28話 布倉 苺果 3
柊の頼みで情報収集に出向いた日から、早一週間が経った。
毎日放課後に部室棟へ顔を出してはいるが、柊にはまだ出会えていない。
誰かが出入りしていた形跡もなく、どうやら柊はあの日から部室棟に立ち入っていないらしいことが覗える。
布倉によると中等部の校舎内では度々見かけるらしいので、普通に登校はしているようだ。
だから特別心配する必要も無いのだが──最後の別れ方が別れ方だったせいか、どうにも消化不良な感じが否めない。
「どうだっていいじゃないですか、あんな奴。所詮ガキの暇潰しだったんですよ。気を揉むだけ損です、損。この話はこれでおしまい! めでたしめでたしです」
「いや何もめでたくねえよ。お前が俺達に付き纏うのを止めるまで終わらせてたまるか」
「嫌だなぁ、あたしは別に小森先輩には付き纏ってませんよ。あたしが付き纏ってるのは白樺先輩だけです」
昼休み、屋上。
この時間帯になると、布倉はわざわざ中等部から弁当を持って高等部に出向いてくるようになった。
俺と雪が屋上に行くと、いつも既に布倉が待ち構えている。
ならば別の所で食えば良いと思い場所を変えても、奴は必ず探しに来る。
初対面の不良相手にだって道を聞くし、年上だらけの教室にも臆することなく入ってくるのだから、八方塞がりだ。
どれだけ身を隠そうが、布倉の前では無駄な抵抗だと重ねて思い知らされ、とうとう諦めて屋上へと素直に足を運んだのが、今日。いまさっきの出来事だ。
「と言うか、まだ部活再開してないんだろ? 布倉だってこのままじゃ困るんじゃないか?」
「あたしは別にそれでも構いませんよ。白樺先輩に弟子入りしますから」
「それができないから部室棟の方を何とかするって話だったろ!!」
目的がループしている。
雪がさりげなく俺の背後に身を隠した。
「あ、でも待ってください。今日はちょっとご協力頂きたいことがあるんでした」
「断る」
「いやいや、そんな大したことじゃありませんよ」
嫌悪感剥き出しで即答すると、布倉はへらへら笑って手を振った。
「すこーしお時間いただくだけですから」
「もうその聞くからに怪しい誘い文句が断りたさを加速させてんだよ」
「いやいやいやマジで」
マジでとか言い始めたぞ、この中学生。
調子良すぎだろ。
だが軽い言葉とは反面、その面持ちは真剣味を帯びている。
引き下がるつもりも無さそうだ。
「……分かった。聞くだけ聞いてやる」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
布倉はぱっと嬉しそうに笑った。表情が忙しい奴だ……。
「……分かってるか? 聞くだけだからな? 俺に拒否権はあるからな?」
「分かってますよ! 大丈夫です、ほんっとーにちょっとしたことですから。実はですね……」
※
「というわけで俺は今日の放課後、布倉が部室に置き忘れたレンタルDVDを取りに行くのに付き合う。お前も来るか? 雪」
「いい」
即答だった。
何なら少々食い気味だった。
出会った当初のように怯える事こそ無くなったものの、やはりまだ布倉への苦手意識は拭えていないようだ。
当然だ。俺だってあんなロケット花火みたいな女子中学生、決して得意ではない。
「……じゃあ今日は先に帰っててくれ。布倉の奴、部室にあるのは確からしいんだが具体的にどこに置いたかは覚えてねぇみたいなんだ」
だから多分時間かかる、と溜め息混じりに言うと、雪はメロンパンを頬張りつつこくりと頷いた。
それにしても何という脱力感。
何をせがまれるのかと身構えていたら、何だDVDって。知るかそんなもん。延滞料金溜まって困れ。
……そう切り捨てられたら良かったのだろうが、どういう訳だかついつい引き受けてしまった。
予想だにしていなかった内容に不意打ちを食らった、というのも原因の一端ではあるが、どうも俺は人の頼み事を安易に受け過ぎる所がある。癖なのだろう。
このままだと将来、さして親しくもない間柄の相手から連帯保証人とか引き受けてしまいそうだ。早々にこの悪癖を改善しなければ、いつか身を滅ぼしかねない。
恐ろしい想像に思わず身震いをした所で、校舎内から予鈴が響いた。屋上にはスピーカーが設置されていないこともあり、音が少々籠って聞こえづらいが、聞き逃すほどではない。屋上で昼食をとっていた生徒達が、めいめいに校舎内へと引き上げる。
残ったのは俺達二人と、恐らく午後の授業をサボるつもりであろう不良生徒数人。
「……宗哉、僕達もそろそろ教室に……」
「ん、ああ……ってうわやべえ弁当!」
雪に急かされて手元に視線を落とすと、まだ全然弁当が減っていない。
布倉が押し掛けてくるようになってから、毎日こうだ。そりゃそうだ、あんなハードな応酬を繰り広げていては、昼休みの五十分などあっという間に消費されてしまう。
