第七話 闘剣舞祭
火曜日に投稿すると言ったな。あれは嘘だ。
……はい。すみません。自重します。
思ったよりも早く書けたので、投稿します。
風来坊との邂逅からひと月が経とうとしていた頃、未だ夏の暑さが居座りながらも、けれども幾分涼しさを感じる時期と同時にその時はやってきた。
闘剣舞祭。
クレスタ国最大の催し物であり、公式に認められている決闘。
元々は自国の戦士の実力を高めるための大会だった。しかし、建国から数百年間、一度足りとも優勝を逃さず連戦連勝をし続けてきた一族がある。
それがガーラント家。
彼らは門番その地位を守り続け、さらには国家の剣として名声を集めた。
その上で付けられた名前が『番剣』
今では番剣の名前を賭けて戦う大会になってしまっている。
けれどもそれはつまり、それだけ『番剣』という異名が重要であることを示唆していることでもあった。
この時を待っていた者は大勢いる。自らの力を世に知らしめたい者は無論、何かの目的がありながら挑戦する者、絶対に曲げられない信念の元でやってきた者等など……思惑、願い、渇望は様々ではあるものの、分かっていることが一つだけ存在していた。
今日、この場にいる剣士達は皆、番剣という異名を我が物にし、最強であることを証明するために立っているということ。最強、などという表現はあまりに稚拙であるが、しかしそれ故に大勢の物に理解されやすい。そして、剣士とは常に最強を目指す生き物なのだ。
何と愚か。何とも馬鹿馬鹿しい。
けれども、そんなことに命を賭けることができない者に剣士など務まるはずはない。ましてや、最強の剣士など。
故に、だ。
今のアステリオス・ガーラントにとって番剣という異名はあまりに不釣り合いなものだと言えるだろう。
「……、」
闘剣舞祭はクレスタ最大の円形闘技場で行われる。無論、観客は大勢だ。貴族と平民、どちらも剣士達の闘いを見ようと熱を上げている。ただし、観客席は別。闘技場を一目で見渡せる位置に貴族達は揃っていた。
そして、その中でも特別に区切られた場所にアステリオスの姿もある。アステリオスは当代の番剣として、そしてガーラント家の人間としてそこにいた。
当代の番剣として物珍しそうに見る人々。そんな彼らの視線を受けながらもアステリオスは無表情のまま席に座っていた。
「見てください。アステリオス様ですわ」
「あれが当代の番剣。流石というべきか、座っているだけでも空気が我々とは全く違いますな」
「先日も魔人共の討伐に一人で見事成功されたとか。いやはや、これは今年の番剣もあの方で決まりでしょう」
貴族達の話し声にしかしてアステリオスは反応しない。
いや……この場合はできない、と言った方が正しいか。
何せ内心というと。
(まずい……色んな人に見られてる。視線がどうしようもなく痛い……吐きそう……)
何とも軟弱なことに思考を巡らせることで精一杯なのだから。
今までガーラント家の屋敷外に出ることが極端に少なかったためか、これほどまでに大勢から視線を一身に受けるということはまずなかった。そして、それが予想以上に自分にとって精神的ダメージを与えることもまた想定外だった。
とそこへ。
「顔が優れないわね。何か変な物でも食べた?」
聞きなれた声に振り向くとそこには着飾ったジューダスの姿が。
知り合いが来たことにホッとするアステリオス……だったのだが、ジューダスの姿を見た瞬間、目が細くなる。
「……何を、してるんですか」
「いやぁねぇ。私は貴方の医者よ。貴方の傍にいるのは当然だと思うけど?」
確かにその通りなのだ。間違ってはいない。
だが、その女性物の姿はなんなのか。そしてどうしてそこまで似合っているのか。
問いただしたいことは山の如く。しかし、敢えてそれにツッコミを入れないのは、言えばややこしいことになると思ったから。
「それにしても今年もまた大勢いるわね」
「それは……観客のことですか?」
「それもあるけど、貴方にとって重要なのはあっちでしょう?」
ジューダスの指が示す方向。そこには何百もの剣士が揃っていた。
「クレスタ中の剣士がやってきてるわ。中には国外の人間も混じってはいるけれど」
「国外からも? それは……いいんですか?」
「別にクレスタの人間だけしか出られない、なんて決まりはないからね。ただ、やっぱり八割程度はクレスタの人間でしょうけれど」
しかし、それは逆に言えば二割は国外の人間である、という意味だ。この大会に参加するためにわざわざクレスタにやってきたというのは、よほどの自信があるのだろう。
と、アステリオスはふと先日の男を思い出す。彼もアステリオスと戦うためにやってきた、と言っていたが、国外の人間なのだろうか。
とはいえ、だ。
「本当に、多い。これを、トーナメント方式で、やるつもりなのでしょうか」
「ええ、毎年そうしてるわ。何せ、その方が大会が長引くでしょう?」
「? 大会が長引くと、何か、いいことでも?」
「まぁね。闘剣舞祭はある意味クレスタ最大のお祭り。祭りとなれば、人が集まる。人が集まれば、当然金が流れる。そして、その金は経済を回すことに繋がる。だから国お偉いさんは闘剣舞祭をできるだけ長引かせたいのよ」
それは理にかなったものであった。
しかし、アステリオスからしれみれば、それはあまり好ましくない展開。何せ、長引けば長引くほど、彼の精神的苦痛も長くなるのだから。
とは言っても、その逆であったとしてもまた困るのだが。
「そうそう、これは非公式なんだけど、誰が優勝するか、という賭けもあるそうよ」
「賭け事、ですか」
「あまり褒められたことではないけれど、仕方ないわよね。何せお祭り。どうしても熱くなっちゃくのが人間って生き物なのよ。それに、賭けに参加している貴族もいるみたいだし、それを分かってるからこそ上の連中も見て見ぬふりをしているわけ」
祭りという場所はある種特別な舞台。人にあらぬ興奮を持たせる。いつもなら絶対に買わない物を買ってしまったり、興味がないはずなのについつい手を出してしまう。そんな空気を漂わせる。
だからこそ、賭け事、などという非日常的なものが流行るのかもしれない。
「ちなみに、アリアドネは賭け率の人気で言うなら四位よ。まぁ、あの娘もあの娘で剣に関して言えば、かつての貴方程じゃないにしても相当人間離れしてるから」
「四位……」
それはアリアドネが人気であることを意味しているのと同時、彼女の上にまだ三人いるということでもあった。
アステリオスは彼女の実力をそれなりに知っている。いつも自分と剣を交える時は『手加減をしている』と理解するくらいには。
そんな彼女よりも強い人間がいる。驚くことではないかもしれないが、正直その事実はゾッとしない。
「先生。その、残りの三人というのは……」
言い終わる前に、巨大な鐘の音がアステリオスの言葉を遮る。開会の合図だ。
仕方がないと思いつつ、アステリオスは後で聞くことにした。
しかし。
その必要がないことを彼はすぐに知ることとなる。
今回は調子が良かったので、早めに投稿できました。
次こそ火曜日……かその前後に投稿します。