『ミュージカル・アンド・ハイライト』
吐きそうな程に退屈な日々
吐かずに我慢してるから
胸焼けがずっと続いてる
何をしてもなおんねぇだろうから
慢性的だと開きなおった
これが普通だ
これが当たり前だ
そうやって
覚悟を決めた
「盗んだバイク♪盗んだバイク♪・・」
僕はそう繰り返し歌いながら、リズムにあわせて指を鳴らす。
「盗んだバイク♪盗んだバイク♪」
「そう!もっと悪そうに!もっと険しく!」
監督が叫ぶ。
僕は更に強く眉間に皺をよせ、同じようにこちらを睨み付ける透を見据えた。
「盗んだバイク♪盗んだバイク♪」
僕は一体なにをしてるのか?
僕は今日も四角い部屋、一方の壁が硝子張りな事以外、味気ない一室で、舞台の稽古に励んでいた。
するとそこに、黒沢監督がやってきたのだ。
「この間の探偵映画、撮るのをやめにした!しかしがっかりしないでくれ。ミュージカル映画を撮ることに決めたんだ。そこで君の力量を計りたい!また即興演技を見せてくれ!」
ということで、この様子だ。
「透くん!君もなにか歌うんだ!鋭く尖ったナイフのような言葉を!」監督が熱くなる!
「サバイバルナイフ♪サバイバルナイフ♪・・」
そう歌いながら指を鳴らす透。
なんだそれは?サバイバルナイフって、そのまんまじゃねぇか。
「サバイボーナイフ♪サバイボーナイフ♪」
死にやがれ馬鹿野郎。
僕は内心、透の言葉の知らなさに辟易しながら、
「盗んだバイク♪盗んだバイク♪」と指を鳴らし、歌い続ける。
「いいぞいいぞ!そこでしおりちゃんの登場だ!ふたりの不良は君の心を掴みたくて争ってる!魅力的に頼むよ!」
にらみ合う僕らの間に谷しおりが飛び込んできた。
素敵だ。今日も素敵だ。例えピンクのジャージズボンに白いティーシャツ姿でも、僕には天使の衣装にしか見えない。
好きだ。好きだしおり。
「あ~あ~♪」しおりが歌いだす。その声はまるで人魚の歌声。僕は深い海のそこへと誘われ、微笑みながら静かに呼吸をやめる。そんな幻を見た。
「あなたたちぃ~もうわたしの為に争うのはやめて~っ♪あの頃砂場で遊びあった笑顔を思い出して~っ♪あとあの春の事覚えてる~?3人でお花見をしたときのことぉ~♪おいしいお酒で盛り上がって~楽しかったわぁ~♪だからもう喧嘩をやめて~♪それとあの夏のこと~・・」
「長い!長いけど凄い!凄いよしおりちゃん!」
監督が歌を遮る。
いや、本当に凄かった。いつまで続くんだ。そう思ったよ。
「しおりちゃん!でも違う!君は二人の男のどちらも選べないような悪女だ!もっと悪女に魅力的に!」監督の熱い指示を受け、しおりが続ける。
「くっせえ男ども~♪本当にくっせえな馬鹿野郎が~♪気持ちわりぃんだよ~ふたりとも~♪でも~♪どっちも好き~選べない~♪うぅいぇ~い♪」
凄い!凄いよしおりちゃん!凄い傷ついたよしおりちゃん!まじ、帰りてぇよ!
「さぁそこで透くん!しおりちゃんへの愛!響くんへの対抗心を歌え!渡すもんか!渡すもんか!いけ!」監督の叫び。
「おれはしおりちゃんを愛してる~♪響てめぇに渡すもんか~♪」
なんだそれは。大根役者め。
「いよぉぉぉぉし!透!そこで響を刺せ!」
「うぉぉぉぉあ!」という怒声。透がナイフを持った仕草で、こちらに向かってくる。
「そこでしおりちゃん!響をかばって刺される!」
しおりが僕の前にでた。
透のナイフがしおりに刺さる演技。
透がしおりに抱きついたような形。
マジ離れろよ。てめぇ、なにやってんだよ。しおりに触んなよ。マジ殺すぞ。
「悲しみの響!倒れていくしおり!なんてこったと頭を抱える透が歌う!」
「なんてこったぁ~♪」
そのまんまじゃねぇか!やめちまえ馬鹿野郎!
「よし!ここでついに響の歌だ!たっぷり悲哀をこめていけよ~!よし、いけ!響!go!」
僕は目をつぶる。短くて長い人生の中、たっぷりと堪った悲しみを、いま解き放つ。
「おまいがー♪おーまいがー♪ジーザス♪釈迦釈迦♪俺の大事なマイガール♪マイがー♪」
「ちょ、まじ意味わかんね」と透。
「うるせー♪我慢ならねー!ぶっころしてやるー♪」
もう本当マジぶっころしてやる。こいつだけは許せねぇ。僕は苦虫を噛み潰したような表情で、透を睨み付ける。
「おっ!その顔!真に迫ってるぞ響!よし!いけ!いまだ!あれをだせ!」監督の声に力が入る。
そうか!ついにあれをだすときだな!よし、あれだな。わかってる。あれだろ?あれ。そうだよね、監督。あれの時ですよね。
僕は監督を直視した。
『あれってなに?』って表情で。
それに気づいたかどうかはさだかではないが、監督が叫んだ!
「あれだ!はやくいけ!」
ちきしょう!馬鹿監督!
「くらえ!目から光線だ!びびびびびー!」
これだろ?これだよね、かんと・・。
「なんで人間が目から光線だすんだよ!馬鹿野郎!素手で殴るに決まってんじゃねぇか!」
あ、そっちね。僕はなにもなかったかのように、透に向かっていく。
そして腕を振った。本気で殴ろうとしたが交わされた。もう、死にたいくらいに切なくて、涙が出た。
で、ついアドリブが出てしまった。
「もう~♪彼女がいない世界なんて生きていてもしかたない~♪俺は死ぬ~♪もしも生まれ変われるならばぁ~透とおなじ空気は吸いたくない~♪」
そう歌って、ポケットからナイフを取り出す仕草。そのまま自らの腹に刺す演技を披露した。
崩れていく体。せめて最後はしおりに重なりたい。
ふらふらと、倒れているしおりの方に向かう。
そして重なろうとした刹那!
「素晴らしい!さぁみんな立ち上がって歌いながら観客に挨拶を!」
監督の声で立ち上がるしおり。満面の笑み。
透も笑っている。
そしてなぜか僕も笑い、踊る。
監督が僕らを紹介する。
「不良その1、透くん!」
透が歌う。
「サバイボーナイフ♪サバイボーナイフ♪」
指を鳴らしながら。
「マドンナ!しおりちゃん!」
「サバイボーナイフ♪サバイボーナイフ♪」
しおりが歌いながら指を鳴らす。
いやほんと、いや、なんで?
「そして主役は!響くん!」
「サバイボーナイフ♪サバイボーナイフ♪」
僕は涙しながら歌った。
指が折れそうなくらいに鳴らしまくってやったから、指なくなっちゃうかもしんないぜ。
「そして監督はこの私、黒沢でした!有難う!」
観客のいない室内で頭を下げる僕達。
なんだろう、捕まってもいいから人を殺めたい。
そんな衝動が沸き上がる。
そんなミュージカル映画が出来そうだ。
早く撮影がしたいぜ。
吐きそうな程に退屈な日々
上等だ
生きていける
吐きそうな程に退屈な日々
望むところだ
戦える
そうやって、そうやって抗っていこう
絶対に
負けちゃいけないんだって