俺は慌てて弁当の残りを掻き込んだ。
※
部室棟の二階、奥から二番目の扉を開く。
やはり今日も誰もいない。部屋奥のコンセントにはビデオカメラが充電中のまま放置されていた。あれも一週間前から変わらぬままだ。
「せめてカメラは回収に来いよ……」
「先輩~! そんなのほっといてもう行きましょうよ~」
呆れる俺の背後で、布倉が情けない声を上げる。
「あたしの部室一階ですよ? なんでこんなとこまで来なきゃいけないんですかぁ……。あたしは一秒でも早く用事を済ませてここから立ち去りたいんです!」
「だから先に下で探してろって言ったじゃねえか」
「そんなことできたら、そもそも先輩如きに着いてきて貰おうとか思いません!」
「如きって」
涙目で叫ぶ布倉。恐怖を威勢で誤魔化そうとしているのか、いつもより語気が荒い。
「……分かったよ。今日も柊居なかったしな。そろそろ行くか……わっ!?」
そう言って扉を閉めるなり、布倉に袖を引っ張られた。
体勢を整える暇すら与えてくれず、布倉はずんずん歩いて行く。
「ちょっ……待っ……待て待て待て階段危ない危ないマジで危ないから!!」
身長差の都合上、袖を引かれると重心がどうしても前のめりになってしまう。
その状態で、布倉は勇猛果敢に階段を下って行った。
「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」
やっと階段を下りきって解放された俺は、漸く人心地ついた。
「これ以上ここで死者を出さないでくださいよ。あたしがもっと怖くなるじゃないですか」
他人事みたいに言うな。
犯人はお前だからな?
「あ……危なかったろ! そんな急ぐ事無いじゃねぇか!」
「むぅ……うるさいです! あたしにとっちゃ急ぐ事あるんですよ! ほら! 行きますよ!」
言いつつ俺の背中をぐいぐい押す布倉。いや先導しろよ。
「行きますよ」って感じじゃないだろ。「行ってください」だろこれは。
「先輩! あたしの部室は一番奥です! 先に行ってドア開けて中の安全を確認してください!」
「たかが校内で噂になってるレベルの心霊スポットに対してどれ程の危険を想定してるんだお前は」
やや過剰な反応に溜め息を吐くが、布倉のためにも、ひいては俺の自由のためにも、さっさと終わらせて帰るに越したことは無い。
俺は押されるがままに廊下を歩き、離れようとしない布倉を背中に引っ付けたまま、件の部室の前まで辿り着いた。
「おい布倉、ここで合ってるんだよな?」
「は、はい。恐らくは」
「いや見ろ」
確認のため振り向くと、背後で布倉は両目を固く閉ざしていた。
俺の背中の感触を頼りに着いてきていたのか。道理で意地でも離れないと思った。
「ほら、危険なんて無いぞー。さっさと取ってこい」
部室の扉を開けて、一応安全を確認した後布倉を中に誘導する。
彼女は恐る恐る目を開いて辺りを見渡すと、部室の奥のロッカーにぱたぱたと駆け寄った。そしてこちらを振り返り、震える指で俺を指す。
「い、いいですか先輩。あたしが探し終わるまで絶対にそこに居て下さいね」
「分かってるよ」
「どっか行かないで下さいよ」
「分かってるって」
「本当に行かないで下さいよ!? アレですよ!? もし途中で居なくなっちゃったらペナルティとして」
「いいから早く探せよ!」
※
布倉が捜索を開始して四十五分後。
ロッカーを漁ったり棚の下を覗いたり、散々探し回った結果、彼女はやっとDVDを発見した。
「あったーー!! ありましたせんぱーい!」
満面の笑みで駆け寄ってくる布倉をまばらな拍手で迎え、俺は漸く解放された。
疲れた。入口で待っているだけだったのに疲れた。途中ロッカーから発掘した懐かしの品に想いを馳せる布倉を急かしたり、音を上げそうになる布倉を励ましたりしていなければ、こんなに疲れることも無かっただろう。この拍手は六割方自分に向けている。本当に頑張ったな、俺。
「いやー、これでやっと帰れますよー」
「…………良かったな」
DVDを大事そうに抱えて言う少女に、それはこっちの台詞だ、と言いたくなるのをぐっと堪えて、俺達は部室を出た。
部室棟を後にする前に、何の気無しにふと二階を見上げる。すると、今さっきまでいた部室の真上。その隣の部室の戸が、半開きである事に気付いた。
「……ん?」
二階の奥から二番目。俺が最初に立ち寄った部室である。
「? どうしたんです? 先輩」
「いや、あのドア……」
俺、閉めたよな。
そう続けようとした瞬間、半開きだった扉が完全に開け放たれた。
「「あ」」
布倉と同時に、間抜けな声を上げる。
扉を開けて姿を現したのは、この一週間俺を悩ませ続けた一因である存在、柊佑人だった。




