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海賊と私  作者: アルタ
10/15

借りた服を返すとき

 あまり傷を見せてくれなかったので心配していたけれど、みるみる回復していくキース様に安堵する。今では朝食も食堂で取られるようになり、航海図とにらめっこしつつ進路を修正する日々が戻ったようです。

 あれから、例の修理個所はシムさん達が中心となってすぐに修理されました。

 厨房もピカピカになり、私も調理班に混じって炊事のお手伝いをしています。

 最初のうちは、怖い思いをしたからと気を使ってくださった皆さんも、今では一緒に料理をして、私自身、世界中の料理を教えてもらい、とても有意義に過ごしています。


 この船に乗った時に感じた違和感は、もうほとんど消えかけていました。

 海にいれば色んなことがあるのでしょう。

 だから、私のようにほとんど外に出なかったものにとっては、そんな皆さんが、大人っぽく見えてしまうのかもしれません。


 そうして楽しい日々は過ぎていきました。

 その間、私は考えなくてはいけないことがありました。

 ――船を下りたらどうしよう

 ヨシ様にも聞かれました。


 いつまでもこの船にお世話になるわけには行きません。

 どう考えても足手まといで、それにキース様の服も借りっぱなし(「やる」と言われて、数着もらった服を洗濯しながら着ています)。かといって、身寄りがあるわけでもなく、やはり就職活動?


 そういうわけで自分のできることを指折りあげてみる。

 一応お屋敷にいたから、相応のマナーと勉強は教えてもらいました。どこの愛人に出しても恥ずかしくないようにと一通りの教育は受けたので、家庭教師か何か住み込みの仕事があればいいんだけど……愛人になって養ってもらうのだけは嫌だなぁ。


 鏡に向かって、最近櫛で梳くくらいしか手入れをしていない髪を見る。

 水仕事で少し手が荒れて、あと、うっかり切ったところには、ぺたりと、ばんそうこうのようなものが貼られていたりして。


 働くなら、港の近くがいいな……。キース様や、皆さんと会えるように、また会いたいから。

 そう言うと「俺たちはひとところにあんまりいないが」と返ってきた。何か事情があって、あまり同じ海域にはいないのだそうです。

「それじゃあ、港についたら本当にお別れなんですね」

 ぎゅっと抱くように手を握り締める。


 まるでずっとここにいるような気でいたから、お別れがつらい。



 ゆっくりと三角レンガの屋根と白い壁の町並みが姿を現す。綺麗に晴れた青い空が栄えるようで美しい。

 大きな港ではないけれど、接岸した先ににぎわっているカラフルな市場が見えるので、もしかすると商船が立ち寄るための補給港なのかもしれない。小さくてもたくさんのお店の看板が窓から見える。

