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Ghost helpers!  作者: 北風
第一章
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1話 白樺 雪 1

東京都大田区に存在する無数の公立校のうちの一校、白前高等学校。

17年前にできた比較的新しい高校だが、偏差値の低さ、学費の安さ、それに自由な校風から不良が多い。俺が今日から通う学校だ。

入学式を終え、俺は自分のクラスで席についていた。

なんだ、不良校なんて言うからどんなものかと思っていたが、新入生は意外と普通じゃないか。髪色を弄っている人間なんて俺くらいのものだ。それに皆一丁前に緊張しているようで、漂う空気も真面目なそれだ。

……張り合いが無いな。

拍子抜けした気分だった。




連絡を終え、クラスは解散となった。

なんだか面白くない俺は、少し他学年の階を回ることにした。

上の階が上級生だろうか。とりあえず荷物は教室に置いて、俺は階段を昇った。と。

上の階から二人の男子生徒が降りてくるのが見えた。二人とも髪を染めたりピアスを付けたり制服を着崩したり、どう見ても不良だと分かる出で立ちだ。

お、それらしいのがいるじゃないか、と思い、俺は階段の端に避けて男子生徒らとすれ違った。

と。


「あれ? あいつ新入生じゃね?」

「お、ほんとだ。見ねえ顔じゃん」


そんな会話と共に、肩に手がかけられた。

振り向くなり、強引に襟元を掴まれる。


「きみ、先輩相手に挨拶も無しなんてイキってんねぇ」

「髪染めてるってことはヤンキーなんでしょ? 銀髪? カッコイーじゃん」


にやにやとした顔を近づけてくる二人。表情から明らかな悪意が滲み出ていた。

だが、俺の目の前でその表情は徐々に曇っていった。


「…………あ? 何笑ってんだお前」


ああ、顔に出ていたか。なら隠す必要も無いな。


「いや、すいません。先輩方」


俺は口元に笑みを浮かべると、二人を下から睨み付けた。


「俺、こういうの待ってたんですよ」


気分が高揚するのを感じる。

こんなテンプレートのような不良がいたとは。


「……は? 何言ってんだよ」

「こっちは説教してんだよ? お前ちょっと生意気過ぎない?」


ふっと襟を掴む力が弱まり、体が自由になる。

二人の内片方が、俺の正面に立った。そして手首を鳴らしながら言う。


「相手してやるからさ、来いよ」



            ※



体感時間にして実に一分。


勝負はあっけなくついた。


こんな一方的な喧嘩がこの世にあったのかと言う程、あっけなくついた。



惨敗した。



え?



えええええええええええええ!?!?!?



嘘だろ!?いくら地方の中学とはいえ学校のトップだった男だぞ!?結構強い自信はあったぞ!?


それがこんなっ……瞬殺されるか!?されて良いのか!?



地面に倒れ伏しながら、俺は愕然とする。

散々殴られたはずなのだが、痛みなど感じない。感じる余裕が無い。

視線だけ上げて目の前の不良先輩二人を見やると、「あれ? おかしいな……」みたいな顔をしていた。やめてくれ恥ずかしい。いっそ思い切り嘲ってくれた方が数倍マシだ。

俺はなんとか立ち上がると、全速力でその場から逃げ出した。



            ※



きっとあの二人が強すぎたんだ。

俺が弱かったんじゃない。

あいつらはこの学校、いや東京、いや日本全国でもきっと名の知れた喧嘩屋だったんだ。

もしくはなんか、ほら、空手黒帯とかだったんだ。

そんな言い訳を頭の中でこねくり回し、俺は校内を駆けた。

よくよく考えれば喧嘩で負けるだなんてほとんど無い経験で、もう半狂乱になっていた。

俺は弱くない。

それを証明するために、俺は校内に残っていた新入生に片っ端から喧嘩を吹っ掛けるという奇行に走った。

流石に同年代なら負けることは無いだろう。

いや、あってはいけない。

中学時代の大半を喧嘩に捧げてきた俺があんな貧弱そうな連中に負けるだなんてこと――――




それから一時間が経過した。

俺の仮説は否定された。


俺は校内に残っていた新入生計19人に理不尽に喧嘩を吹っかけ…………全敗した。


……………………………………………………。


都会やべえええええ


こわ!こっっっわ!俺ここで生きて行ける自信無いわ!!!!


あまりに都会を甘く見ていた。井の中の蛙っぷりにも程がある。

明日から大人しく生きていこう。真面目に生きていこう。ああ真面目に生きてやるさ、この魔物の巣窟でも。

もう喧嘩とか不良とかどうでもいい!自分の命だけを大事にしていこう……。


俺は恐らく今までの人生の中で最も落ち込みながら、満身創痍の体を引きずって家路につこうとした。机に置いておいた鞄を手にし、教室を後に、しようとしたとき。


「おい」


声をかけられた。


振り向くと、1人の少年が立っている。

長い前髪で目元が少し隠れ、その表情は読めない。

まだ教室に人が残っていたのか。気付かなかった。

と言うか、こいつは誰だ。どうして俺に声を――――あ、思い出した。

こいつ、俺が115人目に喧嘩を吹っかけた新入生だ。

ショックで記憶が飛んでいることもあって他の新入生の顔は大体忘れたが、こいつは覚えている。

確か一撃で俺を沈めたのだ。

俺より背は高いが大人しそうな奴だった。

すでに14人に大敗を期し、心も体もボロボロだった俺が「こいつになら勝てるだろう」と思い喧嘩を売った相手だ。

……いや、喧嘩と言うにしては、あまりにも一方的だった。

最初の二人よりも圧倒的に一方的だった。

何者なのかは分からないが、間違いなくかなり強い。


そして今。

そんな相手が急に話しかけてきたのだ。


……怒ってんのかな。


…………俺にやり返しに来たのかな。


………………殺されるんじゃないかな。


謝ろう。


「すいませんでしたあ!!!!」

「!?」


コンマ数秒の思考を経て、俺は少年に思い切り土下座した。


「すいませんでした! さっきは調子こいてました! 命だけは! どうか命だけはあああ!!」


もう恥や外聞などどうでも良い。今は生きる事だけを考えるのだ。命と比べれば土下座なんて安いものだ。だが、恐らく謝ってどうにかなる相手ではないだろう。金を渡してでも靴を舐めてでも良い。もう俺にプライドなど無い。

とにかく生きよう!生きるんだ!


