第六話 『怪人赤マント』
風雅さんのリクエストにより、『怪人赤マント』です。
「さて、俺の学校の七不思議の二つ、『こっくりさん』『トイレの花子さん』を邂逅したわけだが、『都市伝説』へ戻ってみよう」
都会の道を歩く。学校での一日は終了し、休みの日に外へ闊歩する語り部。
少し不快な表情を浮かべながら、道を悠々と歩く。
「『怪人赤マント』という都市伝説だ。いやはや、七不思議とは違い都市伝説は数多く存在しているから語り甲斐があるというものさ」
すると、彼のポケットからバイブレーションの音が聞こえる。
男は、ニヤリと笑みを浮かべ電話に出た。
「もしもし」
『……話ですが』
一人の女の声が、彼の鼓膜を揺らす。か細いような、それでいて、何か思いの込められた言葉が耳を振るわせた。
「そうか。どうするんだい?」
『……わかって、いるんでしょう?』
「あっはっは! そうだな、その通り過ぎて返答に困る。さて、と。その前に一つ語っておかないといけないね」
『……都市伝説ですか? それとも、七不思議?』
「今回は都市伝説さ。何せ恐ろしいお話だ。『連続殺人魔にして大量解体殺人鬼』である、我等が街の恐怖の象徴の一つ。『怪人赤マント』についてのお話だ」
「知ってるか?」
「何をだよ」
学ランを着た二人の男は夜の道を歩いていた。
一人の男の名は、北条。そして、もう一人は山川という男だ。
どちらも昔馴染みで今でも同じ部活に所属していて、共に競い合う仲である。
「最近、この町に大量殺人鬼がうろついてるって話」
「あ? なんだよ、それ」
「血のように赤いマントをつけた奴が、包丁でバラバラにするんだってよ」
赤マントを着た殺人鬼。
二人はそんな話で部活帰りの夜道を歩く。
「ばっかでぇ。お前、信じてんのかよ、それ!」
「……ああ」
「どうした、お前。顔真っ青だぞ?」
「だってよ、死んだ人間の名前、さ」
「?」
「全部、俺達のクラスメートだった奴だろ!?」
「!?」
元クラスメートが次々に死んでいく事件。自分たちの身に関係が無いはずがない。
そして、顔を真っ青にした山川の言うことが本当ならば。
次に死ぬのは、北条たちかもしれない。
「お、おい待てよ。偶然だろ、偶然!」
「六人」
「あ?」
「六人が、俺たちのクラスメートだった」
「……マジで、か?」
「真剣、だよ。だから、お前にも忠告してやろうと思って……!」
山川が拳を握り締める。殺される恐怖というのは、体験していない人間が一番感じる最も恐ろしい感情である。
つながりがなければまだ安心できるはずが、今回はつながりがはっきりしている。
故に、恐ろしい。死ぬ恐怖。理解できないものにさいなまれる恐怖を、死ぬ体験をしないままに味わう生者だけの特権を、悲しくも二人は味わっていた。
「なんで、俺たちがそんな目に……」
「……わかんねぇ」
『なら、知らないまま死ね』
「「!?」」
二人が背後からの声に驚く。
振り返るとそこには、血に濡れたかのように赤いマントをつけ、涙と笑みの表情を表すマスクを顔につけた、一人の人間が立っている。
闇夜にも赤く煌く、存在を主張するかのように翻る赤い紅い朱いマント。
その片手に握られている、チェーンソーには大量の紅い液体が付着し、ポタポタと地面に滴っている。
夜なのに、暗いのに、その存在は嫌というほどにわかってしまう謎の存在。都市伝説の一端を担う、恐怖の象徴。
『北条と、山川だな』
「……な、なんで、なんで俺たちを狙うんだよ!!」
「そうだよ! 俺たち、何もしていない!!」
『そうか。それなら、私が殺人鬼という理由で十分だろう?』
「わ、わけわかんねーよ!!」
『うふふふふ』
不気味な笑い声。仮面越しに聞こえるその声は、くぐもっていて性別の判断がつかない。
いや、ついたところで男たちには意味の無い話でもあり、有益な話でもない。
どうやって生きるかの回答しか、二人には意味が無いのだ。
『罪知らぬまま死んでいけ』
「じょ、冗談じゃねぇ!!!!」
「逃げるぞ!!」
二人は走る。一目散に、生き急ぐために、死にたくないがために、明日を掴むために、昔の友人の死体の山になりたくないがために、息も整えぬままに無我夢中で走る。走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って、逃げだした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「家まで、もう少し……!!」
「後ろを見るな!! 死ぬぞ!!」
「あ、ああ!!」
