表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣戟のその先に  作者: ハクトウワシのモモちゃん
1/40

第一話 天誅


 

 元治げんじ元年三月。

 京都。

 元号が変わって、十日ほど経った。

 三月に入ったものの、まだ夜の気温は低い。

 吐く息は白かった。

「遅くなってしまいました」

 道を行く武士が三人。

 前を歩く若い武士が言った。後ろにいる大柄な武士が顎を撫でる。

「ふむ。最近は腕の立つ人斬りが多くなっている。幕府こちら側も何か策を練れば」

「おいおい、こんなときまで仕事の話かい? 久しぶりにいい酒だったんだ。よしてくれ」

 もう一人、小柄な武士がそれを制する。

「申し訳ありません」

 二人して言い合うのを見て、若い武士はくすりと笑って二人を振り返った。そして視界に入ったのは、彼らともう一人――。

「あっ……」

「どうした?」

 他の二人も首を傾げて振り返った。

「……」

 そこには少年がいた。歳は十五ほど。黒髪を無造作に高い位置で結わえていて、首元に襟巻をしている。もちろん腰には大小。感情のない瞳をこちらに向けていた。

「何者?」

 大柄の武士が問う。手はすでに鍔元を握っていた。

「……京都所司代松山宗兵衛(まつやまそうべえ)殿とお見受けする」

 少年は質問を無視して、静かに口にする。暗く光る目が小柄な中年の武士に向けられた。

「これより天誅を下す」

「うおおっ!」

 言うが早いか、大柄の武士が少年に踊りかかった。

 豪快に刀を上段から振り下ろす。だが少年には効かなかった。彼はすっと横に一歩動いただけで、それをかわした。

「なっ!?」

 武士は驚愕した。それも一瞬で終わる。

 閃く刃。

 少年が刀を抜き放ち、首を断った。

 血飛沫が上がる。京の路地を真っ赤に染めた。

竹本たけもとッ!」

「松山さん、逃――ッ!」

 若い武士は持っていた提灯を捨てて、抜刀に移った。しかし――。

「……げ、て……っ」

 遅かった。少年の刀はしっかりと心臓を突き刺した。

梅村うめむら!」

「……」

 少年が無慈悲に刀を引き抜く。武士は血を吐いて斃れた。

「ひっ……!」

 松山という武士は足が竦んだ。少年は相変わらず生気のない瞳をしている。

「天誅」

 松山は何も出来ず、ただ月光に輝く刀――今まさに自分に振り下ろされる刃を目に映した。



「さすがじゅん!」

 刀に付いた血を懐紙で拭っていると後ろから声が掛かった。

 純と呼ばれた少年は振り返った。

「なんだ甲斐さんか」

「なんだとは失礼だな、おい」

 笑いながらこちらに歩み寄ってくるのは、長州派維新志士の甲斐かい政義まさよしである。検分役として、現場に出てきたのだ。

「今回もお手柄だな、一撃で仕留めている。さすがだ」

 甲斐は血溜まりに沈んでいる死体をしげしげと眺める。

「世辞はいいですから」

 純は呆れたように言い、刀を鞘に収めた。

「ところでよ、純」

「な、なんですか?」

 甲斐は死体に『天誅』と書かれた紙を置くと、笑顔で純の肩に腕を回した。その行動に純は少し眉をひそめた。甲斐とはそれなりの付き合いがある。だから、こんなときの甲斐はよからぬことを考えているのは明白だ。

 案の定、それは当たった。

「明日にでも島原に行かね?」

「何を言ってるんですか……」

 甲斐政義は、正直者でさっぱりとした男らしい性格の持ち主だが、少々……いやかなりの遊び人なのだ。仕事中に言っていい言葉ではない。現にほかの検分役が引いていた。

 ここは丁重にお断りしておく。

「悪いですけど僕にそんな暇はありません」

「つれねーなぁ。純は案外もてそうだぜ?」

「もういいですか」

 甲斐からの拘束を無理やり解く。しかし彼はめげずにこちらの顔を覗き込んだ。

「だって、可愛いし」

 純は目を剥いて振り返った。

「……あのですね。そういうのは女性に言うものでしょ?」

 ため息をいて、純は口元を襟巻で覆った。

「おい、帰るのかよ」

「その通りですよ」

 純は振り返りもせず、闇に消えた。


「ほんと、つれねぇ奴」

 甲斐は純が去って行った方に目を向けた。

「甲斐、仕事しろ!」

 すると、仲間の長州志士に怒鳴られた。

「あいつの世話するのも俺の仕事だぜ」

「お前は過保護過ぎないか? あと、軽率だ」

 志士は叱咤するが、甲斐は肩をすくめるだけ。

かつらさんが見込んだだけあって良い腕をしているが、まだ子供だ」

「そんなガキに人斬りやらせてる俺たちもどうだかね」

 甲斐が突っ込むと、彼は言葉に詰まった。

「ぐ……。人が足りんからな」

「……さいですか」

 確かに人は足りない。昨年の八月十八日の政変により、長州藩の立場は危うくなった。京都から長州藩を主とする尊王攘夷派は追放された。現在、長州藩は京都での失地回復を狙い、かつら小五郎こごろうを中心にして動いている。

「そんなことより。あいつを半年近く見てて思うんだよ」

「何を?」

「純は自分の意見を言わねぇからさ」

 甲斐は少し悲しそうに言う。

「あいつもいつか自分で、自分の意思で動いてくれるといいなぁと思っている」

 志士は黙り込んでしまったが、しばらくして。

「井ノ原のことを心配しているのはわかるが……。お前、男色のでもあるんじゃないのか?」

「はっ? ふざけるなよ、俺は女性を愛するために生きてるんだよ」

 甲斐が誇らしげに言うのを見て、志士は呆れた様子だった。


 時は幕末――

 嘉永六年の黒船来航から日本は動乱を迎えた。

 攘夷、佐幕、尊皇、開国……様々な思想、野望が渦巻く中。

 少年は、人斬りとして陰に徹した。





 2014年8月17日:誤字修正・加筆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