第七話 『メリーさん』
遅くなりました……。鏡花水さんからのリクエストで「メリーさん」です。
「ククッ。いや、失礼した。冒頭から笑い声など失礼だな」
笑顔で、それこそ頭から音符を出しそうな雰囲気のまま謝る語り部は、声だけ真面目に表情筋は全て緩めて謝罪の言葉を述べる。
「まぁ、これでも俺は常識というものは備わっているつもりでね。表情は許して欲しい。天邪鬼なのさ」
「ふうん、そうなんだ」
「……」
天邪鬼の表情は笑顔ではなく嫌そうな顔で固まった。
「あら、今の表情から察するに私と出会えて嬉しい、という気持ちでいいのかしら?」
「帰れ」
「ふふ、照れ屋なのね」
「マジで帰れ」
「私にとって、今の君の言葉と表情は自身の首を絞めているということになっているのが、たまらなく心地いいわ」
クスクスと勝ち誇った笑みを浮かべにやついた表情で語り部を見る女性。今まで出てきた女子高生ではなく、大学生の女子、といったところだろう。
天然の茶髪で少しばかりウエーブのかかった綺麗な髪が、夜の街灯にきらめく。この男に声をかけた瞬間に、帰宅途中の学生やらサラリーマンが彼に恨みの視線を込めるほどだ。
もちろん、語り部にとってこれほどまでに嫌な条件が揃うのは稀なことなのだが。
「んだよ、何しにきた」
「先輩よ。これでもね」
「敬語はいらないだろ?」
「あったらあったで心地いいものよ」
「気持ち悪がっていたくせに」
「否定しないわ。まぁ、それほどまでに仲がよかった、とでも捕らえて頂戴」
「それで?」
「あなたのアパートに行くわ」
「は!?」
語り部は今までの余裕ある態度を崩壊させてまで、驚いた。
嫌というかは苦手意識の強いこの大学女子である鳳山であるが、語り部たる彼も何かと交流があったために苦手意識は薄れてはいる。苦手だが。
それでも、突発的にこんなことを言う人ではなかったはずだなどと思考回路を回転させるどころかショート寸前まで考えるが、結果的にはショートしたのだった。
「お~い。もどってこ~い」
「なんで、くるんですか?」
「おや、敬語か。復活にしても敬語は微妙だなぁ。警護は欲しいが」
「上手くねーんだよ。何も上手くねーよ。山田君に座布団持って行かれろ」
「わかってるよ。しかし私は山田君の代わりに君を指名するがね」
「なんでだよ!」
語り部の突っ込み。これは珍しいものである。
しかし鳳山にとってはさほど珍しいものではない。彼と交流を始めてからは毎日聞いたようなものである。故に、懐かしいだけ。
「わかっているだろう? 君って、いじりやすいから」
「ホント苛めるのが好きだな」
「否定はしない。むしろウェルカム」
「歓迎するな。そこらのマゾヒストでも誘ってろ」
「では誘うか。君の家に行くから護衛してくれ」
「俺をマゾにするんじゃない」
「えー」
「えー、じゃない!! アンタねぇ」
「いいじゃない。襲われるのも私はいける口よ」
「そんなものは捨ててしまえ」
「口は捨てられない、味わうものだから」などと揚げ足取りのように笑顔で微笑みながらも嬉しそうに語り部に絡む鳳山。その顔はこの暗闇すらも照らしそうなほどに輝いていた。
「まぁ、そんな雑談をしている間についてしまったのだけれども」
「しまった!!」
「君も随分とうっかりさんね」
「同情の視線を送るどころか貶す視線で俺を見るのはやめていただきたい」
「興奮する?」
まさかと諦めた表情でなんとか言葉を返し、ため息混じりに玄関の扉を開ける。
暗い部屋の中。玄関は月明かりやら他の家の光が差し込んで見えるのだが、それ以外は暗闇。
暗すぎて迷い込んでしまえば家から出られなくなるほどの、深い深い闇。
「明かりつけます。そこで待っててください」
「ええ、お願い」
靴を脱いで、蛍光灯の電気をつける。
チカチカと点滅したあとに、しっかりと部屋を明るく照らす白い光が仕事を始めた。
部屋の中は到って普通。玄関があり、トイレへ向かう扉や風呂場へ向かう扉、そしてリビングへと通じる扉。語り部の部屋の扉には『close』という札がかかっていて、なんとも生活身が溢れ出ている。しかし、それ以外は何もない。
「ふうん」
「何もないでしょ」
「そうね。何もないわね」
「まぁ、上がってください」
「お邪魔するわ」
