第16話
結城と別れた私は基地に併設された射撃場に向かう。射撃場とはいってもボロイ仮設の射撃場に過ぎない。うつ伏せになりドラグノフを構える。地べたのコンクリートが冷たかった。ターゲットは5cmの正方形、一定時間で起き上がったり倒れるタイプだ。
「距離は800か…。」
開始のスイッチを押すと一挙にターゲットが現れる。
無意識で引き金を引く。
7.62mmの弾丸はターゲットに吸い込まれていった。毎秒1人を斃せて当たり前の場所だった私に一度に数体程度では飾りにすらならない。
「いい練習…無いかしら…。」
魔動機の独特の高周波が直上を通過する。そういえば巴戦をしたことがないな。いつも私は高高度で狙撃か地上軍のように通常の狙撃しかしていない。
「巴戦しながらの狙撃…。できるかしら。」
「ヴィルケにでも相手頼もう…。」
同じ隊の精鋭の飛行騎士、撃墜数こそ結城には及ばないが56騎撃墜のエースに巴戦のレクチャーを求めようと考えた。よし、善は急げ。私は起き上がると兵舎へ向かう。あの変人は暇さえあれば寝ている。よく連邦軍にいて粛清されなかったものだ。
「ヴィルケ!寝てる!?」
ドアに鍵は…してない…。流石。勢いよくドアを開けヴィルケを叩き起こす。
「いったい何だい!出撃か?勘弁してくれ俺は眠いんだ!!」
「違うわ、私の相手をなさい。」
「なんのだよ!!」
「巴戦を教えなさいってことよ。」
「お前っ!正気か?狙撃銃で巴戦とかあほらしいわ当たるかってんだよ!」
「私の射撃、随分甘く見ているようね。」
「はぁ…わかった、ただし条件がある。」
「条件?なによ。」
「お前に教えるのは巴戦じゃない。一撃離脱戦法だ。」
「なんでよ!」
「うっさい、あとで教える。とりあえず飛行場で待ってろ。話はそれから。」
「教えなかったらドラグノフであんたの飛行具ペイント塗れにしてやるから。」
「はいはい早く出ろ。」
半ば追い出されるように退出した私は飛行場へ向かう。
夕方か…ってヴィルケのやつ何時間寝てるのよ!最近弛んでるわね。ここで一発どぎついのをかましてやる。
「あぁ…めんどくさい。空戦なんかしたらお前演算ミスって死ぬぞ?」
本当にめんどくさそうに出てきた。腹立つ。
「この”碧”は格が違うのよ。」
「まぁいい。始めるか。」
「一撃離脱でしょ?高度取って一撃で仕留めれば問題ないわね。」
「甘いな。とりあえず先に上に上がれ。」
「了解。」
甘い?一体どういうことだか。
私の”碧”は連邦軍の飛行具とは違い、上昇力はだいぶ高い。連邦のSUは基本的に速度は出せるが魔動機の質の問題で上昇力を維持するのが難しいのだ。
高度2600mで待機すると、ヴィルケが1200あたりでダルそうに飛んでいる。
「じゃあお好きに突っ込んで来な。」
大の字で飛んでいる奴を見て、私の中で何かが弾けた。
「調子に乗ったこと…後悔させたげるわ。」
降下姿勢に入る。ドラグノフを下方に構え曲げた左脚のユニットに添える。
「これで降下時のブレはないわ、これで終わり―――――っ!?」
ヴィルケのユニットがスコープに入った瞬間奴は視界外へと消えたのだ。
「狙撃のやり過ぎで忘れたのか?航空戦は常に機動してんだ。そんな直線軌道が長くてどうするんだ。」
っ!何も言えない。射撃に全神経を注いでいたらいけないのはわかってるのに…!!
「ならっ!こうよ!」
ドラグノフを脇で固定、スコープがなくたって、狙わなくたって私は当てられる。
「おっ、少しは分かってきてんじゃないか。」
というか待って、これって私一撃離脱じゃない気がする。高度を上げる。
「そうだ、一撃離脱ってのはいつまでも敵のケツを追い回すことじゃねぇ。」
ヴィルケから距離を取り、不意に急降下を仕掛ける。脚部の安定板が激しい振動に襲われた。
「ミーシャ!それ以上加速するなよ!花火になりたくなかったらな!」
流石にわかってる。これ以上加速して引き起こしなどしたら間違いなく空中分解だ。残り700mでヴィルケが横の動きをかけてくる。お構いなしに距離を詰める。かなり荒っぽい機動をして狙いをつけさせない気か…。
「甘いのはお互いさまよ。」
引き金を引く。続けざまにもう3発、ペイント弾はヴィルケの飛行具を朱色に染め上げた。
「まぁ初めてにしては上出来だな。だが、あの距離の詰め方だとこうなるぜ?」
あっという間にヴィルケは私の後方に付く。
「えっ?」
瞬く間に私の”碧”は”朱”になってしまっていた。
「実戦で使うなよ。」
ヴィルケの言う通りかもしれない。