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剣戟のその先に  作者: ハクトウワシのモモちゃん
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第五話 すみれの家族


 鴨川を渡ると、祇園ぎおんだ。

 すみれの後を追いながら、純は初めて来る場所に戸惑いを感じていた。

 ――無事に料亭に戻れるだろうか?

 不安になってきた。

「着きました。ここです」

 通りに面した家屋。店先に出された赤い布が掛かった長椅子がある。

 ここが、すみれが働いているという茶屋らしい。

「さっ。入ってください」

「お邪魔します」

 上機嫌に言うすみれに純は促される。

 入ると、机を拭いている恰幅の良い女性と目が合った。

「あらっ、すみれちゃん! あんまり帰りが遅いから心配やったんよ」

 その女性はすみれに話しかける。

「遅くなってすみません。お(はつ)さん」

「ええんよ。帰ってきてくれたんやから」

 にこにこと笑顔ですみれの頭を撫でる。彼女は恥ずかしそうにうつむいた。

「もう人の前でやめてよ」

 すみれの言葉に(はつ)という女性は純にやっと気づいたみたいだ。

「す、すいません。いらっしゃいまし」

「いや、僕は……」

「お初さん。彼は私のこと助けてくれたの」

「えっ?」

 初はきょとんとした顔をする。無理もない、いきなり『助けた』なんて言ってもよくわからないだろう。

「すみれさん……。順序よく話しましょう」

「あ、ごめんなさい」

「謝ることないんですよ」

 頭を下げるすみれなだめる純。そんな二人の様子を見て、初は笑った。

「なにがあったか聞かせてちょうだい」

 純は静かに頷いた。


 店の机に座り、今までの経緯を話した。

 話が終わったところで初がお茶を出してくれた。

「いただきます」

「すみれちゃん助けてくれたんやから」

「僕は大したことはしていません」

「謙遜しやんといてください。ほんま、おおきに」

 初は深々と頭を下げる。

「本当にありがとうございました」

 今度はすみれもだ。

「……」

 純は困った。

 こんなに礼を言われたことなんてない。もしかすると礼を言われたなんて初めてかもしれない。

「と、とりあえず、二人とも頭上げてください」

「なんや騒がしいな」

 純が困惑していると、奥から男性が出てきた。

「あ、源造げんぞうさん。ただいまもどりました」

「おとうさん、ちょっとこっちっ!」

 すみれと初が男性に声を掛ける。

 どうやら初の夫で、つまりここの主人だ。

 だが、純にはそう見えない。険のある目つきで筋骨隆々とした体躯の持ち主。その筋肉は茶屋商いのどこで使うのか。まだ武芸者と言った方がいい。その左頬の大きな傷はなんだ。

「やかましいなぁ、ったく」

 ぼやいてはいるが源造はこちらに足を進めて、その足が止まった。純の前で。

「おまえ、なんや?」

 射抜くような視線。普通の人間なら怯えるだろう。純も少し身構えた。

「井ノ原純と申します」

 純は立ち上がり、お辞儀した。

「客やないな。おい、なんやこいつ」

 そう初に問うと、すみれが満遍の笑みで答えた。

「井ノ原さんはね、私を助けてくれたの」

「あ?」

 また純を睨みつける。じろじろと睨むその様子は獲物を狙う虎のようだった。正直恐い。純は委縮して、その視線を受け止めた。

 しばし沈黙が続き、源造がいきなり、

「すみれは渡さへん!」

「えっ!?」

「ちょっ、源造さん!?」

 そう言い捨てて、源造は奥に引っ込んだ。

「ごめんなさい」

「い、いえ……」

 純はすみれに苦笑いを返した。

 終始笑っていた初が、すみれに聞いた。

「すみれちゃん、買い出しは大丈夫やった?」

「あ、忘れてた」

 すみれが呟く。彼女は買い出しに行くところをからまれたのだ。

「ええよ、そんなことがあったんやから」

 そう言って初は立ち上がった。

「井ノ原はん、何か召し上がっていきます? とはいっても、ウチは茶屋どすけど」

「そうですね……」

「いえ、私買ってきます」

 すみれが発言した。二人して彼女に目を向ける。

 初は苦笑して、

「ええんよ、別に。急ぐもんでもないし」

「そんなわけにいきません。行ってきます」

 聞く耳を持たず、すみれは踵を返す。

「待ってください」

 純は彼女の腕を取った。

「なにするんですか」

「今日はいいでしょう」

「駄目です。仕事はきちんとします」

「また襲われたらどうするんですか?」

「え……」

 すみれは大きな瞳を瞬いた。

 純は真っ直ぐ彼女の目を見つめて訴えた。

「もし、またあんなことがあったらどうするつもりですか?」

 心配だった。

 また、さきほどのようなことが起こったら、彼女一人では対応できない。

 すみれは目を落とした。

「でも、やらなければならないことです」

 彼女も頑固だ。

「だったら」

 思ったより声が大きかった。すみれも初もびっくりする。そのおかげですみれは顔を上げてくれた。

「これも何かの縁です」

 純はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「もしよろしければ、僕も付き添います」

 すみれは大きく目を見開く。

「今日は行けませんが、明日にでも」

 純は微笑んだ。

「どうですか?」

 ちらっと初の方を見やる。その問いはすみれ自身にも、初の了承も重ねての言葉だ。

「いいんですか?」

 すみれが不思議そうに首を傾げる。

「もちろんです」

「井ノ原はんは優しいなぁ」

 初が感心したようにニヤニヤする。

「すみれちゃん、ええやないの。こんなええ男おらんよ」

「な、なに言ってるの?」

 あたふたするすみれを余所に、初が純の肩に手を置いた。

「すみれちゃんのことよろしくな」

「任せてください」

 そう答えたとき、背筋が凍った。びっくりして振り返ると、源造が仁王様もかくやといったふうに佇んでいた。

「……小僧」

「な、なんでしょう?」

「すみれに何かあったらただじゃすまへんぞ」

 そう言い捨てて、また奥に消えた。

「井ノ原さん」

 そう呼ぶのは、すみれだ。

「ありがとうございます」

 そう言って笑顔を浮かべる。純は思わずどきりとした。

「約束、まだでしたね。ちょっと遅くなりましたけど何か食べますか?」

「あ、うん」

「そうやったね。井ノ原はん、どうぞ」

 初も頷き、純はうどんと団子をいただいた。




 2014年8月18日:誤字修正・加筆

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