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第十話 鉄傑と斬気使い

再び遅れてすみません!

「―――これは、まずいわね」


 焦りを混じえたジューダスの言葉。それはアリアドネの前に現れた強敵の出現に対してのものだというのはアステリオスにも理解できた。しかも、ただの強敵ではない。一人はあのオルトを吹き飛ばし、一人はどうやってか何十人もの剣士を無傷のまま倒してしまっている。

 その事実が告げている。あの二人もオルトと同じくらいの実力者であると。

 そして、そのことから察するに。


「先生。あの二人はまさか……」

「ええ。ケイロン・マルケニクスとカーミラ・ヴィッテンブルド。さっき言っていた優勝候補の残り二人よ」


 悪い予感的中。しかし、だからこそ納得してしまった。二人から感じる空気はオルトのものと同等のものだ。特に老人の方は鋭くまるで刃物を突きつけられているかのよう。一方の甲冑の女性は鉄壁の守りであるかのようにまるで隙が見当たらない。

 矛と盾。あの二人を表現するのなら、その言葉が一番しっくりくるだろう。

 序盤から優勝候補同士のぶつかり合い。この状況を一体誰が予想できただろうか。本来のトーナメント方式ならばこんなことは絶対に有り得なかった。それがこういった総当たりの戦闘になったからこそ、いずれ戦うべき相手を一番最初に潰しておく。その考えは間違えではないし、ある意味においては自然な流れとも言えるだろう。

 あれは強敵だから、勝てない相手だから戦わずにいよう……そんな気概ではそもそもにして勝利することなど不可能。

 己の力を信じている者だからこそできる判断だ。


「それにしても、これは予想外の展開ね。大会側も初戦から彼らがぶつかるとは思ってなかったんじゃない? というか、このままだとちょっとまずいことになりかねない」

「アリアドネの、ことですか」


 確かに。三人は手を組んでいるわけではないが、しかし同時に戦うとなればアリアドネは圧倒的に不利といえよう。

 けれどもジューダスはうーん、と唸りながら返答する。


「それもあるけれど、私は正直そこまであの娘の心配はしてないわ。さっきも言ったけど、彼女は彼女なりに人間離れしてるから……私が心配しているのは、あの連中が戦った時の余波よ」

「余波?」

「さっきのオルトの攻撃を見たでしょう? あの馬鹿げた剣戟を恐らくだけれど、他の二人も同等を何かを持ってると思うわ。そんな連中がこんな乱戦状態の中でぶつかれば、どうなると思う?」

「……周りに被害が出る可能性がある」

「そう。まぁ出場者に関して言えばそれは自己責任だってことは大会が始まる前から言われてることだし、それは別にいいんだけど……」


 歯切れの無い言葉の後にジューダスは続けて言う。


「もしかすれば、本当にこの戦いだけで勝負が決まってしまうかもね」


 *


 ドンッ、という衝撃と共にコロッセオの壁が一部吹き飛んだ。


「痛ってぇなぁ、オイ」


 土煙の中から現れたオルトはそんな言葉を吐きつつも依然としてどこも怪我をしたようには見えなかった。

 首の骨を鳴らしながら歩くその姿は、先程の拳の一撃がまるで無かったかのように見えてしまう。


「油断、油断ねぇ。確かにそうだな。あんまりにも雑魚しかいねぇからちょいと調子に乗っちまったよ。俺の悪い癖だ。だが……それにしたって今の一発はすげぇなおい。全く無駄のない間合いにタイミング。正直惚れ惚れしちまったぞ」


 自分を攻撃してきた相手に、しかしてオルトはどこか感謝しているような顔付きであった。

 まるでよくぞやってくれた、と。予想外の出来事に感動した、と。

 それは決して自分に敵対している相手に送るような感情ではないだろう。しかし、ここにいる男は普通の尺度では測れない規格外の人物なのだ。


「闘剣舞祭は剣が主な武器……だが、剣だけが武器じゃねぇ。それを忘れてたよ。だがよぉ、まさか初撃で鉄拳ぶちかましてくるとは思わねぇだろ……っと、あんた名前は?」

「カーミラ・ヴィッテンブルドだ」


 笑みに対するは一辺倒もしない無表情。いや、感情がないというよりは、どこか冷たげな印象を受けるその表情は氷のようだった。


「本来、貴様のような輩に名乗る道理はないのだが、しかしこれも戦場の掟。遺憾ではあるが、それに習うのが筋というものだろう。実質、貴様の在り方は気に食わんが、しかし実力は相当なものなのだろう」