「……?」


生への執着を心に決め、頭を下げ続けて十秒ほど経った。てっきり蹴られたり殴られたりするものだと思っていたが、相手は何のアクションも起こさない。

俺は不思議に思って恐る恐る顔を上げてみた。


少年は困惑した様子で俺を見つめていた。


「あれ、お前……さっき僕に、話しかけてきた……よな…………?」

「は、ふわいっっ! 本ッ当にすませんした! もうしないので! どうか! 見逃してください!」


再び頭を下げる。


「く、ください……? ……いや、落ち着け……別に何もしない………」

「…………ぇ?」


予想外の言葉に少年を見上げると、すっと手を差し出してきた。

掴まって立て、と言うことらしい。


「……勘違いしてるみたいだが…………僕は、お前に何かしたいわけじゃ……ないんだ」

「へ? じゃ、じゃあ何で声をかけてきたんだ――――きたんですか?」

「……と、とりあえず敬語を……やめてくれ…………」


彼はゆっくりとした口調でこう言った。


「……僕は白樺雪(しらかばそそぎ)……ぼ、僕と……友達になって、欲しいんだ……」


            ※


十分後、俺と白樺雪と名乗った少年は、近くのファミレスで向かい合って食事をしていた。


――――いや、よく食うなこいつ!

ファミレス入るなり、一言も喋らずひたすら食い続けてるぞ!せめて少しは喋れよ!ドリンクバーしか頼んでいない俺はどうすればいいんだ!

白樺雪は俺の心の叫びに一切気づく気配を見せず、3品目のハンバーグ定食を食べ終え、4品目の親子丼に手を出そうとしている。

……き、気まずい……。

恐らく気まずさを覚えているのは俺だけなのだろうが、ただただ人が食べているだけの光景を延々と見せられているのも、最高に居心地が悪い。

手元のコーラから正面の白樺雪へ、正面の白樺雪から手元のコーラへと視線を泳がせていると、二十五分後、やっと白樺雪は食事を終えた。

平らげたのは九品。

あと1品頑張れよ、と言いたい所だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。


白樺雪は、食べカスの付いた口元を拭うと、何の脈絡も無く話し始めた。


「…………僕は、昔から友達がいなかったんだ……今まで、一人も……」


……突然何のカミングアウトだ。


「でも……いじめられたこと、は…………無かった……なんでだろ……」


あれだけ強ければそうだろう。


「あ、それで…………今日、お前が、話しかけてきてくれて…………嬉し、かった」


話しかけたっつーか喧嘩吹っかけたんだけどね。


「ごめん、あの時は……やりすぎた。喧嘩なんてしたの……すごく久しぶり、だったから…………」


そう言うと、少年は申し訳なさそうに顔を俯かせた。

俺は慌ててフォローする。


「ああ、いや、こっちこそ悪かったよ! てか喧嘩売ったの俺だから!」

「き、気にしてないのか……?」

「も、もちろん」


むしろそっちが気にして無いのなら何よりだ。


「……良かった…………じゃあ……と、友達になって……くれるか…………?」

「えっ……とぉ……」


少年の真っ直ぐな瞳から逃れるように、俺は引きつった笑みを浮かべて視線を逸らした。


どうしよう、この上なく断り辛い。

思ったほど悪い奴じゃ無いみたいだが、ぶっちゃけ俺はこいつが怖い。

さっきから全っ然表情変わらないし。


よし、遠回しに断ろう。


「あ、あのー、い、言っとくけど、俺、つまんない男だよ? 友達になったとこで何も良いことないけど……いいの? やめといた方が良いと思うけどなぁ……」

「うん、いい……」


通じない。

間髪入れず真顔でこくりと頷かれた。


「ほ……本当にいいのか!? ほら、他にもっといい奴いるだろ」

「…………僕はお前と友達になりたい……」


これまた真顔で即答。


「い……いやっやめといたほうがいいと思うけどなあ!? 俺、長所無いからね!? 知っての通り弱いしめちゃくちゃ頭悪いし霊感あるから不気味がられてたし!?」


うう、俺は何が悲しくてこんな事を自ら……



「幽霊見えるのか!?」



「へっ?」

「ぼ、僕……オカルトとか、だっ大好きなんだ!!」


白樺雪はまるで別人のように頬を紅潮させ、勢い良く椅子から立ち上がった。


「ぜっぜひ! 友達に! お願いだ! 友達になってくれ!!」


ドン!と机に手をつき、目をキラキラさせつつ、唖然としている俺に詰め寄る白樺雪。


「え、ええ……」


ここまでの熱量を流石に無下にはできない。


ああもう。


仕方ないか。


机にヒビ入ってるけど。



「……分かったよ、雪。俺は小森宗哉……よろしくな」


俺は溜め息を吐くと、雪に手を差し出した。

雪は嬉しそうにその手を取る。


                 上京二日目。 

白前高等学校入学初日。

東京で不良として生きていくことを諦め、ついでに変な友達ができた。

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