後ろを振り返らない。追ってこようが追ってこまいが関係ない。ただ一心に自宅へと逃げ込むだけ。それまでの行為には意味も無く、あるのは死という不条理かつ理不尽な終わりだけ。
生きるために、死にたくないために、ひたすら、走る。
鬼から逃げる鬼ごっこ。捕まれば死ぬ。理不尽な鬼ごっこ。
相手は殺人鬼で、追われる側は高校生。捕まれば死に、逃げ切れば明日の恐怖に追われる際限なしの遊び時間。
誰も回りに人はおらず、呼びかけても人など見当たらない。
鬼が警察に捕まれば、この遊びも終了なのに。そんな人間が、どこにもいない。
「なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!! なんで誰もいないんだよ!!!」
『うふふ、うふふふふ。お前達には死ぬ以外の答えなど、ないということさ』
「ふざけんなよ!! 俺が一体、俺たちがなにしたんだよ!!」
『……さてな。死ぬ寸前に見られる走馬灯で、確認すればいいじゃないか』
「うあっ!!」
「山川ぁ!!」
山川がこけた。
足の限界が近かったのだろう。倒れた後の足は僅かにも痙攣しているように見えた。
「や、やめろ……」
『やめろ?』
「な、なんで、なんで」
『なんで、か』
「山川ぁ!!」
「いいから、逃げてくれ北条!! 俺は、俺はいい!!」
『見上げた仲間意識、と褒めておこう。まぁ、大丈夫だ。そいつも遅れてやってくる。死後の世界、というのがあればな』
「や、やまかわぁ……!」
「逃げろよ! いいから逃げろ!!」
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
北条は逃げる。
山川は、それを見た後に少しだけ満足そうな笑みを浮かべた。
「……なんで、俺を殺すんだよ」
『怪人赤マントは、少年少女を殺すのさ。まぁ、誘拐するのが前提だが、私にそんな時間はないし、するつもりもない』
「……理由に、なってない」
『その通りさ。だが、存在理由は、これでいいだろう? 何、気にすることは一つだけだ』
「……ひと、つ?」
『「怪人赤マント」は「悪」い子しか殺さない』
「なにも、していない……! 俺も、北条も、殺された六人だって!!」
『無知は罪。罪は悪。そして、あの六人は認めて死んでいった』
「……なに、を?」
山川は聞き返す。それを聞いた瞬間に、引き返せなくなる予感はあったのだ。しかし、それでも聞き返した。
あの六人が認めたほどの、罪。悪行。それを、自分も知りたかった。
『知っているか。とある廃校になった小学校での七不思議のひとつ。すでに都市伝説とされた「自殺少年」』
「自殺……、少年……?」
『そして、その後を追った「教師と少女」』
「……あ、あぁあぁぁぁぁぁっぁ」
理解。記憶の引き出しからその記憶が、漏れ出した。
なんてことはない。自分たちの、本当の罪。
忘れていたことが、今になって本当に悪行だとわかる、昔の話。
忘れもしない。あの時のアイツ、宮永の顔は、一生忘れない。
しまいこんで、ふさぎこんでいたものが、一瞬で解かれる感覚を味わった。
『……六人を誘拐し、この単語を聞かせた瞬間に涙ながらに謝り続けたよ。「ごめんなさい」「ゆるしてください」「宮永、ごめんなさい」とな』
「……そりゃ、そうか」
六人の泣き顔を思い浮かべる。
何もおかしなことはない。それは、だってそれは。
『うん? お前は言わないのか?』
「……言うさ。でも、お前に対しての命乞いじゃない」
『……』
「言ったら、すぐにでもいい。殺してくれ」
『……』
チェーンソーのエンジンを始動させる。
夜の静かな世界に、轟音が鳴り響き、鋸の刃が高速で回転し始めた。
「沈黙は肯定と受け取るぜ」
そして、夜空の星を見上げ、満月に近づく夜の光源を見て、山川は涙を一筋流し、目をつぶって、言った。
「……宮永、ごめん」
そして、山川という少年の十六年は幕を閉じた。
「畜生、畜生、畜生!!」
『……よぉ』
「!!」
『お前は、自分の罪を思い出したかな?』
「俺は、何もしていない!!」
『そうかそうか。山川という人間は己の罪を受け入れ、死んだぞ』
「なっ!! おま、おまえええええええ!!」
北条が赤マントに飛び掛る。
友人を殺されたという、恨みの一心で飛び掛った。
しかし、赤マントは飛び掛ってきた北条をいなして、チェーンソーの持ち手の後ろで後頭部を強打。北条はそのまま、ゆっくりと地面へ倒れ、もう一度後頭部を殴られて気絶した。
『……殺すのは、まだだ』
己が罪を、自覚させなければ。
そんなことばを吐き捨てて、赤マントは北条を抱えその場を立ち去った。
「……つっ!!」
目が覚めると、北条は激しい後頭部の痛みに襲われる。
鈍器で殴られたかのような痛み。目覚めは最悪であった。
