『探偵・アンド・ハイライト』
まだ戦い続けるつもりなのか
そんな体で、そんな心で
果てしない荒野の暗闇を
黄金色に輝く月に向かい
たった一人で
ずっと一人で
「素晴らしいわ、今日も素晴らしいわ、響さん」
拍手をしながら向かってくる、谷しおり27歳。彼女は僕がいる『劇団ハイライト』の劇団員。僕達は今、いつもの稽古場で二人きり、演劇の稽古をしている最中だ。
僕らの劇団はとても小さな劇団で、世間的な知名度もまるでない弱小劇団だ。
だから稽古場と言っても、コミュニティーセンターの一室を借りて、週に何度か稽古をしているといったところだ。
この稽古場は、一方の壁一面がガラス張りになっていて、他は白い壁。部屋の真ん中あたりに設置した木製の長い簡易テーブルと、パイプ椅子以外はなにもない。
谷はピンクのジャージズボンに、白いTシャツ。お団子に纏めた髪があどけない顔によく似合う。
僕は照れ隠しで俯いて、小さく「有難う」と礼を言った。
「この間の舞台も素晴らしかったわ。『七色に咲く向日葵』あの向日葵の役は、絶対響さんにしか出来ないと思う」
「いや、そんな事ないよ」
そう言いながら内心、この間の向日葵の役には自信を持っていた。
齢30歳になり、僕の演技力は絶頂をむかえていると思う。役づくりに挑む姿勢も、自然に並みじゃなくなってきている。
僕は七色の向日葵になりきるために、向日葵畑に毎日通い、飲まず食わず、くる日もくる日も突っ立っていた程だ。
そしてある日、日射病で倒れ、病院に運ばれた。
倒れる瞬間、目の前に七色の火花が散り、僕は七色の向日葵を自分のものにした。そう感じた。
そんな絶頂期であるというのに、世間に広く披露出来るようなオファーがない!
このまま僕は、誰に見られらる事なく、鮮やかに咲いた花弁を散らせていかなくてはならないのか・・。
バタン!というドアの開く音。
僕はその勢いのよさに驚き、そちらを見た。
刹那、まるで砂漠のオアシスを見つけたかのような歓喜の声。
「見つけた!見つけたぞ!」
まるで知らない髭だらけの男が、両手をつきだし、向かってくる。
「俺のビッグスター!マイ、ビッグスター!」
抱きつく、というより、僕にしがみついてくる男。
僕はその汗の匂いに渋面を作りながら、言った。
「あなた誰で・・うぉっ、くせぇ、あなた誰です・・くっせぇな、ファ○ク、あなた誰?・・鼻が曲がっちまうぜ、ファッ○」
「おっと失礼」そう言って体を離す男。
「いや、実は私は映画監督でね。いま新しい作品を撮影しようと思ってるんだが、なかなか主演俳優が選べなくて。そんなとき、君の舞台を見たんだ。そのとき思ったよ!こいつだ!こいつしかいない!ってね。そうしてやっと君を見つける事が出来た!」
「映画監督!?」
僕は驚きで目を見開いた。ついにこの時がやってきた。
こつこつこつこつとやってきた甲斐があった。
俳優を志してから10年。全く売れず、もうダメかと思っていた。
チャンスだ!チャンス!
僕は映画監督と名乗る男の両手を握った。
「有難うございます!見つけてくれて!精一杯頑張ります。で、あなたのお名前は?」
映画監督が握る両手に力を込め、言った。
「黒沢」
まさか、明!?
「慎二です」
「よろしくお願いします!」そうだよね、黒沢明は死んだもんね。
「では、今までどんな作品を撮ってきたんですか?」
慎二監督がうっすらと笑う。
「きっと、結構有名だから、知ってるかもしれないが・・天国と・・」
まさか、天国と地獄!?
「天国と天国、だよ」
おっと!全然知らね~!!しかしすげぇ幸せそうなタイトルの映画だぜ!
「あの作品ですか!」僕は知ったかぶりで驚いてみせた。
「そんなあなたが、僕にどんな役柄を与えてくれるっていうんですか!?」
「そこなんだよ!そこ!君にはね!君には」
『探偵』を演じてもらいたいんだ!
探偵だって!?あのハードボイルドなやつか!?チキショー!願ったり叶ったりだぜ!あと、青天の霹靂だぜ!
「そこでね!そこで!君の力量をもっと知りたいんだ!だから、今この場で即興演技を見せてくれ!」
「えっ!?」僕が驚いたのと同じタイミングだった。
監督が、両手の人差し指で四角をつくり、それを覗き込む。
成る程、もうはじまっているんだな。僕は理解する。
「時は現在、探偵は既に満身創痍だ!だが、依頼人が人質として悪者に捕まっている。すぐに彼女のもとへ向かわなければ、どうなってしまうのか・・走る!走る探偵!」
監督の演技指導を聞きながら、部屋の中をぐるぐると走る。
満身創痍だから辛そうに、足をひきづりながら!
