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Ghost helpers!  作者: 北風
第一章
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13話 沖花 桃菜 4


『は!? 何言ってんの!? 諦められる訳ないじゃん!』


沖花からの言伝を口にした瞬間に、桃菜は噛み付くように叫んだ。

大きな瞳にははっきりとした怒りと焦燥が浮かんでいる。

俺はその形相にたじろぎ、2、3歩後退った。


『諦められるんなら最初っからこんなお願いしてないよ……だ、だってあれは大切な御守りで……そっそれに手作りだから代わりなんて無いし……』

「いや分かってる分かってる。落ち着け……落ち着け桃菜」


必死に訴えかける桃菜の目尻に涙が滲んでくる。

俺は慌てて桃菜の両肩を掴み、落ち着かせる。

桃菜は唇を噛んで目を伏せた。

幼い顔が見せるやるせない表情に、胸がちくりと痛む。


「分かってる……お前の兄ちゃんがそう言ってたってだけだ。俺はまだ諦めてない」


そう言い聞かせるものの、桃菜の顔は晴れない。

そこで俺は、肩から掛けていた鞄を開け、プラスチック製のケースを取り出した。

掌に乗るくらいのサイズだ。

更に小さなレジ袋も出し、その二つを桃菜に手渡した。


『これ何?』


桃菜はきょとんと首を傾げながら受け取り、ケースを開けた。


『……裁縫道具?』

「ああ」


ケースの中身は針や数色の糸、針山や糸切り鋏などの裁縫道具が纏められた、小学校等で使う裁縫セットだった。


『こっちは……フェルト』


レジ袋には色とりどりの手芸用フェルト。

桃菜にはもう俺の意図が分かったらしく、潤んだ目で俺を見入ってきた。


「その……霊体でも物に触れられるってんなら、もう一回作るってのは……と思って買ってきたんだが」

『……』


桃菜は呆気に取られているようで、黙り込んで手元を見下ろした。


「あ、勿論探すのを止めた訳じゃねぇぜ? ただ、何かお前の存在を認識できる物があった方が沖花も元気になるんじゃないかと……」

『……なるほどね』


桃菜はぱっと笑顔を浮かべ、ケースと袋を握り締めた。


『作ってみるよ! せっかく不良な見た目の男子高校生が恥を忍んで手芸セットとフェルトを買ってきてくれた事だしね』

「喧嘩売ってんのか」


くくくっと悪戯っぽく笑う桃菜の顔は完全に子供のそれだった。

俺は僅かにほっとする。


この笑顔は失われてはいけない。


そう思った。

桃菜には子供らしく純粋でいて欲しい──彼女は、もう大人にはなれないのだから。



     ※



それからの桃菜は御守り作りに没頭した。


桃菜は手先が不器用だそうで、製作には何日も要しているようだった。

途中見せてくれとそれとなく頼んでみたが、激しく断られた。

どうやら未完成品を見られるのが恥ずかしいらしい。

その理由自体は微笑ましいものだったが、拒絶のしようが半端無く、御守りをこっそり覗いてやろうと目論んだ俺は幾度となくタックルを受けた。

拒絶というより攻撃だった。

めっちゃ強かった。

まあ小学生相手にムキになった俺も俺なんだが。


ちなみに雪や沖花には秘密にしてある。

雪に話してないのは、シンプルに俺が桃菜と会っている事を彼が知ったら面倒だからで。

沖花にすら話してないのは、まあ所謂サプライズだ。

沖花は体裁上は御守りを諦めてはいたものの、やはり亡き妹との思い出の品を失うというのは心に重く響いているらしく、最近落ち込み気味だ。

そこで桃菜がサプライズを発案した。

別に事前に伝えていても良いと思うのだが、桃菜曰く『それじゃあ面白くない』だそうだ。

落ち込んでいる兄へのプレゼント企画の内容を左右するのが面白いか否かとは。

なんと恐ろしい少女だろうか。

だが悪戯好きな桃菜としては、サプライズというだけでモチベーションが大分違うらしく、毎日楽しそうに製作に励んでいた。


そんな日々が続き────御守り完成を目前に控えたある日。


俺がいつもの通り桃菜の居る路地裏に向かっていると、人の喋り声が聞こえてきた。

あそこはいつもは無人なのだが、どうやら今日は先客がいるらしい。

他人が見ている中で大半の人間が視認できない存在である桃菜と会話できる度胸を、生憎俺は持ち合わせていない。

暫く時間を置いてまた来るか──ともと来た道を帰ろうとした。


が。


その時俺は分かってしまった。

その声の持ち主が。

聞き取れる距離にまで近付いてしまっていた。


「!?」


自分の耳を疑う。

そして確認するべく声の聞こえる方向へ歩を進めた。

塀の角に身を隠し、そっと覗き見る。


やはり。


分かってはいだが、目を見張らずにはいられない。


喋っていたのは、紛う事無く、沖花桃菜本人だったのだ。


後ろ姿だったので表情は窺えなかったが、正面に立っているであろう誰かに対し、声を荒らげている。


「なっ……!?」


思わず声を漏らし身を乗り出す。

と、桃菜がはっと振り向いた。

その顔は涙で濡れている。


『~~っ!』


俺と目が合った桃菜は苦しそうに顔を歪め、声を詰まらせた。

その小さな背の向こうに立つ、一つの影。


「…………」


沖花杏菜。

以前雨の中で出会った少女。

桃菜の、双子の妹だ。

俺の存在を意にも介さない虚ろな瞳には、俺の姿も桃菜の姿も映っていなかった。

無機質に無感情に足を踏み出し、踵を返して去っていった。


「あ……」


その、存在自体が掠れたような後ろ姿に手を伸ばしかけるが、呼び掛けるべき言葉が見当たらない。

立ち尽くす俺の脇をふらりと桃菜が抜けていった。


「ちょ、桃菜!」


桃菜が足を止める。

だが、振り返る事はしない。


「な、何があったんだよ……と言うか、杏菜とは喋れ──」


『ごめん』


「ッ……」


一切の干渉を拒むような、一言。

抱えるものの重さに必死に堪えるように、桃菜の身体が、声が、震えていた。


『やっぱ良いよ、御守りはもう。ありがとね』


「な……」


何で、と口を突いて出そうになったのを、俺は飲み込んだ。

あんなにも執着していた御守りをあっさり諦めてしまった桃菜に、それを許してしまった俺が問い質す気にはなれなかった。


問い質す権利は──俺には無いように思えた。

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