雷神
これは作り話であると前置きしておく。
幼少時、5〜6歳くらいの年齢だろうか。私は奇妙な物を見た。
近所にある神社は、御神職の方は常駐していないものの、ちょっとした広さの境内があり、夏休みのラジオ体操会場や子供会の行事などで頻繁に利用されている、わりとしっかりした神社だった。
石で造られた鳥居を入ると、左手に子供会などで利用している建物があり、右手には石碑と御神木がある。少し奥には、左手の建物の陰に滑り台、右手にはブランコがあり、公園のように子供たちの遊び場として開放されていた。
境内の一番奥には社殿があるのだが、それがまた妙な配置だった。中央にある大きめの社殿の左右に小さな社が配置されており、またその中央の社殿の前には、石で造られた灯籠が一対置かれていた。何が妙かというと、通常は入り口である鳥居と主祭神を祀る中央の社殿は一直線で結ばれるはずであるのに対し、この神社では鳥居から伸ばした線が、中央社殿から少しずれた、向かって右側の灯籠に中るという点である。
私はその奇妙な神社が好きで、幼稚園に入る前からしばしば遊びに行っては、その奇妙な謎を解くべく夢想し探索していた。
ある日の夕方、私は遊び疲れて中央社殿の賽銭箱の前の階段に座り、夕日を見ながら軸のずれを考察していた。知恵熱でも出したか気分が悪くなってきたので、帰ろうとした時にある物を見た。
それは、灯籠の陰にべったりとくっついて七色に光りながらウゾウゾと芋虫や蛞蝓のように蠢いていた。全体的に白〜黄色で、まだらにグラデーションをつけながら赤青緑橙などさまざまな色に変化しながら、灯籠の日陰側、社殿を向いた面を這い回っていた。大きさは、伸縮するため定かではないが、最長20cm、太さ直径5cmくらいだろうか。
私はヒルではないかと思い、血を吸われないよう踏み潰すため、小枝を拾って地面に落とそうと試みた。その奇妙な何かは、枝で突いても灯籠にへばりついたまま、ウゾウゾと動き続け、アゲハ蝶の幼虫のように奇妙な甘い匂いを出し始めた。私はそもそも悪かった気分がその匂いで一層悪化したため、駆除を諦めて家路についた。
翌日、祖母を連れて見に来たところ、影も形も甘い匂いも、痕跡は一切残っていなかった。
その後、私は2回ほど、あの甘い匂いを嗅いだ事がある。曽祖父と曽祖母がそれぞれ亡くなる数日前から葬儀後数日の間、曽祖父母が住む家の周囲に漂っていたのである。あの奇妙な何かを思い出して探してみたが、それはどこにも見つからなかった。
今あの神社をふと思い出して調べてみたところ、祭神は速玉之男命、事解之男命、そして伊邪那美神だそうだ。……この三柱の組み合わせで、伊奘諾ではなく、伊邪那美を祀るあの神社はいったい……。