第八話 開会
予告よりも遅れてしまいすみませんでした!
鐘の音が鳴り止むと同時、闘技場の壇上に一人の女性が上がってきた。
その足音と共に先程まで喧しかった会場が一気に消え去る。一瞬で訪れた静寂。幾つもの視線の中であるというのに全く動じないその姿を見てアステリオスは少し……というか、かなり関心を持った。
女性、といってもまだ二十になったばかりかその手前。未だ幼さの面影がある短い金髪の若い女性だ。自分よりも年下だというのに、堂々とした立ち振る舞いにアステリオスの心に情けなさが渦巻く。
出場者の視線が大方自分の方へと集まったのを見計らうと女性は一礼をする。
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。わたくしは、今年の闘剣舞祭の運営及び司会を務めさせていただきます、レミリア・キリシーといいます。どうぞよろしく」
礼儀正しいその言葉は清楚な雰囲気を醸し出し、尚且つはっきりとした活発な声音。加えて小首を少し傾げながらの笑みは会場の男達を虜にしていた。加えてこの人数相手に対しての態度。なるほど、確かに司会にはぴったりの人選だと言えるだろう。
「毎年参加者数が増加傾向にある闘剣舞祭ですが、今大会の参加者数は七一五名。五百名を有に超える過去最多の人数となっております。中には国外の方々もいるようで、わざわざクレスタまで足を運びになって下さり、感謝の言葉もありません。運営の責任者として御礼申し上げます」
もう一度お辞儀をするレミリア。人数が多い多いとは思っていたものの、彼女の言葉から納得する。七百名以上もの参加者がいるとなれば、会場がごった返すのも無理はない。
「さて、それでは開会のセレモニーへ移行したいと思うのですが……その前に重要事項について最終的な確認をさせてもらいます」
そう言いながら説明しだしだのは闘剣舞祭についてのルール。
一つ。今大会で死傷してもそれは全て自己責任。例え死亡しても大会運営は一切の責任を受けない。
一つ。参加条件として、武器は必ず剣を使用すること。剣と兼用して他の武器を使うことも可。
一つ。優勝者は『番剣』アステリオス・ガーラントに挑戦することができる。
等と諸注意が流れる。正直な話、その手の内容は全員承知済みなのだろう。歓談する者、欠伸をする者の姿がちらほらと見える。
だが。
「―――ということで以上が闘剣舞祭における規定です。……最後に皆様に大事な伝達事項があります。それは、今大会の形式変更についてです」
瞬間、その言葉に皆不思議な表情を浮かべる。しかし、同時にそれが重要なことだというのは理解したのだろう。
静寂の再来。参加者の全神経が集まる中で、レミリアは言う。
「毎年、闘剣舞祭はトーナメント方式で行ってきました。しかし、先程も申しましたように今回は過去最多、七百名以上もの方が参加しております。この事実は嬉しい限りですが、一方でこれをひと組ずつ試合させていくとなると、流石に時間が足りません。中には、それだけ長引かせたい人もいるかもしれませんが」
それはある種の嫌味なのだろう。しかし、重要な点はそこではないため、レミリアもそれ以上の追求はなかった。
「失礼しました。話を元に戻しましょう。我々運営は今回の問題に対し、ある一つの答えを導きました。―――多いのなら少なくすればいい、と」
冷たい空気が闘技場内に吹く。
一瞬。そう、たった一瞬にして会場の空気が変化する。
「これから皆さんには、今、この場で戦闘を行ってもらいます。対戦相手はそう……周りにいる全員です」
ざわっ、とどよめきが走る。
唐突の言葉に会場のほとんどの者が動揺していた。無理もない。彼らは決闘をするつもりで来たのだ。それも、一対一の決闘を、だ。それを覆されたとなれば余裕がなくなるのは自然な流れと言えるだろう。中でも一対集団の闘いが苦手な者は特にだろう。
この中には毎年闘剣舞祭に出場している者もいるはず。そういった者達からしれみれば、傾向と対策が無駄になっている可能性だって大いにある。そういった意味での不満は少なからず存在した。聞いていない、唐突すぎだ、ふざけるな、横暴だ……等など。
不服の声が膨れ上がる中で、手が上がった。
「一つ、確認したいんだが」
それはアステリオスが見たことのある男……オルトのものだった。
オルトの一声によってざわついていた会場が一瞬にして静けさを取り戻した。完全に声が無くなった時点でレミリアは言う。
「何でしょう」
「これから互いにやり合うのは分かったんだが……そこら辺のルールとかあんのか? 制限時間とか、何人までとか」
「無論です。制限時間は半刻。それまでに残っていた方がトーナメント……本選に出場することが可能となります」
「ふーん。んじゃあよ」
不敵な笑みを浮かべるその表情は何かよからぬことを言いそうな予感があったのは気のせいだろうか。
「もし、それまでにここにいる全員をぶっ飛ばしたら、どうなるんだ?」
予感的中。
オルトの言葉に会場の者達は唖然としていた。中には敵意をむき出しにして睨みつける者もちらほらと見受けられる。
しかし、そんなものなど知るものかと言わんばかりのオルトに対し、レミリアは言う。
「当然、残った一人の方のみが本選に出場……そのまま優勝という形になります」
「なるほど……わかり易くて助かるぜ」
あいもかわらずの自信。自分が勝つということ信じて疑っていない。
しかし、オルトの言葉も事実だ。残った者が勝者。これほどまでに単純明快な闘いはないだろう。効率を考えてみれば運営側のやり方も間違ってはいない。
そして、もう一つ言えること。
この唐突な現状についていける対応力を持たない者に勝ち残ることはできない。
それを理解したのか、参加者のほとんどは己の武器に手をかける。いつでも準備万端。戦闘が始まるという空気を醸し出していた。ここにいるのは腕に覚えのある剣士達。もはや、闘いの形式について文句を言う者は誰もいない。
彼らが想うことはただ一つ。
勝つ。
必ず勝利を掴み取る。
そのためにここにいる。そのために剣を取る。
最強の称号を自らのものにするために。
そうして。
「運営側からの連絡は以上となります。こちらの長々とした説明にお付き合い下さりありがとうございました。それでは、早速予選……セレモニーの方を始めたいと思います」
その言葉と同時に会場に緊張が走る。一方で己の中に貯めていた闘気を今か今かと爆発させようとしている者も何人かいた。
そのある種の盛り上がりが頂点に達した時。
「それでは――――――闘剣舞祭、予選開始です」
最強の剣士を決める闘いの火蓋が今、切って下ろされた。
数時間後にまた投稿します。