お互い靴を脱いで部屋に上がる。玄関先の電話機についている赤いランプが点滅しているのを、彼女は見逃さなかった。
「留守電、残ってるわよ」
「留守電? 俺に電話を入れる奴は大概携帯電話のはずだが……」
とりあえず、二人は録音再生ボタンを押し、用件を聞き始めた。
しかし、耳に入っているのはノイズ。雑多などによる音ではなく、テレビに映るジャミジャミと呼ばれるグレー画面の音を聞いているかのような音が二人の耳に吸い込まれていく。
「……イタズラかな?」
「……わかんね」
だが、二人の不快そうな表情は急に、一変して驚愕の顔に変わる。
相変わらず雑音が鳴り響く電話から、かすかに女の声が聞こえたのだ。雑音に邪魔されない、クリアな音質。まるで、雑音の中に住んでいて、自分の声は野次馬のざわめきすらも寄せ付けないと主張するかのような、はっきりとした音。
『……私、メリー』
「メリー? 外国人の知り合いか?」
「いや、俺に外国人の知り合いは……、学校にはいるが『メリー』なんて名前は聞いたことがない」
「じゃあ、誰なの?」
『今、あなたの街へいく駅のホームにいるの』
「「随分遠くだな、おい」」
全くもってその通りである。普通ならばそんなところから電話などかけないだろう。せめて、あなたの街にある電車の駅にいるの、ぐらいだろう。
メリーと名乗る女性の声はそこで途切れ、電話機が録音した時間を読み上げる。
時刻は、十九時二十七分。現在の時間から一時間以上前だった。
「……ねえ」
「……何?」
「メリーさん、だっけ。おかしいよね」
「ええ」
「「駅からこの家は三十分で着くのに……」」
二人して自分の目頭を抑えた。なぜか知らないが、二人の目には涙らしきものが溜まっている。
つまり、電話の主『メリーさん』は迷子になったらしい。
「……探しに行ったほうが、いいのか?」
「いや、ここですれ違いになると面倒くさい。とりあえず、電話を待とう」
その言葉に反応したのか、家の電話が着信音を鳴り響かせる。相手は非通知設定にしているらしく、名前は表示されなった。
語り部は、とりあえず受話器を挙げもしもしと言葉をつむぐ。
『わ、わたし、ぐすっ。メリー、さんですっ、ううっ。あの、あの、今「七平五丁目の一の十八」にいるんだけど……、うううぅ』
泣いていた。電話の主は、明らかに泣いていた。涙声が語り部の心をなぜか痛めつけてくる。
「あー、えっと、一旦駅に戻れますか?」
『ええ!? ここまで来たのに、も、戻るの!?』
「はい。駅に着いたらまた電話ください」
『う、うん』
とりあえず、相手も電話を切る。そして、語り部の額にはなぜか汗が浮かんでいた。
「で、どうだった?」
「間違いなく、メリーという人だったんですが」
「……ねぇ、その子ってさ。都市伝説の『メリーさん』じゃ、ないのかな?」
「まっさかぁ。迷子になるなんて聞いたことが」
そこまで言うと、また電話がかかってきた。語り部の言葉をさえぎり、鳴り響く。
「……電話だよ。とってあげな」
「……はい」
なぜか、いたたまれない空気になる二人であった。
「もしもし」
『あ、あの! 私メリーさん! 駅にやっと着いたの!!』
「あ、そうですか」
『それで、それでね? あなたの家はどこにあるのかなっ!』
「「……」」
二人は、顔を見合わせた。そして、同じことを思い浮かべただろう。
「「(これが本物の、メリーさん?)」」
『あ、あの、留守番、聞いてくれたかな? あなたのところに行きたいんだけど』
「ええ。聞きました。駅の出口から左の道へ行って、真っ直ぐです。突き当りを右に曲がってもらって進んでいくと、『右野荘』という看板が見えるはずなので、そこでまた電話を」
『ま、ままま、待ってよぉ! め、メモするからもう一度!』
「……かわいい」
この台詞を聞いた鳳山の顔が、かわいいものを抱きしめたいという感情をあらわにする。それどころか、ペットを飼うかのごとく弛緩した顔になる。
語り部はもう一度、自分の住むアパートへの行き方を教えると、受話器の向こうから『わーい! ありがとー!』というなんともかわいらしい声が聞こえてきた。
その言葉に、鳳山は自分の体を抱きしめ、悶える。
「可愛いなぁ、可愛いなぁ、羨ましいぞ!!」
「いや、本物なら危ないだろ」
メリーさん。
