『時代劇・アンド・ハイライト』
漂流している
流れるまま
空をみながら
とこしえなんて幻想で
このまま沈めば
全てが終わる
深く、ぼんやり、物憂げに
ただただ空を
眺めてる
「時は侍がいなくなって間もない時代、貧しい村の貧しい家族が借金の肩に娘をとられようとしていた!そこにあらわれたサトー・イチという流れ者。よくわかんないけどその娘を守るため、悪人達へ立ち向かっていく!」
監督が叫ぶ!いつもの即興演技開始だ。
この間の『ミュージカル映画』も結局やめてしまったらしく、今日は『時代劇映画』を撮るため、僕達に即興演技をせがむ。
今度はマジだろうな?汗臭い監督よ。
「響!君はサトー・イチ!サトー・イチは、目が・・」
なるほど、目が見えない設定だな。
「見える!」
監督!!
それは言わきゃならないことか!?
まぁいい。僕は瞑りかけた目を開いた。
「サトー・イチは、高利貸しに騙された家族、そこの可憐な娘を守りたい一心で、単身悪党のいるところへ向かっていく!俯きがちにゆっくりと歩くその姿には、どこかしら近寄りがたい鋭さが感じられる。サトー・イチは着古した着物、雪駄に、一本の刀という出で立ち。そして実は耳が!」
耳が聞こえない設定か!
「耳が、耳がいつもそばにいる!」
監督ぅぅぅ!!!なんだそれは!!!
という事で、意味がわかんないので無視することに決めた。
「おっと!サトー・イチの前に100人の男たちが立ちはだかった。そうか、悪党はサトー・イチが自分のもとに向かってきていることに気づいた。それで手下を送りこんだのだ。サトー・イチ、静かに、そしてどこか余裕な様子で言葉を呟く!」
「なんだおめぇたちは・・へっ・・おいらを殺しにきたのかい・・そこをどきな」
「しかし悪党たち、どかない!悪党の一人がこう言った『あんたサトー・イチさんだね、悪いがどけないよ。ここでお陀仏といこうか』サトー・イチ、ゆっくりと刀を抜く!そして!そして100人切りだ!いけ!サトー!」
「いやぁぁぁあ!!」僕は叫び、木刀を振り回しはじめた。
「たくさんの男たち、刀で迫ってくる!切って!切って!切りまくれ!」
僕は切って!切って!切りまくる!いつものコミュニティセンターの一室、誰も向かってくる人間などいないけど、そこに人がいるような体で。
「カキン!カキン!」刀がぶつかる音も自分の口で表現する。
「ズバズバ!ズバズバズバ!」という人が切れる音も自分の口で。
もしかしたら僕は、効果音を出す仕事の方が向いてるのかもしれない。
そんな錯覚に陥りさえした。
「ズバズバ!カキンカキン!ズバズバ!カキンカキン・・」
疲れてきた。
「サトー・イチ!まだまだ敵はたくさんいるぞ!おっ!次の敵は銃を持ってる!どうする!サトー!」
監督の指示で、刀を扇風機の羽のように回す。
「カンカンカンカン!」
銃弾を、回す刀ではじく音。もちろん口で言ってます。
サトー・イチは神だ。
そうだ神なんだ!僕は俄然やる気になってきた。
もっと切って!切って!切りまくってやる!
「よし!もういい!もうあきた!100人切ったことにしよう!」
そうですか。わかりました。
僕は刀を鞘にしまう演技をしてみせた。
「そして悪党のボスのもとにたどり着いたイチ!悪党役はもちろん透!」
まぁそうだろう。透だろうよ。
この部屋には、他に透としおりちゃんしかいねぇもんな。
「とうとうきたかサトー・イチ」
「あんたが悪党のボスさんかい。悪いけどしおりちゃんは渡さねぇよ」
「ハッハッハ!サトーさんよ。借りた金を返せなかったら、その分働いて返してもらわなきゃならん。それは当たり前だろ?」
「なんだよ、皿洗いでもさせようってのかい?」
「ハッハッハ!冗談はさ、さっきやってた誰もいないのに100人切りの真似だけにしてくれよ」
ん?透、いまなんて言った?ん?
「すげぇ滑稽だったぜ!」
と透が言った瞬間、僕は透の頭頂部を木刀で殴っていた。
倒れていく透。それをただ眺めている僕。
スローモーションなのは出会いだけではない。別れの方もスローモーションだ。
昭和のヒット曲に、僕は心で言った。
気絶している透。監督が戸惑いながら言葉を発する。
「あれ・・大丈夫?・・まぁ・・まぁいいか。それよりも・・しおりちゃんいってみようか!よし!気を取り直して、しおりちゃん登場!」
「サトーさん!」
僕は振り向かず、背中で演技をする。
「有難うサトーさん!あなたのおかげで私の家、借金踏み倒すことができた!ほんとによかったわ!返せないからどうしようかって思ってたの。ほんとよかった借金踏み倒すことができた!万歳!」
「いいってことさ」
ほんと、いいってことさ。なんかほんと、正義ってほんとなんだろうね、しおりちゃん。
「じゃあおいらは行くよ」僕は振り向かず歩き出す。
「そうだ!そうだサトー・イチ。そこであれをやるんだサトー・イチ。悲哀のこもった表情で。さぁサトー・イチ、あれをみせてみろ!」
わかってる。わかってるよ監督。ここであれをやるんだね。やっとあれの時間か。あれがやりたくて、ずっとうずうずしてたんだ。
僕は悲哀のこもった表情で、監督をみた。
『あれってなによ?』
そんな表情もこめながら。
「さぁ、あれでしめろ!さぁはやく!」
ちきしょうぉぉぉ!もうやけくそだ!
僕は大声で叫んだ!
「モコミチ!」
直立不動、いい顔で。歯をみせて、いい顔で。
「なんだそれは!なんで流れ者のサトーがモコミチ知ってんだよ馬鹿野郎!」
「あ、そうですよね」と僕。
「ほんとすみませんでした」
「わかりゃあいいよ。じゃああれやって、あれ。ガチョーンってやつ。ガチョーンって」
なるほど監督、ここで『ガチョーン』やればよかったんですね。
僕は頷き、すぐにそれを実行する。
大声で、迷いなく。
「ガチョーン!!!」
「よし!素晴らしい演技だった!早速帰って検討するぞ!待ってろよ響くん!」
そう言って部屋を出ていく監督。
取り残された部屋、僕は『ガチョーン』の余韻に浸りながら思った。
これは、コメディ時代劇映画なのか?
いずれにせよ。
早くもっと、サトー・イチを演じたい。
漂流している
流れるまま
空をみながら
とこしえなんてないなんて
思い上がりもいいとこだ
変わりなんていくらでも
生きてる意味などそんなもの
馬鹿馬鹿しいにも程がある
残酷で
果てしないブルー
目をつぶっても
呼吸をやめても
続いてく
馬鹿野郎