第8話
空の騎士、飛行騎士、航空騎兵、飛行騎兵、呼び方はそれぞれあれど共通していることはただ一つ、それは人々の夢であること。世界にこの機械が生まれたのはさほど昔の話ではない。僕が物心つくまでには飛行具なんてものは存在もせず、そもそも浮遊は魔法で出来ても同時に動魔術を使うなんて芸当は不可能、そんな風に言われていた。
時が移り僕が5歳の頃、母親と一緒に町の大きな魔法モニターで見た世界初の飛行具の飛行の映像は今でも記憶に焼き付いている。当時の飛行速度は200k/hといったところではあったが、空を縦横無尽に駆け抜けるその姿に僕は確かに魅せられていた。
それからすぐ母は亡くなった。原因は過労による病死。僕にきちんとした教育を受けさせようとして必死で働き、その果てに僕を置いて逝ってしまった。
天涯孤独になってしまった6歳の年の夏、貧しい小さな孤児院に引き取られた。院長は朗らかな人で教育熱心であり、さらに母の必死の蓄えで中等教育学校まで進むことができた。ただあまり僕自身は勉強に熱心でもなく、何度も殴られ蹴られの人としてすら認めて貰えない差別の壁とも向き合わずに堕落した日々を過ごしていた。だが中等生最後の夏、進路決めなくてはならなくなった。母との最期の思い出であった飛行騎士、母の昔の言葉がよぎった。
「リィン?きっとこれからあなたの人生は決して容易いものにはならないわ。それは母親の私のせいよ…。でもね?でもきっとあなたが苦しい中に何かを掴むことができたらそれはあなたにとって一番の宝物になるはずよ?あなたがあの空飛ぶ青年のようになりたいならそれもそれできっと叶う。だから決して諦めないで。」
当時僕には母の言うことはわからなかった。でもあの時に僕の心を虜にした空への希望、それは亡き母との夢でもあり約束だった。諦めかけていた人生を変えようと当時設立予定だった帝國空軍予科練習生の推薦募集にダメで元々だと応募した。
結果は散々。試験すら受けさせてもらえなかった。そもそも混血は帝國軍の中でも好かれていないうえに、来るべき戦争に対して設立される最新鋭のエリート養成施設に混血の兵士を入れるほど倍率的にも困ってはいなかったのだ。だからといって諦めるほど僕は醒めていなかった。
僕は帝都の中心にある帝國軍総司令部まで行き一度だけでいいと試験を受ける権利を貰いに出向いた。最初見向きもされなかったが偶然事務仕事に来ていた予科練の校長に声を掛けられ「ならば3日後直々に試験をしてやる」と約束を取り付けたのだ。
孤児院のある帝國南部の地方都市にはその後から帰っていない。僕は3日後の試験で校長に認めて貰い、空を飛ぶ資格を得た。予科練生と共に毎日血を吐くような訓練を繰り返してきた。
しかし僕は予科練と同じ訓練と教育を受けられただけで予科練の生徒にはなれなかった。理由は正規の申請ではないため。だが僕にとっては空が自在に飛べるという喜びの方が強かった。特務を一定数こなすことで予科練生と同等の階級になるという制度で僕は各諸外国の内紛にも参加していた。参加とは言うが実際は実戦を兼ねた訓練であり、ただひたすらあの時の自由な空を求めて戦い続けたのだ。
だが今日僕は10回目の帝國特級鉄十字勲章と少尉昇進を受け、特務からも事実上解放された。あとは最後の特務であるサモレンスクの夜間偵察を残すのみとなった。時計は夜の10時過ぎを知らせている。例の彼女は夕方帝都へと飛び立った。今僕は夜間偵察のために飛行具の調整をしている。夜の格納庫は随分と静かだ。突然タカが右手に牛乳瓶、左手に飛行具を担いで格納庫へやってきた。
「タカ、陽炎は大丈夫?」
四五式戦闘具通称”陽炎”はタカの持つ飛行具だ。帝國の最新鋭の戦闘用飛行具であるばかりか、世界で最も速く、そして最も高い機動力を持っているとされ世界最強の帝國空軍の名を欲しいままにしている原動力ともいわれている。
