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Ghost helpers!  作者: 北風
第一章
18/38

17話 沖花 桃菜 0



「私はずっと、杏菜が羨ましかったんだ」


暫くの沈黙の後、桃菜はぽつぽつと語り出した。


場の全員が彼女に注目する。

桃菜は一人一人の顔をじっくりと見渡しながら喋り続けた。


「……いや、恨めしかったのかな? 運動もできて、勉強もできて、性格も良くて」


そこで桃菜は口を閉ざし、俺の袖を掴んでいる杏菜を見つめる。

そして、今までずっと浮かべていた笑顔を消し、暗く濁った瞳を見開いて言った。



「私には、何も無いのに。



     ※


……ずっと思ってたよ、私は杏菜に全部奪われて生まれてきたんだって。

いらないものを押し付けられた、脱け殻なんだって。

それならいっそ──消えてしまいたいって思ってた。


だからかな。


あの日、学校の帰り道。

二人で歩いていたとき。

こっちに向かって車が突っ込んでくるのを、避ける気は起きなかった。


気付いたら私は地面に座り込んでいて、そこにはもう車はいなくて。

目の前には杏菜が倒れていた。


姉を庇って死ぬ。

良い話だと思うし、杏菜らしいと思う。

でも、最後の最期まで綺麗な性格でいた杏菜を、私は憎んだ。

そして、少しでも彼女を汚してやろうという思いと、消えたいっていう思いがぐちゃぐちゃに混ざって……私は。


自分の名前が書いてあるランドセルと靴を、動かなくなった杏菜の物と交換して、

     ※


それから、走ってその場から去った」



『…………』


杏菜の瞳から涙が零れていく。

小さい肩を震わせて、杏菜の話に聞き入っている。


桃菜が抱えているものは、幼い少女には持ちきれないほどの劣等感だった。

同じ顔、同じ体形、同じ声。

何もかも同じだからこそ、圧倒的に違う中身に嫌悪したのだろう。

そして、成り代わろうとした。

それがコンプレックスから逃れる唯一の方法だと、彼女は考えたのだ。


桃菜は一つ深呼吸をすると、また喋り出した。

少し哀しげな表情で。


「……その時は混乱してて……よく考えずに動いちゃってたんだ。後から後悔することになったけどね。


     ※


当然といえば当然だけど……上手に杏菜になりきる事は出来なかったよ。

まあ、それが出来るなら最初からしてるし。

特にお兄ちゃんの目を誤魔化すのは難しいと思った。

だから、まず声を消したの。

声自体を出さなければ、変なこと喋って正体がバレるような事にもならない。

次に、気持ちを消した。

この頃にはもう全部面倒臭くなってきて、誰とも関わりたくなかった。

姉妹仲は良かったし、杏菜は姉思いの優しい子だったからね。

双子の片割れを失ったショックで『こう』なったという話で、皆納得してたよ。

お陰で学校行かなくて良くなったけど、日中家に誰も居ないから暇で。

何となく事故のあったあの場所に行ってみたんだ。

そしたらそこで出会ったの。


死んだはずの、『桃菜』に。


凄くびっくりした。

びっくりして──悲鳴をあげようとした。

でも、声が出て来なかったの。

出て来なかったというか、出し方を忘れちゃった感じ。

自分は『声を出してない』んじゃなくて『声が出せない』んだ、って気付いて、怖くて怖くて……恥ずかしい話だけど、その場で泣き出した。

『桃菜』は慌てて慰めてくれた。

やっぱり『桃菜』の存在に疑問は持ったけど、余りに生きてる時と変わらない調子だったから、何だか安心して。

落ち着いてきたら、声も出るようになった。

……それで、急に気まずくなった。

『桃菜』は言った、全部見てたって。

私のやった事、全部。

私が視えてなかっただけで、『桃菜』は見てた。

それを聞いて、私はまた堪らなく怖くなった。

絶対に怒ってると思ったからね。

でも、『桃菜』は許した。

呆気なく笑って許してくれた。

何で私が杏菜になろうとしたのか、とか……そういう事は訊かずに。

死んでも変わらない人柄の良さに、私は──苛々した。

早くこの場を立ち去って、一刻も早く『桃菜』の笑顔を忘れたかった。

でも、別れ際に『桃菜』は言った。


『演技でも、ずっと声出さないままだと本当に声出なくなっちゃうよ? 私話し相手になるから! いつでもここに来てね』


……ふざけるな、誰が行ってやるか、と思ったよ。

その時はね。

だけど、その後も気付けば私は『桃菜』の所に通っていた。

何だかんだ言って、私は話せる相手が欲しかったのかな……。

本当に意志が弱い、自分で呆れるよ。


でもある日、その意志の弱さとか、未練を断ち切るチャンスが来たんだ。


私がお兄ちゃんにあげた御守りが、高校で盗られた。

それを一緒に探して欲しいって『桃菜』に頼まれたんだ。


その御守りは、私がお兄ちゃんに教わって作った物で、数少ない『桃菜』の遺品だった。

私は不器用だから、出来は最悪だったけど、お兄ちゃんはそんなのでも大切に持ち歩いてたよ。

まあ、そんなものくらいしか、私の手作りの品なんて無かったんだけどね。


だからこそ、思った。


このままお兄ちゃんが御守りを諦めてくれたら、『桃菜』は消えて行くんじゃないかって。


だから、私は。


『桃菜』より先に御守りを見付けて、別の場所に隠せば……もうお兄ちゃんに見付かる事は無いって考えた。

捨てたり、私が保管する手もあるけど、私は基本お兄ちゃんに見張られてるからね。

見付けたらすぐに隠すのが良いと思って。


それで、必死になって探して見付けてそこから盗み出して──


     ※


──ここからは分かるよね? ……はい、これでお終い。ふう……喋り疲れちゃった」


そう言って桃菜は話を終えた。


気怠げに溜め息を溢し、俺に視線を向ける桃菜。

暗い目には変わらぬ余裕が満ちている。

挑発的にも感じる、子供らしからぬ毅然とした態度に気圧されかけるが、俺は静かに言葉を返した。


「それで終わりか?」

「うん」


桃菜は迷わず頷く。

当然だと言わんばかりに。


「本当に、か?」

「……そうだけど?」


再確認を不思議に感じたのか、桃菜の表情に怪訝そうな色が滲む。

だがそれも一瞬眉をしかめた程度で、またすぐに薄い笑顔に戻った。

そして念を押すように繰り返した。


「そうだけど、何か──」

「違う」


言葉を俺に遮られた桃菜は、ハッとした様に目を開いた。


「な、なにを──」

「それだけじゃ無い筈だ」

「……」


焦って吐き出した言葉をまたも遮られ、桃菜は少し苛立ちを露にした。

先程のものとは違い、怒りの籠った溜め息を吐き、彼女は一歩俺に詰め寄った。


「何? それだけじゃ無いって。私全部話したでしょ?」


いや、まだだ。

まだ足りない。


確かに今の話は真実だろう。

真相が明らかになり、御守りも返ってきた。

これで杏菜も沖花も救われる。


だが、まだだ。



まだ、桃菜が救われていない。



「じゃあ──」


俺はそう言って一歩前に踏み出した。

袖口を掴んで嗚咽を漏らしていた杏菜が、びくりと身を震わせる。


「じゃあ、お前はあの時、杏菜と何を話していたんだ?」

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