よく知られている話は少女が引越しの際、古くなった外国製の人形、「メリー」を捨てていく。そして、人形を捨てた日の夜に、電話がかかってくる。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの…」
気味が悪くなって、電話を切ってもすぐに電話がかかってくる。
「あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの…」
そしてついに「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」という電話が。
少女は思い切って玄関のドアを開けたが、誰もいない。やはり誰かのいたずらかと思った直後、またもや電話がかかり、受話器をとり声を聞くと。
「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」
といった感じだ。
「君、彼女が本当にそんな怖いと思ってるの?」
しかし、鳳山には相手側の女性がそんな恐怖の対象に感じられなかった。これには語り部も不承不承ながら同意である。
「あそこまでドジだと可愛さしかないわよ」
「そうかなぁ」
「そうよ! 可愛いは正義!!」
「サムズアップしないでくれ……」
狭い部屋の中で彼女は両手を天に掲げ神へ祈るかのように天井を仰ぎ見る。
その様子を、彼はため息交じりで見ていた。
そして、本日三度目の電話が入る。語り部はため息をつきながら電話に出た。
「もしもし」
『もしもし。 私メリーです! あなたの指示通りに来たら着きました! ありがとうございます!』
「いえいえ」
『そ、それでですね! あなたの部屋の場所は!?』
「上の階の左から二番目です」
『はーい! 待っててくださいねー!』
電話が切れる。語り部は受話器を置いて振り返ると鳳山の嬉しそうな表情を見た。そして、彼女は何を思ったか語り部に抱きついたのである。
「くるんだよね? くるんだよね!」
「ええ。どうしました……?」
「うふふ、可愛いんだろうなー。声の幼さからして十三歳未満! 抱きしめてあげたい!」
「お、おいおい。どうしてこーなった」
「君も可愛い部類の人類だが、彼女は彼女で違った可愛さがありそうだ。ふふ、抱きしめたいな!」
語り部は天井を見上げ溜息を吐いた。そして、本日何度目の溜息なのかと少し悲しくなりながら電話を待つ。
予想通り、彼の家の電話が鳴った。彼はすぐに受話器をとり、何度も交わした電話ならではの言葉を放つ。
「もしもし」
『私、メリー。今あなたの部屋の前にいるの……。今、そっちにいくね』
電話が切れる。
鳳山は語り部から体を離し、ドアを開けて入ってくるメリーさんを抱きしめる準備をし始めた。具体的に言うと、屈伸をしている。
語り部はドアを見つめ、入ってくるのを待つ。
だが、扉は一向に開かれなかった。鳳山は足を曲げた状態で固まり、語り部も固まる。
そして、扉越しに聞こえてくる声が、二人の脳を揺らした。
『あ、あれ? な、なんで開かないの? あ、開けてよー! 開けてったらー!』
「かわいいっ!」
「あー、すまん。鍵かけてた」
「ナイス!」
「自重してくれ、鳳山」
『お、お願い! 開けてー!』
とりあえず、ここまで来てくれた来客をそのまま帰すわけにも行かないので鍵を開けて扉を開ける。
目の前にいたのは、鳳山の予想が見事に的中したかのような、十三歳ぐらいの白いワンピースを着た少女が涙を潤ませながら立っている。髪は黒く、ボブのショートカットに近い。それが人形のようで、語り部は思わず言葉に詰まる。
「あ、あの! 語り部さんで、あってますか!?」
「あ、ああ。いかにも俺が語り部だが」
「よ、よかったぁ! 私こういうこと初めてで、不安だったんですよー!」
「そうか。まぁ、なんだ。とりあえず上がるか?」
「はい! おじゃましまーす♪」
こうして、語り部の部屋にメリーさん(自称)が上がりこむのだった。
~少年少女移動中~
鳳山はなぜかリビングで待ち構えていた。
「なにやってんだ……」
「待っていたよ、二人とも! 特にメリーさん!」
「は、はひっ!」
「……! か、わいい~!」
彼女は嬉しそうにメリーに抱きついた。そして、抱きしめ抱っこをし、ほお擦りする。そのときのメリーは状況が飲み込めずあわあわしていて、なんというか小動物を連想させている。
