現実世界午前
ギリギリでログアウトをして一気に現実が目に入る。VR用のヘッドセットを外して一つ伸びをした。こわばった身体がほぐされて気持ちいい。枕元の時計を見ると3時を示していて予定より長くインしてしまっていたことを反省した。あと最後の方は警告に気が立っていてシャインたち仲間にきつくなってしまったのも今度ログインした時に謝らないとな。
てかこんな時間までVRで遊んでたなんて親に知られたら怒られる。もうこっそり寝てしまおうと思い再度横になったが、ログイン中に溜まった生理的欲求には勝てないようでトイレに行きたくなった、ついでに水も飲みたい。体を起こしてこっそりとドアを開け、一階へ向かう。こんな時間なら当たり前だが家族はもう寝てしまったみたいだ。電気を点けず薄暗い廊下を歩きトイレを済ませ、次は台所へ向かった。冷蔵庫を開いたとき、後ろから気配がするので振り向くと冷蔵庫の明かりに照らされた場所に爛々と輝く一対の瞳があった。
「うな~ん」
足に擦り寄ってきたのはうちの飼い猫のミルキーだった。ロシアンブルーの雌猫で毛並みが銀色だ。それで名前は銀→銀河→ミルキーウェイ→ミルキーという連想で名付けられた。冷蔵庫から自分用のジュースと共に口止め料として猫のおやつをひとつ取ってミルキーにやる。ついでに撫でて愛でようと思ったがおやつをもらった瞬間どこかへ去って行った。彼女にはおやつを安全に食べる場所というのが決まっているらしい。その場所は一応知っているがそこに入っているときに触ろうとするとひっかかれるか、噛まれるかするので手出しはできない。なんとなくあげ損な気分だがしょうがない。
気を取り直してコップにジュースをつぎ飲み干した。気分的には十何時間ぶりの飲み物なので普段より美味しく感じるし、身体的にも8時間は何も飲んでいない状況なのでログアウト後の飲食は推奨されている。
その後は歯磨きしたりと寝る準備をしていたら結局寝るのは4時くらいになってしまった。
「起きなさい! 学校遅刻するよ!」
母の声で飛び起きる。時計を見ると目覚ましは止まっており、もうあと十数分で家を出なければ学校に遅刻する時間だった。急いで着替え、下に降りる。
「いつまで寝てるの?! 早くご飯食べていきなさい」
「ごはんいいや。もう行くよ」
「せっかく作ったんだから食べて来なさい。それにどうせゲームで夜更かししてたんでしょ。だったら尚更食べないとだめよ! ゲームの時間制限するわよ」
「はいはい、食べます」
味噌汁にご飯をぶち込みスプーンで掻き込む。おかずの目玉焼きは合間に箸でつまんで一飲みだ。最後に麦茶で口の中をさっぱりさせてカバンをつかみ家を出た。
家を出たらバス停までひとっ走り。次のバスに乗れるかで遅刻かどうかが決まる。これもバスが20分に一本しかない性だ。ただ駅までおしくらまんじゅうみたいな混雑ではなく椅子が全て埋まっていて立ち客が何人かいる程度なのでずっとこのままだろう。
そして駅で電車に乗り換えてもう一度バスに乗りやっと高校に到着する。最後のバスは学生用の通学バスなのでよく同級生と一緒になる。今日もそんな日だった。
「おはよー、守田。眠そうだな」
「あ~、おはよ。ユートリア」
「おい、それハンドルネーム。寝ぼけてるぞ」
いかん、ゲームと現実の区別がついていない。
「あ~、あらためておはよう。藤田。いや昨日ついついログイン時間ぎりぎりまでやってたら実際寝たのが遅くなったから」
「何時までやってたんだよ」
「3時、寝たのは4時」
は~、とため息をつかれる。
「じゃあやっぱりあの画像はお前か?」
「えっ!? なんのこと?」
「これだよこれ」
藤田はポケットからスマホを取り出してIDOと連携しているSNSから画像を表示した。その画像はどこかの海岸に竜がいる写真だった。結構遠くからの撮影で細かい部分はわからないがその竜は海岸線付近に生えている木の数倍の大きさで、白を基調とした体に薄暮の中黄金の輝きを放っているという神秘的な雰囲気を持っていた。遠目で完全体のシャインはあまり見れないのでちょっと得した気分だ。
「それともう一枚はこれだ。プレイヤーの印象が薄くてはっきりとはわからないんだけどな」
藤田が画面をスライドしてもう一枚写真を出した。それを見るとどこかの町の街門を通る人の姿が真ん中に写っていた。その男は黒いコートに杖という一見普通の魔法使いの格好だったが、身体には半透明の青色の蛇が巻き付いており、頭の上にはトカゲがへばり付き、その男の後ろには銀に輝く甲羅を持った巨大な亀とサンショウウオを巨大にして赤く染めたような生き物が付き従っていた。そして一番目を引くのは杖を持っている手とは逆にいるかわいい女の子だろうか。黒フードの男と手を繋ぐ幼女、現実だったら通報物である。
「さぁ、こんな怪しいやつどこにいたんだろう?」
「ユンホの町で今日の午前二時過ぎに見たって。ドラゴンはこの写真の少し前。まぁドラゴンはすぐに消えちまったらしいけどな。撮影したやつが海岸まで行ったら人が2人は余裕で入れる大きな足跡はあったからドラゴンはほんとにいたと噂されている。何かのクエストやイベントの前兆じゃないかって言われてるようだぜ」
とりあえずすっとぼけてみたが更に詳しい情報を説明してきた。こいつわかってて言ってやがる。顔が笑ってるもん。さてどうしようか。しらを切りとおすかそれとも認めるか。うーむ、実際こいつはわかってるからいいけど掲示板とかの方ではどれくらいの人が真実を知ってるのだろう?
