第12話
私はカリサと食堂車で夕飯を食べた後に部屋に戻り寝具に身体を預けた。ぼんやりと睡魔が襲い私は甘いまどろみの中へと堕ちていった。
「―――――さん!ミーシャさん!帝都です!」
私は目をこすりつつも目の前に広がる光景を脳内で処理する。そこには優美且つ圧倒的な建築技術を示す駅舎。赤レンガ造りなのは芦原と変わらないが、赤レンガをポイントポイントで用い、そのほかの壁面の白い面がさらに赤レンガの美しさを引き立たせる。あえて形のはっきりしたレンガを使わず素朴な古さを演出し、改札の床面にはマツの床板が用いられている。上を見上げた私はさらに言葉を失う。
「ミーシャさん…これ…。」
針金細工のように緻密に形作られたアーチに、どこまでも透き通るようなガラスがはめ込まれていた。それは私の視覚に美術品とは何なのかを痛烈に主張している。
「降りましょ。」
カリサに手を引かれながら私は美しい駅舎を見ていた。
「ミーシャさん、外見てください…。」
言われるがまま外に視線を送った私は帝国という国家に深く感銘を受けた。
駅舎からまっすぐに伸びる大通り、統一感はないものの風景としてきちんと自然な姿をしている建物。青々と生い茂る並木、視線を遠くに送れば八本の円柱の柱のある大きな凱旋門があった。平らに舗装されている道には軍用トラックの荷台に乗った兵士があちこち走り回っており、凱旋門の向こうには城館が見える。
「あの城館が帝居ですね。戦時中の国とは思えませんよ。」
「連邦には無理ね…。パレード以外じゃまともな格好もつかないわよ。」
連邦は革命以降軍拡のみを推し進めた。確かに軍拡によって最精鋭の機甲軍、砲兵師団を手に入れた連邦。けどそれで国民は救われたのか?あの首都でさえもパレード前にのみしか舗装修繕工事をしない始末…。平等な治世という大義を掲げ、国民を煽動したその代償はみすぼらしい首都に裏切りと処刑の世だった。そのような愚行を犯したあの指導者…私の中に黒く禍々しい何かが込み上がっていた。
「ミーシャさん。怖い顔してます。行きましょう。」
「えぇ。」
私たちは駅前でタクシーに乗ると、帝居まで急がせた。
「何故です!謁見申請は確かに受理されたはずだ!なぜこの期に及んで!」
「知らん。我ら国務省は一切関知しておらぬ。交戦国の人間を謁見なぞさせられるか!」
何故か城門の前でこんな問答をしている。どうしてこうなっている…。謁見の許可は下りたはずだ。まさか罠?
とその時城内の奥から何者かが現れた。
「妾は許したぞ。そこの衛兵、引け。」
「はっ!?で、ですがこの者は!」
「よいから引けと言うておるのだ!貴様不敬罪で監獄に叩き込まれたいか!」
「はっ!」
その人物は衛兵を一喝すると私の前へ現れた。
「申し訳ない、いま帝國の情報網は中々に正確さを欠いているのですよ。さぁ遠き大陸の盟友!我が城によくぞ参られました。」
恐ろしく友好的なその人物の顔は見えなかった。ベールに包まれている顔から伸びる長い銀と黒の髪に私は感動していた。
「その…貴女はもしや…。」
その後に続く真名を発しようとしたが、あいにくその前に位の名を発せられてしまっていた。
「陛下!またこちらにおいでですか!議族の者共が待っております!どうか!今回の帝国議会には陛下の詔勅が不可欠であります故!」
黒い鉄のヘルメットに黒いロングコート、白い装飾帯を身に着けた恐らく近衛の中でも最も位の高そうな兵士がその謎の人物の正体を教えてくれる。
「あのような無能共の議会など好みません。今詔書をしたためましょう。それで議院の老い耄れ共も満足でしょうから。私は重要な客人に出向いていただいているのです。無価値な議論にこの大皇帝が何故参らねばならないのです?」
「は、承知仕りました…。」
膝を曲げ、最大級の丁重な礼をした近衛兵は力なく場外の大帝国議会へと足を向けた。
「さぁ!これで妾を邪魔するものは無くなりました!そなたたちこちらへ。」
呆然とことの次第を見送っていた私たちを皇帝は城館内部へと誘う。
「あ、あのぉ…。」
カリサが恐る恐る口を開く。
「妾の正体ですか?さきほどの者に告げたとおりです。」
革の真っ黒な長靴をカツカツと音立てながら歩いていた皇帝は黒いローブとマントの付いた軍服を翻すと元帥杖を私たちに向けこう言い放った。
「我が国は妾が在位する限り戦に負けはしません。我が帝國には勝利が約束されています。して妾は今大いなる決断を下そうと思うのです。立ち話は好きません、ぜひ謁見の間へ。」
そういった大皇帝は私たちを大きな玄関口と思しき場所に残し姿を消した。