「……とりあえず、何か飲むか? ウーロン茶またはオレンジジュースしかないが」
「あ、私ウーロン茶」
「わ、私はオレンジジュースを」
「へーい」
語り部は台所へ消えていき、女子二人が取り残された。
鳳山は何も言わず、彼女を抱きしめほお擦りするだけ。そしてメリーもどうして言いかわからずアワアワしているだけの時間が過ぎていく。
語り部が指定された飲み物と自分の飲み物を入れたコップをお盆で持ってくるまで、そうしていた。
「……んで? メリーさんだっけか」
「は、はい!」
「どうして俺のところへ?」
「あ、はい。私はあなたに捨てられたので、ここに」
「……おい、詳しい話を聞かせろ」
「待てっ、鳳山! 話をさせたいなら胸倉を掴むな!!」
メリーが捨てられたという言葉を発した瞬間に、鳳山はその場から残像を残し語り部の胸倉を掴み上げる。
「メリー、それは本当か?」
「は、はい。間違いありません」
「……俺は捨てた覚えがない」
「はっ! 犯罪者はそういうんだ!」
「俺を犯罪者にするな!」
「こんな可愛い子を捨てておいて、何様のつもりだ!」
語り部は思わずメリーを見つめる。見つめられたメリーはかわいらしく小首を傾げ、語り部を見つめ返した。
「……あ、あの、そんな、み、見ないでください」
メリーは顔を赤くして、俯いてしまった。
「……本当に俺が君を捨てたのか?」
「じょーだんです」
メリーは花の咲くような笑顔で言い放った。
「しばくぞ」
語り部は花を散らす形相で言い放った。
「ひぃっ!」
「やめないか」
怯えるメリーを鳳山が庇う。ただ、ほお擦りしながら。
「こ、怖いです。キレる若者です……」
「大丈夫だよ。おねーさんがついてるからねー」
「は、はい!」
「仲いいねー、あんたら」
お茶を一口飲んで一息つくと、彼はとりあえず制服のブレザーを脱いだ。
「ここでストリップするのはやめてくれないか? この子もいるし」
「俺の家だ。それにストリップではない」
「わ、私は大丈夫です!」
「ストリップが?」
「そ、そっちではありません!」
「鳳山。その少女はストリップしたいそうだ」
「了解。私に任せろ」
「えええええええええええええええええ!?」
語り部の逆襲なのかはわからないが、彼はとりあえずブレザーとネクタイを取り、カッターシャツのボタンを上から二つほど外す。
畳の上に寝転がると背中を伸ばして骨を鳴らし始めた。骨が子気味いい音を立ててなると同時に、語り部の表情も少し安らいでいく。
それと同時進行で、メリーさんは白のワンピースを脱がされかけていた。鳳山によるメリーさんストリップショーの始まりである。
「す、すとりっぷなんてしませんよぉ!」
「残念」
「残念なのか」
「君は見ちゃだめ」
「見る気しねーよ」
気があったら見るのか、などという鳳山の揚げ足取りをスルーして語り部は体を起し、メリーをみる。
メリーのワンピースは胸元近くまで上げられていた。ちゃぶ台のおかげで腹近くから下は見えない。
「み、見ないで!」
「安心しろ。見えないから」
「そ、それでもだめです! あっちを向いていてください!」
「へーい」
語り部は壁の方へ向いた。すると、壁の方に大きな染みがあることに気づく。
近づいてみてみると、なにやら絵画『叫び』のように見えるのが語り部にとって面白い発見のだった。
メリーが「ど、どうぞ」という少ししぼんだ声で語り部を呼ぶ。
語り部は振り向くと、なぜか至近距離に鳳山の顔がある。
「……うーわー」
「棒読みだね」
「それ以外になんと反応すればいい?」
「別にいいよ」
何かに満足したように彼女は自分の座わっていた座布団へ戻る。
語り部は頭にはてなマークを浮かべながら、とりあえず一番の疑問を解決するためにメリーに口を開いた。
「で、メリーさんの用事は?」
「え、ええと」
「君、急かすのは悪い癖だよ。ゆっくりでいいから、ね?」
「は、はい」
大きく息を吸って、語り部へと顔を真っ赤にしながら大きな声で言い放った。
「わ、私を、この部屋に住まわせてください!!」
「「……は?」」
仲良く、二人の声が重なった。
つづく。
次へつづきます。
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