「はいはい、認めます。俺ですね。しかも両方とも。久しぶりの町で、しかも急いでいたから偽装とか一切してないから実際見た奴はもっとはっきり見えたんじゃないのか?」
「そうだよな、お前以外いないよな。『牧場主』さん」
「二つ名で呼ぶな。しかもあんまりじゃねえか。その字」
「他にも『究極のソロプレイヤー』とか『黒衣の竜騎士』だとか」
「やめろ、こっぱずかしい」
確かに自分の行動を振り返ると否定できないがそんな風に呼ばれたらむずがゆくなる。しかもこんなバスの中でだ。
「実際、わかってるやつは珍しいって感想だったな。写真撮ってたのは新人プレイヤーでほんとに何があるのかわからないからネットで聞いていただけだし。そんでいきなり町にやってきてどうしたんだ?」
「ユンホの北に向かって飛んでいたんだけどユンホの手前で連続ログインの警告が来てしょうがないから町に宿取ってログアウトした。ほんとにギリギリで焦ったよ」
「そんなに夢中になることがあったのか。ギリギリまでログインしてるってことは」
「ノリだな。クエストが発生してのめりこんじまった。多分北に向かう前に竜の谷で休めばよかったんだよ」
昨日は時間を忘れてしまっていたからな。本来なら侵入者の排除が終わったら仲間と遊んでログアウトすれば遅くても二時にはログアウトできたはずだし。あの竜の手紙が来たからついつい惹かれてしまったっていうのもある。
「あの未踏の地、竜の谷。ナチュレの首長が住んでいるというのにほとんどのプレイヤーは到達できていない。そんな街だぞ」
「街ってか村だな。意外と空から行けば簡単に行ける。下からは固定ダンジョンだっけ? しかもクエストを受諾しないと入れないやつ」
「そんでそのダンジョンのモンスターが物凄く強いらしい。洞窟も複雑みたいだしな」
長老曰く空から魔物を使役して来るならば基本どこでも入れる。ダンジョンを通ってきたやつらは町の一部のみの公開になっているそうだ。そして竜の谷に住む竜に攻撃したら反撃で袋叩きの上出入り禁止、同じくテイマーでも一方的に竜を従えようとしたら出入り禁止だそうだ。
空からでも地上からでもやはり難度は高いのだろうけどね。今じゃ気軽に行けるけど、考え着く条件を上げてみると、空飛ぶ魔物で人が乗れる大きさのものをテイムし上位種の竜に会うという緊張感をほぐせる信頼関係。かつ山を越えるために寒さと低酸素から体を守る魔法か装備。そして空の高レベルモンスターを倒す強さ。俺以外のプレイヤーは長老の家の辺りは見たことないしな。
地上のダンジョンは今藤田が言った通りでやっぱり難しいらしい。そっちは何人かクリアした人がいるらしいけどね。
「じゃあ今受けてるクエストって竜関係?」
「そうだけどこれ以上はいえないな」
「ま、そうだな。聞いても手伝えないしな。それにお前くらい突き抜けてないと嫉妬が怖いし」
「嫉妬?」
「普通はこんなゲームじゃオンリーワンは羨ましがられるか妬まれるんだよ。だけど真似できないくらいに極めちゃえば少しは風当り弱くなるからな。PKとか受けることもないだろ?」
流石にPKに近いことはしてます。なんて口を避けても言えない。PK行為を受けたのはブレイドを仲間にして空を飛び始めたころが多かったかな。そう言えば最近は個人を狙ったようなPKは受けない。多分あの頃が一番目障りだったんだろう。それに今だとガブ一人で圧倒できることもあるしね。
「そろそろ学校着くな。まあ目立っていたってことだけ。普段からあまり他のプレイヤーと関わりないぼっちだから大丈夫か」
「誰がぼっちだと、……俺か。いいもん、ローザとリリィもいるしシャインやヴァイスだって」
「はいはい、かわいいNPCでいっぱいだな。シャインはさっきの幼女だろ。種族ホーリードラゴンでさっきの写真のドラゴンだな」
「ちょっと最近言動がおませになってきて背伸びしている感じがかわいいうちの天使だ! だけど天使と言えばリアル天使のヴァイスもいつも俺を助けてくれる良いやつで。あとはガブも……」
「だめだこの親ばか。ほら学校着いたから降りるぞ」
うちの仲間のいいところを理解させようと思っていたのにざんねんだ。
そのままバスを降りて藤田と共に自分の教室へ向かった。さて今日も学校終わったらIDOに早くインしてラーヴァのクエストを進めよう。
そんなことを思いながら授業中は机で寝た。




