両手いっぱいの光
ろうそくの光が揺らめいて、1個の指輪を照らし出した。
渡すはずだった女性は海に身を投げてしまい行方不明。おまけにあの嵐とくれば、もう助からないとの絶望的状況だ。
若い命をこんなところで散らせるために呼んだわけではなかった。こんなことになるのであれば、もっと素直な気持ちを先に伝えておくべきであったと、今更悔やんでも誤解が解けるわけではないのだろうけれど。
「アリシア殿……」
提督の勲章をきらりと光らせて、彼は1枚の報告書を机の上に置いた。
――アリシア・ノラド殿。行方不明、いまだ見つからず。
昨日の嵐が嘘のように、波は静まり、太陽の光が燦々と降り注いでいた。
海賊たちの朝は早い。
調理班は朝暗いうちから起きて、一部の者は釣りへ、一部の者は乾燥させて挽いたとうもろこしの粉に水と卵を練りこんでパンを焼く。小麦と違ってあまり膨らまないため、少々堅めのパンが出来上がるが、慣れてくるとこの堅いパンも味わいがある、と思うようにしている。
見張り班は交代して、しばしの休息を求めて仮眠ベットへ。
機器班は船のエンジンや大砲のチェックを。
そのほかいくつかの班が動き出した頃にキャプテンキースは目を覚ました。
うっすらと目に映ったのは、少しいつもと違う天井。揺れる寝床、ハンモックの上。
(そういえば昨夜、何か拾って、そう、そいつにベットを提供したんだった。)
「うー」
何とかぼやける頭を振って床に降り立つと、目の前にかぶり慣れたキャプテンハットが机の上に置いてある。顔を洗おうとして洗面台の前に立つと、鏡に小さく微笑んだ少女が手を振っていた。ここはまだ夢の中なのだろうか?
「おはようございます。キース様、タオルをどうぞ」
「うむ」
昨日は有難うございました!と、思いっきり彼女はお辞儀をすると、ふわりと髪が中に舞った。……一瞬ヨシの妹とイメージが重なり慌てて彼は頭を振る。
彼女はもうここにはいない。
今ここにいるアリシアはノラド家のアリシアで、いずれ陸に返さねばならない。この呪われた船に置いていたところで、残すものも残されるものも皆が不幸になるだけだ。
けれども、昔の、まだなにも知らなくて、それゆえに幸せだった頃の、少し気恥ずかしいような、ほんわかした気持ちになりそうで、このまま引き止めてしまいそうで、
「……で、どうした?」
慌てて、気を散らす。まだ頭がボケているらしい。
「朝ご飯の用意が完了いたしました。あと、」
「あと?」
小さく首を傾げると、アリシアは嬉しそうに答えた。
「キース様の服お借りしてます!」
つかつかつかつかつか……
「「「キャプテン!。おはようございます!」」」
朝のあいさつをするクルー達に軽く手を上げて返すとあたりを見回す。
朝食会場は案の定腹ペコ野郎共の巣窟になっているが、探し人が座っている席は大体見当がついている。
目指すテーブルは一番奥。
「キース、起きたか」
「キースさん、おはようっす」
航海図から目を離してあいさつした幼馴染であり、そしてやたら図体のでかい2人に、キースは怒りを押し殺しながらつぶやいた。
「アリシアが俺の服着てるはおまえらのせいか?」
認めたくないのだが、この船で一番サイズが近いのが俺らしい。しかし! 俺のほうが少し大きいぞ! これは本当だ。ズボンの裾も折っていた!
とはいえ、タンスの中を漁られもっていかれるというのは海賊としてはいささか情けない話である。
「一応寝てるときに、了解は取っただろ。寝言で承諾したのを俺は聞いた。まあ、どのみちあと2,3日で最寄の港に着くんだ。そうしたらアリシアとも別れないといけないことだし、それまで辛抱しろ」
ヨシはそこまで言うと少し寂しそうに、わかってはいるが2度離れるのは切ないものだな……と付け加えた。
「このままアリシアさんも仲間ってのは、ダメなんですかねー? 行き先の当てもなさそうだし、今度こそ囲われるためとは可哀想に」
シムの主張も、わからないでもないのだが、
「忘れるな。ここは海賊船だ」
長くいればいるほどにこの船の不審さに気が付くだろう。果てのない航海と後悔、呪われた真実、神に見放された不死の体。それに気が付くまえに、まっとうな世界に戻してやることこそ彼女の幸せだ。まして、呪いに巻き込むようなことがあってはならないだろう。
黙ってしまったシムのバスケットから1個パンを貰う。
今日はやけに上手く焼けている。
「それ、アリシアさんが焼いたんすよ」
キースが少し笑ったのに気がついたのか、シムは満面の笑みをたたえて笑った。そういや、シムとヨシの妹は婚約者同士だったか。彼女も料理が上手くて、それを思い出したのだろう。
……その気持ちも分からないでもない。
――むしろ分かりすぎるくらいだ。
「じゃあ、朝食も済んだ所で紹介する。アリシア・ノラドだ。何人かはもう顔合わせ済みで知ってるだろうが、ヨシの遠い親戚のようなものだ。変な手出しした奴はサメの餌行き、かつ、死ねない苦しみのエンドレスループだ。しっかり耳に刻んどけ」
「「「「うっす!」」」」
一同の前でアリシアを紹介すると拍手が沸いた。やはり1名でも華があるというのは少し違うのだろう。
まあ、この船の奴に大人しくサメの餌になるような者はいないから、お前も充分気をつけろよ? 一応本人にも釘をさして、彼は改めて外を見た。
――不思議なことに太陽がまぶしくて、こんなに朝が気持ちよかったかと、妙な錯覚にとらわれる。
右の手につながれたアリシアの手が、細くて、小さくて、しばらく後にこの手を離せるのかと考えてみたり。
おかしいものだ。急にまた何かの呪いにでもかけられたか。
すこしわくわくしているこの気持ちは何処から来たのだろう?