『目が覚めたか』
「おま、おまえ!!」
『安心しろ。まだ殺さない』
「……なんで」
『罪を自覚させる。そして殺す。私は、罪人以外殺さない』
「……正義の味方気取りか。殺人鬼が」
『安心しろ。私は正義の味方でもなく、ましてや殺人鬼じゃない。鬼ではないのさ、鬼では、な。あの時のものは喩えだよ』
意味がわからない。北条は頭の中でその言葉を反芻するが、意味がわからなかった。
「……なんで、俺が罪人なんだよ……」
『意味がわからない、か?』
「……ああ。山川も、殺された六人も。罪が、あるのかよ……!!」
『あるさ。大きな大きな罪がな』
大きな罪。山川にも言った少年自殺の罪だ。
自殺したのは少年の責任、だが追いやったのは、山川も含め少年以外のクラスメイトと担任教師。
二人は後追い自殺をしたために、もういない。
ならば、残りの人間たちは罪を自覚するべきだ。だから、殺される。
「……お前、まさか」
『到った、か?』
「宮永の、関係者か?」
『さぁ。どうだろうな。関係者かもしれないし、もしかすると、本当に裁断者気取りかもしれないぞ?』
「……あんなの、アイツが悪かったんだ」
『……』
「アイツが、アイツが……!!」
『……自覚、ナシ』
「あ?」
『そうかそうか。いや、あるならあるで楽に殺してやろうと思ったが、ないのなら仕方がないな』
赤マントが徐々に迫る。
北条は逃げようとするが、腕を後ろで縛られて拘束されているために動けなかった。
『「怪人赤マント」は誘拐魔で殺人魔だ』
「……そ、それが?」
虚勢を張った。
だが、その虚勢など本当に無に帰す言葉を、赤マントは告げる。
『そしてな、「赤マント」は暴行魔でもあるんだよ』
北条の顔面を殴った後、腹につま先から蹴りを入れた。
「が、ほぉっ」
『安心しろ。楽には、殺さない』
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その廃屋に、北条の叫び声が響き渡った。
「以上だ。ああ、少々ダークすぎたか?」
『……いえ』
「それで、君はどうするのかな?」
『……私、知ったんですよ』
電子機器のスピーカー越しに少女の嬉しそうな声が聞こえる。
『……兄を助けた人が、二人いることを』
「……へえ。誰かな?」
『一人は、そうですね。なにやら悪人が許せない人物だったそうです』
「……ほう」
語り部の顔に笑みが宿る。
「そういえば、そんな人間がいたな」という笑みが、彼の表情筋を緩ませた。
間違いなく、語り部である彼の知っている人物である。
「もう一人は?」
『その人は、本当にまだわかっていません……。兄とその二人のうち一人が交代するように共に行動していることが多かったらしく、三人纏めての総称で「参宮」と呼ばれたそうです』
「……へぇ」
『その人たちには、お礼が言いたいのです。兄を、救ってくれた人物に。語り部さん、知らないですか?』
「知らないな。参宮と呼ばれていたことすら、わからなかったよ」
『そうですか。残念です』
「そうかい。で、どーすんの?」
『なにが、ですか?』
「本当に、聞きたいの?」
あのときの約束のように。
そう電話越しの少女に言い放つと、彼女は言葉を噛み締めるようにしながら、彼に紡いだ。
『……いいえ。でも、あなたの話は興味深かったです』
「そう。よかったね」
『……後悔、すると思いますか?』
「さあ。後にならないとわからないさ」
『語り部さん、あまり上手くないですよ』
「山田君呼んで来い」
『うふふ、そうですか。代わりにといってはなんですが』
くすくすという笑い声が聞こえた後に、そこで携帯の通話が切れた。
ディスプレイを見つめると、そのディスプレイに少女の姿がポツリと、映っている。
「私が、来させていただきました」
赤い、紅いマントを持った少女、宮永が男の目の前に立っていた。
「おやおや」
「うふふ。なんで、わかっちゃったんですか?」
「俺は『怪人赤マント』と友達なのさ」
「……友達、ですか」
「ああ」
「大嘘つき」
間違いないと語り部は呟き、少女は涙を流した。
書いてて一言。
「(後味悪すぎるな、これ)」
なんて思いました。
さて、感想などなどお待ちしております。わからない点があれば、それも書いてくださればお答えしましょう。
そして次回。鏡花水さんからのリクエスト。
「お、おいおい。どーしてこーなったの?」
語り部に、最大の危機が迫る。
『私、メリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの』
メリーさん、邂逅。
次回予告風って、書いてて少し面白い。