 言いながらカーミラは右手に視線を移す。


「あの一撃を受けてもまだ尚立つどころか、平然としているとはな。これでも殺すつもりで放ったんだが。未だ練度が足りなかった、ということか」


 淡々と話すカーミラの言葉に驚きはない。彼女からしてみれば、この結果は「力が足りなかった。それだけのこと」という何とも端的な結論なのだろう。故にもっと踏み込みを、胆力を、速度を上げればいいだけの話で、別段恐ろしいことではないのだ。

 強者である。それは認める。だが、勝てない相手、ということでは決してない。その事実さえ分かっていれば、カーミラにとって何の問題もない。

 そして、更なる一撃を放とうとしたその時。


 ズシンッ、と何か鋭利なものがカーミラ、オルト、アイラドネに襲いかかった。


 それはまるで斬撃のような感覚。鋭い刃が自分達の身体をすり抜けたかのような悪寒。唐突に訪れた謎の冷気に一同は目を見開く。

 そして。


「ほう。今のを耐えるか。流石、というべきかな」


 元凶であろう老人が言い放つ。


「三の斬気を食らっても意識を保つとは、君らは相当の使い手ということだろうなぁ。いやはや、この大会に出場するものは化物ぞろいということか」

「……今、何をしたのですか」


 身体の震えを意識的に止めながら問いかけるアリアドネに対し、老人―――ケイロンは答える。


「何、別段特殊なことはしていないさ。ただ、少々変わった殺気を放ったに過ぎんよ。まぁ、普通の人間がまともに受ければどうなるかは、後ろを見てもらえればわかると思うがのう」


 その言葉と同時にアリアドネはケイロンの後ろにいた剣士達が無傷の状態で倒れている理由を悟った。なるほど、確かに今のをまともにくらってしまえば、並みの人間ならば意識を失うのは当然。現にここにいる三人ですら、意識を一瞬もっていかれたのだ。

 剣を抜いてすらいないというのに、殺気だけでここの者達を驚愕させる力。

 この老人もやはりただものではなかった。


「―――殺気で相手を昏倒させる。貴殿が噂の『斬気使い』か。なるほど、噂に違わない……いや、噂以上の曲者だな」

「それはどうも、『鉄傑』カーミラ・ヴィッテンブルド殿。いやはや、流石ですな。先程のような一撃、この老体であれば確実に死んでいたでしょう。若い者は恐ろしい限りだ」

「抜かせ老体。心にも思っていないことを口にするものではない。そんなことをいう程、貴殿はやわな人間ではあるまい」

「はっはっはっ。それは少々過大評価ではありませんかな?」

「正当な評価だ。そして、だからどうした、という話でもある」


 言うとカーミラは今まで収めていた自らの剣を抜く。何の変哲もない剣。長くも短くもないそれは、しかして彼女が持つだけでまるで何者も防ぐことのできない名剣のように映る。


「例え貴殿がどれだけの実力を持とうが関係ない。結果は私の勝利。それだけだ」

「―――それは、聞き捨てならねぇな」


 達人と呼ぶに相応しい二人の会話に怪物が割って入る。


「悪いが、優勝するのは俺だ。こいつは誰にも譲れねぇよ」

「それはこちらとしても同じだ。老体の身ではあるが、しかしこの中の誰よりも強いという自信はあるのでね」

「ほざくな。勝つのは私であり、これは決定事項だ」


 それぞれの言葉が言い終わったと同時、全員の刃が抜かれようとした。

 その時である。


「全く、どなたも勘違いなさってませんか?」


 巨大な暴風。絶対なる鉄拳。静寂な斬気。

 その三つの力の前に、一人の少女が割り込む。

 それはほんの小さな刃。他の三つに比べてしまえば、か細く、すぐにでも折れてしまうのではないかと思ってしまう程のもの。

 けれど、そこには確固たる意思が、決意があった。


「『番剣』アステリオス・ガーラントと戦うのはあなた方ではありません。私なのですから」


 その言葉に偽りがないことをここにいる誰もが理解した。

 そして同時に三人が見せたのは笑み。

 もはや、確かめる必要はない。何かを語る必要はない。

 そもそも自分達は剣士だ。ならば、言葉を交わすことよりももっと簡単な方法がある。

 ならば、それをやるだけだ。

 そうして、次の瞬間。

 四つの刃が激突する。

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