表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣戟のその先に  作者: ハクトウワシのモモちゃん
30/40

第三十話 小休止


 沖田の言葉は胸に深く刺さった。

 彼はあのとき、闘いの中で、死を感じたのだ。そして死を選んだ。でもそれは叶わず、今を生きて、病を抱えている。

 あのとき、沖田を斬ったほうがよかったのだろうか?

 そうしていたら、沖田は今を苦しまずにいられたのか。

だが、純の気持ちは変わらない。

 それは敵対していようが思うことで。

 何かのために剣を振るえることは、素晴らしいと考えるのだ。沖田は沖田の正義を貫くべきなのだ。

 そこで、ふと思う。

 ――今の自分は、何かのため動いているのだろうか?

「……純さん?」

 思考は声で遮断される。

 見上げると、すみれがいた。彼女は心配そうにこちらを見つめていた。

「何かあったんですか?」

「いいえ。大丈夫です」

 考え事のせいで、すみれを不安がらせてしまうのはよくない。純は笑顔で首を振った。それでも、すみれの表情は硬いままだった。

「さ、仕事をしましょう」

 純はそう言って、立ち上がり、机を拭き直した。それは誰が見ても追及を逃げていた。我ながら情けないと思うが、すみれを巻き込みたくなかった。

「純さん!」

「わっ!」

 すると、突然すみれが机を叩いた。拭いていた純はびっくりして顔を上げる。すみれと目が合う。彼女の瞳は怒っているように見えた。

「な、なんですか?」

「散歩に行きましょう!」

「はいっ?」

 素っ頓狂な声を上げるこちらを意に介さず、すみれは店の奥にいる源造に声を掛けた。

「源造さん! ちょっと出かけてきます!」

 答える声も聞かずに、すみれは純の手を握る。

「さ、行きましょう?」

 積極的な彼女にびっくるする純は、すみれに引っ張られて店を出た。


 何の用事もなく、町を歩くのは久しぶりだ。

「あの……」

「なんですか、純さん?」

 純は前を歩くすみれに問う。

「どこへ行かれるのですか?」

「別に決まってはいませんけど?」

 すみれは振り返って笑う。

 なんとも無計画な……、と心の隅で思う中、純はすみれに感謝した。

 落ち込んでいる自分を慰めてくれているのだろう。だから無理やり出かけているのだ。純は心の中で感謝した。

 しかし。

「店のほうはいいんですか? お初さんもいないのに……。今、お店にいるのは源造さんだけですよ?」

「大丈夫ですよ。源造さんはしっかりとしてますから!」

 しっかりしているのは知っている。問題は接客のほうなのだが……。あの顔ではお客は逃げてしまうだろう。

 お店を危惧していると、すみれが駆け出した。

「あ、猫」

「……もう見つけたんですか」

 引っ張られる純は小さく呟く。それから、目を向けると、道の端をうろうろしている猫がいた。キジトラ柄の猫で、目つきが悪い。多分に、野良猫だろう。

「猫さん?」

 すみれは腰をかがめて、猫を手招く。しかしキジトラはこちらに目をやって、その場で固まっていた。

「来ないですね?」

「そりゃあ、猫だって警戒しますよ。人だって、初対面のときは緊張しますし」

「人と猫は違います」

「そういうものですか?」

「そういうものです」

 すみれは自信たっぷりに頷き、キジトラに少しずつ近づいた。しかしキジトラの対応は変わらず、じっとすみれを見つめていた。人に慣れているのだろうか、一向に逃げなかった。やがてすみれとキジトラの距離は無くなる。すみれはキジトラの頭を優しく撫でた。甘い声で鳴くキジトラ。

「良い子ですね、君は」

 すみれはにこりと笑って頭を撫でる。

「ふむ」

 純は腕組みをして考えた。すみれは何か天性の才能でもあるのか。しかし、それは猫にしか使えないのだが。

「猫って気まぐれで、自由ですよね」

 すみれがふと呟く。純は何も言わずに耳を傾けた。

「人も自由です。自分勝手って言うのかもしれないですけど」

 すみれはキジトラから手を離した。キジトラは名残惜しそうな顔をする。

「だから、純さんが何かを内緒にするのも自由ですし、私が純さんを心配するのも自由ですよね?」

 その言葉に、純は目を見開く。すみれがくるりとこちらへ向き直った。

「去年、私は言いました。純さんが出て行くまで支えるって。だから、支えてもいいですよね?」

「……」

「別に話さなくて結構です。難しいことは私もわからないので。だけど、純さんのことは私がちゃんと見守ります」

 すみれは小首を傾げて笑った。

「……」

 やはり、彼女にはお見通しのようだ。伊達に一年近く一緒に過ごしているわけではない。彼女も純のことを思っているのだ。

 純は思わず笑ってしまう。

「え、なんで笑うんですか?」

 するとすみれがムッとした顔で詰め寄ってくる。

「いえ。あなたがそこまで言うとは思わなかったので……」

「だからって笑いますか、もうっ」

 ぷくっと頬を膨らませるすみれは可愛かった。

「僕だってすみれさんのこと、見てますよ」

「えっ……」

 そう伝えると、すみれの表情が変わった。なんだか動揺している様子。何か変なことを言っただろうか? 

 純が首を傾げていると、すみれはぷいっと顔を逸らす。

「純さんって、卑怯です」

「えっ、何が……」

「行きますよ」

「ちょ、すみれさん?」

 純は慌てて、彼女の後を追った。


 そのあと、二人で祇園を練り歩いた。

 久しぶりに羽を伸ばせたので、純には良い気分転換となった。顔見知りの人に冷やかされたりされたが、楽しかった。

 楽しい一日はあっという間に過ぎてしまう。

 そして帰宅したとき、言うまでもないと思うが、源造にこっぴどく叱られた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