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第一話 目が覚めると

 目を開くと見知らぬ天井が広がっていた。

 そんなどこかで聞いたような言葉を頭の中で考えながら彼は覚醒する。


「ここ、は……」


 上半身を起こしながら周囲を見渡す。どうやら自分はベットで寝ていたようだ。周りには豪華な装飾が施された家具や壁があり、一見してどこかの屋敷であることは理解できる。

 しかし一方で不思議なことは、この場所に見覚えがない、という点。自分が寝ていた場所だというのに覚えていないというのは何とも奇妙な話だ。誰かが運んでくれた、というのが一番しっくりくる答えだが、そこでさらなる疑問が浮上する。


「っというか……僕は、誰?」


 自分の名前が分からない。

 決定的な、そして壊滅的な事実であった。

 自分が何者なのか、それが全く理解できていなかった。名前だけではない。年齢や出身、目覚める前までは何をしていたのか、そもそもにして自分はどこの誰なのか。

 どこに住んでいたのかも、昨日やその前、一週間前、一年前、五年前……何をしていたのか。家族や友人のこと、大切な人がいたことさえ。

 分からない。分からない。分からない。

 状況どころか自分のことすら思い出せない異常事態。だというのに驚きはない。だが冷静、というわけでもない。

 わからないことが多すぎて感覚が麻痺してしまっている。そのせいで現状に恐怖を感じることすらできなくなっているのだ。

 ふとベットの隣にあった姿見を発見する。

 柔らかい布団から抜け出し、そちらへと歩こうとすると、全身に痛みが走った。


「いっ……」


 何事かと見てみると、自分の全身が包帯で巻かれていることに気がつく。怪我……それもかなりの大怪我なのだろう。医術の知識がなくても包帯の数や場所でそれくらいは理解できた。それと同時におかしな点にも気づく。

 痛みが全身に走ったものの、見た目程のものではない、ということだ。

 少なくとも十数カ所に傷を負っているというのに、ベットの上から降りられる程度の痛みであるはずがない。

 身体の異変に疑問を抱きながらも彼は姿見の前に立った。


「……格好良い」


 そこに写っていたのは顔立ちが整った紫色の長髪の青年。年齢は二十代前半というところか。身長もそれなりにあり、体つきも細くけれどもしっかりとした肉体が出来上がっている。

 先程の陳腐な言葉はしかして端的に表現するには丁度いいものだろう。それを自分の姿に対して言うのは自意識過剰というべきだが、別にそんなつもりで口にしたわけではない。

 確かに目の前の鏡に映る自分の姿は格好良い。しかし、それがどうしても自分自身のものだとは思えないのだ。矛盾した思考だが、何故かその表現がしっくるくる。自分のことなのに、どこか他人事のように感じるのだ。

 こうして手を当て、肌に触れながら確認しても実感が沸かない。

 などと自分の身体を確認していると。


 コンコン。


「失礼しま……」


 ノックと同時にドアから入ってきたのは腰に剣を携える少女。

 背丈は自分の首元くらいだろうか。くせっ毛が強そうな紫色の髪は、何とか整えようとしている努力は見えるものの、くせが取りきれていない。半分しか開けられていなかった瞳はしかしこちらを見た途端に驚愕と言わんばかりに見開いた。


「兄、様……?」


 信じられない……そんなことを言いたいが如き表情。彼女にとって自分がこうして立っていること事態が驚きなのだろう。もしも彼女が自分と知り合いで、この怪我の有様を見ればそう考えるのは自然というべきか。

 未だ現実だと受けきれていない少女は詰め寄ってぺたぺたと触りながら確認してくる。


「本当に、兄様なんですか……? もう動いても平気なんですか。っというか、怪我の方は、傷はもう癒えているんですか。いいえ、癒えていたとしても急に動いたりしたら傷口が広がってしまうじゃないですか。馬鹿なんですか? 馬鹿なんですか?」

「……えっと……」

「そもそもです。兄様は何を考えて『魔人』などと戦ったのですか。確かに兄様の使命はこの家、ひいてこの国の守護であり、それが『番剣』としての勤めなのは重々承知しています。しかし、しかしですっ。それでもたった一人であの魔人達に戦いを挑もうなどと、傲慢にも程があります。奢りが過ぎるというものじゃないですか!?」

「いや……」

「わたくしとて、兄様の実力は知っています。この国の誰も貴方に勝てないのは理解しています。それでも……それでも、無謀な戦いだとは思わなかったのですか……?」

「……、」


 心配からの怒り。そして怒りからの心配……彼女が言っていることのほとんどが意味不明であり、理解不能ではあったが、しかしそれでも彼女が本気で怒り、本気で心配してくれていたことを身に染みて理解した。

 だからこそ。


「……ごめん」


 不意にそんな言葉が口から出てきた。

 何に対しての言葉なのか。記憶にはない自分がやらかしたことへの謝罪か。

 それとも。

 これから自分が言うべきことへの罪悪感からか。

 どちらにしても、自分が言うべきことは変わらない。


「……一つ、聞きたいことがあるんだが……」

「……兄様?」


 その言葉に何かしらの違和感を覚えたのだろうか。少女は不安げな表情を浮かべる。

 そんな彼女に対し、苦笑しながら彼は言う。


「僕は………一体誰なんだ?」


 瞬間、少女は呆然と言わんばかりの顔付きのままその場に立ち尽くしていた。

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