彼女の事情【後編】
――海で拾われた?
ヨシ様が身を乗り出すので、私は頷いた。
「たくさんの女性の死体が流れ着いて、海で船が難破でもしたんだろうと思っていたら、たった一人だけ甲板の上に凍死しないように守られた女の人がいたそうです。それが私の曾おばあ様で。」
そこまで言うと3人は沈痛な面持ちで押し黙ったまま、
「そうか」
と震える手を硬く握り締めた。私も激動の人生を歩んだ曾おばあ様を思って祈る。
「話は戻りますが、私は副提督ミルフォード様のお屋敷にいくのだと思っていました。ですが、私が愛妾として出される先は、提督シャムロック様のところだったのです」
シャムロック様は今は一人も愛妾をもっていませんが、提督におなりになる方。これからはたくさんの方とお付き合いされるのでしょう。けれども、一度もお話したこともなく、それどころか私がシャムロック様の方を見ると、あの方は顔を背けてしまわれるのです。
勿論私に拒否権はありませんから、何も言えませんが。愛妾を持つのが嫌なら断ってくれれば良いし、それが出来ないなら、せめて一言くらい声をかけさせてくれてもよいものを。
そう思いはしましたが、この話を壊すわけにもいかず、気が付けばシャムロック様のお屋敷に送られる船に乗っていました。たくさんの結納品と一緒に私も座って空を眺めると、心の中とはまるで反対に綺麗な青空が広がり、それがじんわりと心の中に染み込んでいくようで、これからの行く末を考えれば考えるほどつらくて……自分がこんなに弱いなんて今まで気が付かなかったんです。
「そのとき急にあの嵐がきました」
輸送船の船乗りは言いました。
「こいつはひでぇことになるぞ!」
そしてその言葉どおり、船は荒れ狂った波に大きく揺れました。多くの結納品を積んでいるだけに、重すぎて舵がきかないのでしょう。
曾おばあ様が代々「アリシア」の名を残すようにと私に話してくれたとき、自分は嵐を沈めるために他の女の人と一緒に人身御供になったのだと語ってくれました。
これは運命なのかもしれない。「アリシア」の名前も「モノ」としか扱ってもらえない血筋も断ち切るために、きっと神様が用意してくれた「死に場所」なのではないだろうか。いままで閉じ込められ、生きることも死ぬことも許されなかったから、むしろ自由になれるのだと、私は荒れ狂う大雨の中必死で舵を取る輸送船の船長に向かって叫びました。
「後をお願いいたします! この嵐はきっと収まりますからっ。結納品は1品減りますが、後は残らずシャムロック様にお渡ししてくださいませ」
それから走って、甲板から身を投げて、すごく痛くて、冷たくて、頭がぼうっとして、息が苦しかったところまでは覚えています。
「で、この船に遭遇したと」
「はい」
話し終えると私は一口、水を口に含んだ。
「怖い思いをしたんだな」
癖のある髪をくしゃっと自分で掴んで、まるで自分のことのようにつらそうな顔をするシム様は、優しい人だと思う。
「でも、食べるものにも寝るところにも困りませんでしたから」
母親はまだ幸せだったと聞いているが、おばあ様は暴力を振るわれ、若くして亡くなったのだと聞いている。人間としての生活を送らせてもらった私は幸せなほうだろう。
「アリシアは不幸なだけではなかったか?」
ヨシ様に問われ、すぐに頷く。
「はい。私が不幸だ不幸だと嘆いたところで、不幸が消えてくれるわけでもないですし、誰かが守ってくれるわけでもありません」
それは、まだ15歳の少女にしてはあまりに寂しい答えであったと、後にヨシ様は苦笑混じりに教えてくれた。
「じゃ。いくか」
ふいにキース様が席を立って、付いてくるよう合図する。
えっと、その、これはもしかして、運賃請求というかそういうことなのでしょうか。食べ終わってから担った食器を重ねる手が震えるが、何も持たない私に出せるものなどあろうはずもない。思い切って、小走りに追いかける。
「キースさん、アリシアさんをどどどどどうするんですかー」
「ああ、うん。今ならシムの頭ん中がよくわかる。大変残念なことに、だ。安心しろ。キースはそこまで飢えてない」
後ろから、慌てた声と困ったような声が背中を撫でていった。