「チキショー!いてぇ!いてぇけど、彼女を助けにいかなくては・・うぅ・・足がいてぇ・・」
「違う!」と監督。「足は痛くない!痛いのは右腕だ!」
「そうだ!俺は足は痛くないぜ」と言って僕は全速力で室内を走り回る。
「痛いのは腕だったぜ!間違えたぜ!」
ちょっと間の抜けた探偵ってのも、新しくていい。僕は小さく頷く。
「そこで躓く探偵!」
「おっと!」僕は慌てて躓いた。
うつ伏せになったままに監督の指示を待つ。
「どうして転んだかわかるか!?どうして転んだかわかるか!?」
僕は考える。何故だ・・何故だ・・わかった!
「満身創痍だからだ!」
「違う!」
「えっ!?」
「答えは、捕らわれた女が心配過ぎたからだ。依頼人の彼女を愛してしまった探偵!悔しがる!」
「ちっきしょー!」
「そして最後の力を振り絞り、立ち上がる探偵!口癖のあの言葉を叫ぶ!」
あの言葉!そうだ!あの言葉だ!ちきしょう、あの言葉ってあれか!ちきしょう!
「飯食ったか!!」
静まり返る室内。僕は自分の言った言葉にやっと気がつき、呆然と立ち尽くす。
なんだ?いきなり『口癖』と言われたから、つい『飯食ったか!!』と叫んでしまった。
そうだね、飯食ったか!!が口癖の探偵なんて、格好悪いね。悪かったね、本当に・・「すみませ・・
まで言った刹那、監督の叫び声。
「素晴らしい!その口癖、もらった!」
よし!もってけ泥棒!僕は再び走り回る。
「そして!そして!彼女のもとにたどり着いた!」
「わたしがやるわ!」と谷しおり。
「わたしも作品にでる!」
いいだろ?監督。
「わかった!しかし、悪党が・・悪党役がいない・・」
と監督が嘆いた刹那だった。扉が勢いよく開く音。
それと同時に聞こえた声。
「俺がやる!ずっと扉のところで耳をそばだてていたんだ!任せろ!」
谷のもとに走っていくのは、同じ劇団員の・・透だ。名字は忘れた!
「いいぞ!そこで悪党、一言!」
「遅かったな、探偵!」
「悪党!彼女を離せ!」
マジで離せ。ちょっと、彼女に触んなよ。
「助けて!探偵!」
「大丈夫、いま助けるよ。俺は君に誓っただろ?例えこの身が裂けたとしても、君を助けるって」
「うそだろ・・きもちわりぃなお前。身が裂けても助けんのかよ。どんな感じだよそれ。マジできもちわりぃよ」
いや、まじでとらえんなよ若造。
なんで透なんか仲間に入れちまったんだ。ちきしょう。すげぇやりにくいじゃねぇか、ホストみてぇな見てくれしやがって。そういやこいつの事、苦手なんだよな。忘れてた。
僕はなんとかその返しづらい台詞に、頑張って答える。
「気持ち悪くたってなんだって構わない。例えどんな姿を彼女に見られても、それで嫌われても俺は構わない。彼女が無事で、笑顔でまた生きていけるなら、俺はなんだって構わない!」
「感動だ!感動だよ!さぁここであれを出すんだ!あれだ!わかるよな!さぁ、いけ!」
と監督の指示。
あぁ、わかるよ。わかる。あれだろ?あれ。
あの、凄いやつだろ?
僕は監督の目を直視し、訴える。
『あれって何?』
助け船を理解したかどうかはわからないが、監督が叫んだ!
「探偵は実はロボットだろ!?発射しろ!目から光線だ!」
「いよぉぉぉぉし!びぃぃぃむ!」
「うぁぁぁぁああ!やられたぁぁああ!」
倒れていく透。
「続けて探偵!口癖を叫ぶ!」
「飯食ったか!!」
静寂が室内を包む。やがてしおりの声。
「有難う、探偵」
「君が無事でよかった」
「ねぇ、探偵?」
「なんだい?」僕は彼女に近づいていく。やがて二人の距離は、目と鼻の先。
「もうすぐ夜があける。あなたは未来に帰っていく。その前に」
「その前に?」ってか僕は未来に帰っていくことになっているのか?・・まぁいい。
谷しおりがそのあどけない瞳で呟く。
「キス・・して」
僕の心に虹がかかる感覚。真っ白な部屋に草花が咲いているような錯覚。
ついに!演技とはいえついに!しおりにキスできる!
僕は目をつぶり、静かにしおりの方へ顔を寄せる。
そして・・。
「そして残念ながら探偵!消えていく!」
す~っと消えていく演技の僕。
「さようなら・・さようなら・・」
キスできず、本当の涙が出た。くやしながら、完璧な演技。
「探偵ぇ!」としおりの叫び声。
そこで「カット!」と監督の声。
「いや~素晴らしかったよ!泣けた!よし!早速帰って検討だ!お疲れ様!また会おう!」
監督が部屋の外に出ていく。
そして、透としおりも役から離れ、会話をしながら去っていく。
「悪党ってさ~もっと悪そうにしてくんないと」
「いや~まじメンゴメンゴ。ちぃ~っす、メンゴで~す」
残された僕。
未来に帰った、「飯食ったか!!」が口癖の探偵ロボット。
楽しみな役だ。早くもっと演じたい。
まだ戦い続けるつもりさ
例えひとりでも
ずっとひとりでも
まだまだ信じてるから
冗談じゃなく
くすぐったくて
よく馬鹿にされる
愛ってやつを