第九話 簪
ちかの和菓子屋に行ってから、二人は会う日が多くなった。
最初の方は、よくすみれが純を迎えに来たが、今では純からすみれを迎えに行っている。なぜなら、すみれが来る度に甲斐に茶化される。彼女が料亭に来るのは長州藩士たちに迷惑だろうし、純の精神が持たない。しかし、どちらにしろ、出かけるときに甲斐に茶化される。そして、すみれの茶屋に行くと源造に睨まれるのだった。
二人は京の町を出歩いた。
新しく茶店を探したり。神社仏閣を見て回ったり。ちかに会いに行ったり。ただただ、京の町を歩く日だってある。
純は、すみれと普通に接するだけで十分だった。
そして彼女のことを知っていくのは楽しい。
すみれは猫が好きだ。出かけるとよく猫を見つける。道端で見ては撫でたり、抱えて純に見せてくる。
「可愛いですね」
「……すみれさん。こいつで三匹目なんですが、猫を拾うのは」
純はいつも苦笑で返す。
すみれが猫を発見するのに卓越しているのか、京には猫が多いのか。前者だと要らぬ能力を天から授かったものだと呆れてしまう。
そして、今日もすみれのことを知っていった。
四月に入り、暖かい季節となった。
御上は相変わらず、佐幕だ、尊皇だ、攘夷だ、と唾を飛ばしあっているが京の町は何も変わらない。
いつもと同じように時は流れていく。
純とすみれは、今日も二人で出かけていた。
「今日はどちらに行きましょうか?」
「そうですね……伏見稲荷はいかがですか? 少し遠いですけど」
「稲荷様ですか」
「鳥居がたくさん並んでいるんですよ。それはもう壮大に」
鳥居がたくさん、という表現を純は想像できなかった。
「それじゃあ行ってみましょう」
「はい!」
鴨川沿いを南に下り、伏見街道を進んだところに伏見稲荷大社はある。
言わずと知れたおいなりさんだ。
「おー……」
朱色に塗られた大きな楼門に純は感嘆した。
「純さん、いいですか?」
するとすみれが申し訳なさそうに聞いてきた。
「なんでしょう?」
「ちょっと向こうのお店に行きたいです」
すみれが指差した方には小さな出店があった。棚には櫛や簪が並んでいる。なるほど。女子が好きそうな品だ。
「構いませんよ」
にこりと笑って言うと、すみれは純の手を取った。
「それじゃあ、行きましょう」
「え、僕もですか?」
「当たり前じゃないですか」
驚いている純をすみれは引っ張っていく。
「いらっしゃい」
店には気の良さそうな男が顔を出した。
「少し見てもらわせてよろしいですか?」
すみれが笑顔で言うと、男は二つ返事で了承した。鼻の下が伸びているのを純は見逃さなかった。
純が男に睨みをきかせていると、すみれは簪を一つ手に取った。
「純さん。これどうです?」
こちらを振り向き、聞いてくる。
「えっと……」
似合ってはいる。どちらにしろ、すみれはどれも似合うだろう。だけど純は。
「それよりも、今付けているのがお似合いですよ」
「あ、」
金色の簪。初めてすみれに会ったときも一番にそれに目がいった。高級そうな簪だ。とても普通の町娘が持つようなものではない。
それは、純がずっと気になっていたことでもある。
「聞いてもいいですか?」
いい機会だ。そう思い、純は口を開く。
「はい、なんでしょう?」
「あなたと出会ってから気になっていたことです」
「……はい」
声が小さくなった。薄々純が聞きたいことに感づいたのだろう。
「あなたはあの茶屋で働いています。住み込みで。でも源造さんとお初さんにあなたの関係性が見られない」
純は微笑みを絶えさず言葉を綴る。
「そして。あなたの簪」
すみれはビクッと肩を震わせた。
「高い品ですよね?」
純は一息入れて、
「よければ、僕に話していただけませんか? 僕はあなたのことが知りたい」
彼の言葉にすみれが顔を上げた。しかし黙ったまま。真っ直ぐと純の瞳を見つめている。
やがて。
「……場所、変えましょうか」
「はい」
二人は出店の主にお辞儀をして、稲荷大社に入った。
2014年8月18日:誤字修正・加筆