「大急ぎでオーバーホールしたよ。魔動機は予備機と替えてもらったけどさ、ミーシャって言うんだっけ?メチャクチャ謝ってきたけど正直怒りようが無いよな。」
タカが苦笑する。実際タカは二回も彼女に撃墜されているのだが、あっけらかんとしている。
「へぇ、まぁ若干寒冷地用に調整しておいた方がいいと思うよ。これは長年のカンみたいなもんだけど。」
サモレンスクは西部地方より少々北に向かったところにあるのだ。恐らく通常の調整では魔動機が凍る可能性がないわけではない。
「おう、ちょっとお前の機体見せろ。」
タカが懸架している機体に顔を寄せる。
「ちょっと!邪魔だって!僕のは陽炎とは違うだろ!」
僕の乗機は試製五〇式汎用戦闘具”天神”。試験的に去年から戦績の上位者から配備されており、僕も実験的にこの機体を愛用している。
「いやいや、半年後には量産化されてるかもしれないだろ?見せてくれたっていいんだぜ?」
僕の駆るアマツカミは陽炎とは違い、少々大型化した逆三角形の補助翼がついており、さらに大型化した水冷式魔動機によって陽炎の末端部よりも尖鋭的になっている。これによって最大速度が800km/hにまで改良された。いままでの飛行具よりも構造的に斬新な機体であるせいで制式採用には少し時間がかかる見通しだが、この機体はいい機体だ。
「量産機には機銃のマウントシステムが付くって話だし今のコレよりだいぶ変わるんじゃないの?見ても意味ないでしょ。」
この試作機は陽炎までと同様にMG42のマウントシステムが無い。ただし帝都の技術者たちは試作機に3.7CmFlak38、38年式37mm対空機関砲を装備させている。ただし僕の所には何故か5CmFlak42、試製42年式50mm対空砲が送られている。もはやこれは連邦軍の軽戦車群に対しても絶大な威力を発揮すると言われている。今夜の強行偵察になら試作対空砲も使えそうだとは思ってはいるが…
「なーに渋い顔してるんだよ。」
僕の顔を覗き込みそう言うタカ。随分と渋い顔をしていたみたいだった。
「いや、このバケモノクラスの対空砲持って行こうかなとね。」
正直に話した僕の顔をまじまじと見つめると吹き出した。
「こんなバケモンもはやハンドカノンだろーが!二門持ちは止めろよ?フリじゃねぇからな!?そりゃ確かに両用できるけどよ…重力補正でもないと装備すら厳しいだろ。」
確かにタカの言う通り。この砲は30年代には戦車砲としては旧式化したための再利用みたいなもので軽量化の”け”の字も無いうえに、何を血迷ったのか連射型のベルト給弾式と来た。何がしたかったのかは解ってもどうしてこうなったのかは何度考えてもわからない。
「まぁサモレンスクは軍事工業都市だし強行偵察だと対空砲火もひどいだろうし戦車くらい出てきてもおかしくないからね。ていうか僕としては5Cm砲なんて中てられる気がしないんだけど。」
機体の懸架装置の隣で異様な存在感を放つその巨砲を眺める。60口径の戦車砲に取っ手をつけて駐退器を改良しただけ。一応出力が八割増しになったアマツカミなら搭載が可能ではあるものの僕は非常に悩んでいる。
「まぁそうなったら制空は俺がすればいいだろう。制空なら陽炎も世界的には最新鋭だからな。負けねぇだろう。」
「それって慢心じゃないの?」
からかうように聞くがタカはうんざりしたように
「バケモノクラスの狙撃手とか一日で撃墜数を平気で二桁増やすような奴がそうそういるとは思わねぇぞ。てか居たら世界が終るわ。てかリィン!お前だって俺に後ろ取られかけたときあるだろうがよ!」
あぁ、あのときのことか…正直言って手を抜いてないからその手は言えないしな
「でも取れなかったでしょ?あぁゆう機動戦術だからあれはノーカンだよ――――ってやばっ!」
時計の針が十一時五十五分を告げていた。
「やべぇ!はやく行くぞ!」
格納庫からダッシュする。二人そろってアホだった。