの人について一切触れてくれないんだ。

あらゆる疑問が一瞬で脳内を満たし、飽和状態に陥る。

だが、答えはすぐに思わぬ所から帰ってきた。


「り、林堂先生……!?」

「え?」


怯えた声色にぎょっとして視線を下げると、柊が俺の背に身を隠して震えていた。

その手はしっかりと俺の制服を掴んでいる。


「ど、どうした柊!?」

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


なんか感染した。


「――よう、柊くん。ちゃんと謝れて偉いなぁ」


俺が唖然としていると、漸く当の女性が口を開いた。

柊がびくりと肩を震わせる。


「君は高等部の子か? 初めまして、私は林堂(りんどう)志鶴(しづる)。中等部の教員をやってる」


女性は、にっと歯を見せて笑いながら名乗った。

歳は二十代半ばくらいだろうか。

うなじにまでのポニーテールが快活な印象を与える、背の高い女性だ。


「ここにいる布倉ちゃんの部活の顧問で、そこにいる柊くんのクラス担任だ。いや~……うちの奴らが迷惑かけたな」

「は、はぁ……」


それはもう散々かけられましたよ――だなんて、今の布倉と柊の前では到底言えたものでは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