 視線を下に移すと、ワイン樽を運ぶ作業員の姿が見えた。


 もう少し船にいたい気もするけれど、クルーの張り切る声がきこえる。

 キース様たちは契約書を取り出して、他の大陸から運んできたものを取引しているようです。


 私が急いで荷物をまとめていると、シムさんが

「今ちょっと取引中だから、もう少しまってて」

と、言った。確かに企業秘密を聞くのはよくないだろうと思って、部屋で大人しくしていると、ドアがノックされた。


「もう終わったんですか?」

 今一番忙しいはずのキャプテンが、目の前にいた。おやつのクラッカーを食べながら。

「ん? ああ、いま商品を運び出したり運び入れたりしてるから、まだ少しごたごた中。落ち着いたら、船をヨシに任せて俺も一旦下りるぞ」


 そう言って、私の荷物と、その横におかれたキース様の服に目をやる。

「サイズがなぁ……」

「結構ぴったりでした。有難うございます!」

 笑顔で御礼を言うと、頭をはたかれた。軽い音がして「ぴったりじゃねえ!」と否定されてしまう。ええ~。



「アリシアは行くあてがあるのか?」

 キース様はキャプテンハットを脱ぐと、窓から積荷の受け渡しの風景を見ながら、後ろ向きのままで問い掛けた。

「当てはないんですけど。私、死んだことになってますから。あ、でも絶対この船のことをべらべら喋ったりはしませんよ!?」

 それだけは決めていた。


 なんとなくこの船には秘密があるような気がして……


「だから心配しないで下さい。

 あと、私……どんな人の元でもやっていけるように教育は受けていましたから、家庭教師の職でも探してみようかと思います」

 文字を書いたり、読んだりといったことを、しかるべき教育を受けていない普通の人はできないのだそうだ。


 文字の読み書きは、交渉にしろなんにしろ必要とされる技能だ。

 一部の特権階級の人以外にも飛躍するチャンスが回ってくるように、学校のようなところで働けたらいいな、なんて思う。

「そうか」

 キース様は人の波を見ているばかりで、その表情は窺い知れない。


「キース様、有難うございました」

 最後だから、もうこれでお会いするのも最後だから、そっと後ろから、背中に触れる。


「感謝してもしきれません。私、あの嵐の晩死にたいと思ってました。そうすることで全てを終わらせたかったんです。でも、あの時死んでいたらこんな幸せな時間があるなんて知ることもなく一生を終えていたんですね」


 船から拾っていただいた時、サメから助けていただいた時、ひとつひとつの優しさがすごく心に染み込んでいきました。

 クルーの一人だといってもらえた時、嬉しかった。

 嬉しくて、涙が止まりませんでした。

 有難うございました。

 もうお会いできないかもしれませんが、いつまでもご無事で。


「……元気でな」

「キース様も」


 笑顔で別れないといけない。

 感謝しているのは本当。

 なのに視界が歪んで、目を見開いても涙が溢れてきて、私、こんなに泣いたことなんてなかったのに。

 今までは人形のように過ごしてきたから。家のために、そしてふさわしい人間であるようにと、できるだけ感情を押し殺してきたというのに、何かの反動で、感情的になってしまったかのよう。


 私は、震える指をキース様から離す。

 泣いているのを悟られないように……

 それから、小さくまとめた荷物を手にとると後ろに下がってお辞儀をした。

 ありがとう、本当に、心から感謝しています。

 いっぱいいっぱいお辞儀をして、頭を下げた。


 するとキース様は相変らず窓の外を見たままため息をついて、

「アリシア。出て行くなら俺の服は、そのまま餞別代りにくれてやる。うすうす気がついてると思うが、ここは一応海賊船だ。今はもう普通の貿易に近いことをやってはいるが、まだ指名手配中には変わりない。」

こちらを見ずに、そのままの体勢で話し始める。

「キース様……?」

「悪名高いキャプテンキースは俺だ。ここは呪われている。皆歳をとらん。船の中は時間が止まってる。それが、俺たちの秘密」

 話に脈絡がなくて、そしてなんだか魔法のような信じがたいような話を聞いて、私は一瞬戸惑う。


 時間が止まる……?

 そんなことがあるのだろうか。でも、キース様は嘘をつくような人じゃない。


 それなら今まで感じてきた不思議も何もかも説明が付くような気がして、荒唐無稽だと思う一方、納得してしまう自分もいた。分からないのは、どうして私にそのことを教えてくれたのか……。


「それでもいいと言うなら、この船に居候しても構わん」

「えっ!!!」

「無理に自分を納得させる必要なんかないだろ。わがままは言ってみるもんだ。誰かアリシアを追い出そうとする奴はいたのか? いなかっただろ? だが、覚悟はして欲しい。ここがどういう所かということだけは念頭に置いてくれ」


 自分にだけ流れていく時間。いつまでも若い船員。

 それでももう少しいたいと言うなら、俺は止めない。

 キース様はそう言ってこっちを振り向いた。

 逆光で表情がよく見えなかったけれど、少し緊張しているようだった。


 私の返事はもちろん決まっていて、頷くとキース様は私の荷物を取り上げるやいなや、ぽんとそれをベットの上に放り出して、代わりに私が借りていた服を持ち上げた。

「じゃあ、これは返してもらう! 代わりにもっと「本当にぴったりのサイズの」服を買ってやる。まあ、この数日働いてくれた給料と俺の看護をしてくれた御礼を兼ねて。」


 至近距離で見た笑顔は、まるで見た者がとろけるくらい、嬉しそうな、楽しそうな笑顔でした。

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