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第二話 記憶喪失

『アステリオス・ガーラント』


 それが自分の名前……らしい。

 らしい、というのも、やはりその名前には聞き覚えはなく、少なくとも自分がそう呼ばれていた記憶はない。その事を伝えてきた人達が嘘を言っているようには見えなかった。そもそもにして彼らどころか、自分のことすら分からない自分に何が嘘で何が本当なのか、判別する手段はないわけだが。

 しかし、確かなことは、一つだけある。

 アステリオスは記憶喪失になった、ということだ。


「……本当に何も覚えていないのですか?」


 少女―――アリアドネ・ガーラントの言葉にアステリオスは頷くしかなかった。

 アステリオスの言葉に少々、というかかなりの衝撃を受けた彼女は少しの間、放心状態であった。今は何とか正気を取り戻し、アステリオスの前に机を返して座っているが、未だ疑いが捨てきれないと言わんばかりの溜息を吐く。


「……信じられません。兄様が記憶喪失になるだなんて……」


 その言葉にアステリオスは同意する。考えてみれば、自分の親類、ましてや兄がある日突然記憶喪失になりました、と言われ、はいそうですか、と納得ができる者などどれだけいるだろうか。

 信じられない、嘘である、どうせ悪戯か何かだ……そう思うのが自然な流れ。

 しかし、これはどうしようもない真実なのだから、仕方がない。


「けれど、魔人との戦いで胴体だけでなく、頭部もかなり損傷したと聞きました。もしかすれば、そのせいなのかもしれません」

「……質問があるんだが」

「はい? 何ですか」

「僕は……何故こんなことに?」


 それは起きてからずっと疑問に思っていたことだった。

 体中に巻き付いている包帯。そしてその原因となっている傷。これらがただの事故によってできたものではないのは明白。さらに言えばアリアドネは「魔人との戦いで」と言っていた。ならばこれが戦闘によってできた傷であるのは確かだろう。

 そして、これも彼女が言っていたことになぞるが、これだけの大怪我をしたせいでアステリオスは記憶を失ったと考えられる。

 しかし、彼の言葉にアリアドネはどこか不機嫌な顔付きになった。


「それを、私に言わせるのですか?」


 何か琴線に触れるような言葉をつぶやいてしまったらしい。

 ムッとなる表情は明らかに怒りを感じさせる。しかしその後すぐに冷静になったのか、息を吐きながら質問に答えた。


「……兄様は魔人達と一人で戦ったんです」

「魔人……?」

「……まさか、魔人のことまで忘れたというんですか?」


 そのまさかである。

 記憶喪失になっている自分の頭には魔人なる単語は存在していなかった。恐らくだが、そこら辺の知識もすっぽりと抜け落ちてしまっているのだろう。

 それを察してか、アリアドネはすぐさま魔人についての説明を始めた。


「魔人とは魔を司る者。人の形をした魔物です。その力は、人間など相手にもならない存在。一人で千人の戦士に匹敵するとも言われています。そして、その最大の理由は人間が失ったとされる『魔法』が使えるからです」

「魔法を……失った……?」

「……かつてこの世界では誰もが魔法を操れていたそうです。魔法……といっても、地方によっては呼び名は異なっていたとか。けれど、時代と共にそれらは消えてしまいました。結果、現在そういった魔法を使える人間はほぼいないとされていますが」


 そうなのか、と心の中で呟きながらもある点に気がかりな部分があった。


「使える人間はいない、ということは……」

「そうです。人間ではない存在……つまりは魔人達は未だ魔法を使用できます。もっとも、魔法と同じく、魔人の存在自体が近年では空想の産物とさえ言われていました」


 しかし、その空想の産物が現実の存在であることをこの国の人々は知ってしまった。

 約半年前。連中は突如としてこの国を攻めてきた。何故攻めてきたのか、どうしてこの国だったのか。その理由は一切わからないという。魔人達は交渉をするという概念を持ち合わせていなかったらしく、実際、たった数人の魔人達に対し、この国は数千、数万の兵で戦いを挑んだが、その尽くが惨敗した。

 まさしく魔人。怪物と言っても過言ではなかった。

 しかし、その事実はアステリオスに少しばかり、否、大きな衝撃を与えた。


「少し、待って欲しい。そんな連中と僕は一人で戦ったと……?」

「ええそうです。信じがたいことですが、事実です」


 それは確かに信じがたい。

 魔人は一人で千の戦士に匹敵する。その魔人を複数相手に自分は一人で戦いに挑んだ。これは馬鹿だと言われても反論できない。

 アリアドネは無謀な戦いだと言っていた。そしてその言葉は正しい。同時に疑問も浮上する。


「どうして……僕はそんなことを。そもそも何故生きている?」


 それは当然の疑念だった。

 相手は一騎当千の怪物。それも複数だ。そんな連中をわざわざ相手取る理由は一体如何なるものなのか。

 そして不思議といえば、傷だらけとは言え自分はこうして今、息を吸い、体を動かしている事実。アリアドネの話から察するにこうして誰かと話すこと自体が奇跡ではないだろうか。

 生きているというのに、そのことに対して疑いを持ってしまうアステリオスにアリアドネは言う。


「何故、兄様が生きているのか。その詳細な事実は私には分かりません。ただ、兄様はこの国で最強の異名『番剣』を持つ剣士。いずれは連中と闘うことにはなっていたでしょう。実際、兄様が魔人達と戦った後、連中は忽然と姿を消しました。死んだのか、はたまた逃げたのか……どちらか分かりませんが、兄様のおかげでこの国は救われたと言っていいでしょう……まぁだとしても愚かな行為であったことは変わりありませんが」


 刺々しい指摘に頭が上がらない。

 しかしここでまた気になる単語が出てきた。


「番剣……?」

「この鉄壁の国『クレスタ』で最強の剣士に送られる称号です。そして我がガーラント家は建国以来、その名をずっと継承し続けてきました」


 建国以来ずっと、と彼女は言った。この国……クレスタが建国してどれだけの年月があるのか、アステリオスには分からないが、しかしそれでも継承し続けてきたと断言するということは、それだけの実力がガーラント家にはあるということだろう。

 しかし、そこでアリアドネの表情が曇り始めた。


「けれど、これは少し……いいえ、かなりまずい状況です」

「……というと?」

「近日行われる大会『闘剣舞祭』。その優勝者は番剣の称号を賭けて当代の番剣と闘う権利が与えられます。そして、それに勝利すればその者は次代の番剣になれるわけです」

「……それで?」

「ガーラント家は良くも悪くも番剣という異名と共にあるようなもの。それを他の者に剥奪されるとなれば、名声や地位は地に落ちると等しいこと。そうなればガーラント家は没落……最悪の場合、我々は行き場を失います」

「……つまり?」


 何か、嫌な予感がする。

 奇妙な汗を流れ出すアステリオスに対し、アリアドネは断言する。


「兄様が闘剣舞祭の優勝者に勝利しなければ、ガーラント家は潰れかねない、ということです」


 重大な真実を前に、アステリオスは意識を失いかけたのだった。

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