その視線の先には
キャプテンキースは逃がしてしまったけれど、彼女は取り返すことができた。
まあ、突然の遭遇であったのだから準備不足の感が否めないだろう。
道に座り込んだ彼女に「大丈夫か?」と声をかけると、アリシアはゆっくりと立ち上がって紙袋を拾い……そっと抱きしめた。
それから、俺のほうを振り向いて「お久しぶりです、シャムロック様」と、ゆっくりお辞儀した。
「アリシア殿っ! ご無事だったんですね。あの嵐の夜からずっと心配しておりました」
彼女が失踪したとき船に乗っていた海兵が駆け寄ると、アリシアは泣きそうな顔で微笑んだ。
「どうしたんすか? もしかして海賊に捕まって怖い目に……」
――いや、多分それは違うだろう。
一瞬見えた。彼女が自分から手を離し、あの海賊がそれに驚いた表情が。
そう、多分足手まといになったから捨てられたのではなく、あいつを逃がすために彼女は残ったと考える方が正しい見方で、
「怖い目になぞあっていません。ただ、助けていただいただけですから」
それが一番真実に近いだろう。
「シャムロック、とりあえずここにいても仕方がねぇし戻ろうぜ」
ミルフォードが帰ってきて「まだまともに食ってねぇしよ」と付け加えた。
確かに俺もこのままいても、取り逃がした魚が帰ってくるわけでもないので、そうさせてもらおう。
「アリシア殿、お手を」
荷物が重そうだったので、代わりに持とうとすると、彼女はやんわり首を振って「大丈夫ですから」と答える。軍手やらロープまで詰まった紙袋は重そうに見えるのだが。それに、紙袋から見て、あのドレスと引き換えに買った服も入ってそうだが、それにしては量が多いので、もしかしたらあの海賊が買い与えたのかもしれないと想像し、あまり気分が良くないものだと思った。
さっき彼女と手をつないでいた姿を思い出して、少し苦笑する。
これは嫉妬というものだろうか?
「とにかく、」
無事で良かった。そう言おうとした瞬間、俺は見てしまった。
アリシア殿が幸せそうに紙袋に頬を寄せているところを。
その視線の先には、キャプテンキースが去った港。もしかして彼女は……。
先ほどの感情は、やはり嫉妬なのだろう。
たった数日の間に何が起こったのか。彼女の心を一体何がここまでひきつけてやまないのだろう。
さっきの店に戻ると店長がパスタを温めなおしてくれた。
さっき全速力で走った海兵はさっさと1皿平らげ、もう1皿注文している。
動けなくなるぞとたしなめると「さっき走ったんで腹へったんすよ」とぶーたれた。
大人気ないぞといいかけて、自分も説教できる立場ではないように思い、心のうちで留める。
「それにしても幻の海賊『キャプテンキース』に会えるとはな。あの船に助けられるなんて幽霊船に出くわすよりも珍しい体験だと思うぜ。なあ、アリシアちゃん。次何処へ向かうか聞いているか?」
にやりとミルフォードは唇の端を上げた。
捕まえるつもりなのだろう。最近、ライバルが手柄を上げたからな。
確かにあの海賊を捕まえることができたなら、飛躍的に昇進するし(なにせ長い間指名手配されているから、総額賞金だけで人生何回かやり直せる額になっている)、名声も手に入る(幻と付くだけあって伝説扱いである)。
しかし、そう上手くいくだろうか?
相手は年季の入った海賊だ。50年前の手配書そのままだったのが気にかかるけれども、よく似た子孫に違いない。
「何も聞いていません」
アリシアは首を横に振った。
そうだろうな。一味になったのだとしても、こんな新人に大事な情報は与えまい。
「ミルフォード、今はとりあえず彼女を休ませたいんだが、いいか?」
「へーへー、シャムロック提督はお優しいことで。でもな、アリシア。船の見取り図くらいはかけるよな? 今すぐとはいわねーけど」
食い下がるな。
「できません。助けてもらった恩をあだで返すようなマネは――」
「やらなきゃ、海賊の一員として法律にのっとって死刑だけどいいか?」
その瞬間アリシアの顔がこわばる。
「ミルフォード、やめないか! アリシア殿、すまないな。言いたくなかったら言わなくていいぞ。上には閉じ込められていたと報告しておくから」
本気でミルフォードを睨むと、奴はフンと鼻を鳴らし「後で」と席を立った。
ミルフォードは自分の手柄のためだけにキャプテンキースの情報を取ろうとしたのではないと思うだけに、厳しくはいえない。多分、あいつの質問は本来俺が言わなければいけないもののはずだからだ。
そして、彼女が海賊達のことを吹っ切って忘れられるように。
海軍のために。
確かに奴らを捕まえるには彼女の情報が必要だ。
だから……
「ミルフォードを悪く思わないでやってくれ。あいつはわざと言いにくいことを行く仕事を引き受けただけなんだ。すまないが、俺たちが海軍である限り、海賊は取り締まらないといけないんだ」
アリシア殿の目線に合わせてかがむ。
なるべく安心させるように。
けれども、アリシアは
「ごめんなさい。シャムロックさま。私は協力できません」
と、かたくなに拒むばかりであった。




