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第三話 欲無き青年

 運動することはいいことだ。

 誰が言ったかは知らないが、世間一般でいう健全な体をつくるのには最適なのだろう。食って飲んで寝る……それだけの生活を送ることよりも適度な運動をすることは大切なことなのはアステリオスも理解している。

 しかし、だ。

 過度な運動は逆に体を悪くするとも思っている。

 そう、例えば剣と剣を交えた鍛錬とか。


「せいッ」


 小さな少女が放つ一突きの刃。それが自らの懐に来る前にアステリオスは自らの剣で払いのける。素早い反応。常人では考えられない程の身のこなしだからこそできる芸当。

 しかし一方でその顔付きは険しかった。


「くっ……」


 苦虫を潰したような表情。しかしそれも無理はない。アステリオスはアリアドネの攻撃を捌いてはいるものの、逆に言えばそれだけだ。そこから先をさせてくれない。言ってしまえば攻撃ができていないのだ。どれだけ運動神経が良かろうと防御に徹するだけで精一杯。誰だって自分が思うように事が進まないとなれば表情が悪くなるのは当たり前。

 そして同時に。

 そんな状況の中で見えた光は追いたくなるというもの。

 アリアドネが再び突きを放とうとしたその時、足場にあった石に足を踏み外す。


「しまっ……」


 些細な、けれども大きな隙。

 この上ない好機はアステリオスが望んでいたものだった。彼女に一矢報いるには今しかない。

 決意した途端、剣を力強く握り締め、そのまま先へと突き進む。体制が崩れた状態で攻撃されれば流石に回避はできないはずだ……そう確信して。

 そんな、甘い考えが通用するわけがないというのに。


「――――かかりましたね」


 自らの剣の間合いに入った瞬間、白刃が下から襲いかかってくる。避けようと試みるもしかし攻撃に集中し、防御をすることを疎かにしてしまった。

 結果、アステリオスはアリアドネの攻撃に対し、どうすることもできない。

 白刃はそのままアステリオスの剣をなぎ払い、彼の手から弾き飛ばす。

 そして、それを取りに行く暇もないまま、眼前には自らの妹の剣先が突きつけられていた。


「勝負あり、です」

「……参りました」


 こうして、本日七回目の勝負もアリアドネの勝利で終わったのだった。


 *


「弱くなりすぎです」


 稽古終わりの妹からの一言はアステリオスの心を抉った。木陰で休憩を取りながらも、心の休憩はさせてはくれないらしい。


「……そこまではっきりと、いう程か」

「そこまではっきりという程、です。確かに身体能力の面ではずば抜けています。恐らくそこら辺の並の剣士ならば敗けることはないでしょう。ですが、名の知れた剣士、実力が備わった剣士相手には勝つことは難しい……いえ、はっきり言いましょう。無理です」


 断言されてしまった。

 しかし、実際そうなのだろう。アステリオスは防御に関してはアリアドネの剣にもついていけている。しかし一転して攻撃に回れば隙が生じ、先程のように負けてしまう。それは剣士としては決定的に欠けている部分だ。攻めることができないなど勝負にもならない。

 そしてアステリオスにはもう一つ、足りないものがある。


「そもそも……今の兄様には勝利への欲がないように思えます」

「勝利への……欲?」

「先程私と戦った時、兄様は本気で勝ちたいと思いましたか?」


 それは……と呟きつつも、それ以降の言葉がでてこない。

 そんな彼にアリアドネは続けて言う。


「たかが鍛錬……剣の稽古。そんなものに本気を出すなど面倒だと。自分が望んでいることではない、否応なしに戦っているだけだと」

「……そういう風に、見えたのか」

「少なくとも強くなろうとしている意思は感じられませんでした」


 これまた手厳しい言葉だった。そしてやはりというべきか、的確な言葉でもあった。

 記憶を失う前のアステリオスがどうだったかは知らない。だが、今、ここにいる自分は闘うことがあまり好きではない。自ら望んで苦しむ道を選ぶなど、考えられない。

 できることなら楽な道へ……そんな考えが頭のどこかにあるのは間違いがなかった。

 だからこそ戦いでの勝利、なんてものを本気で思っていなかったのかもしれない。


「……すまない」

「別に謝罪を求めているわけではありません。ただ、自覚をしていただきたいのです。貴方は当代の番剣。ガーラント家の未来を背負っている立場にいるのだと」


 アリアドネの言葉はアステリオスに更なる重石を与える。それはアステリオスにとっては責任であり、義務。理解はできていても、どうしても納得ができないのは、やはり記憶がないせいだろうか。まるで他人の責任や義務を押し付けられた……そんな気分になる。


「……まぁ記憶のない兄様にそんなことを言っても仕方のないことだとは思いますが……しかし『闘剣舞祭』も間近に迫っています。悠長なことを言っていられないこともご理解ください」

「分かっては……いる」


 そうだ。わかっているのだ。何故、アリアドネが自分にこうまで強く言うのかも。

 アステリオスの背中にはガーラント家の命運がかかっている。それを考えれば彼女がアステリオスに強くなるように発破をかけるのも理解できている。

 分かってはいる。理解はできている。

 ならばやることは一つだ。


「続きを、お願いする」

「はい。了解しました」


 そういうと、二人の稽古は再会される。

 その結果がどうなったのかは、あえて言わないでおこう。

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