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第五話 『トイレの花子さん』

 風雅さんからのリクエストで、『トイレの花子さん』です。

 では、どうぞ。

「よお。元気にしているか?」

 屋上で青空を見ながら呟く語り部の男。

「全く、先ほどは失礼したな。いやなに、俺にも一応高校での交流、というものは存在するということだ」

「で、そのサボタージュ魔が何をしているのかな?」

 寝転がっている語り部に近づくように歩いてくる。体側ではなく、頭がある方向に。

「……パンツ見えるぞ」

 いや、見えてます。白いシルク地にレースをあしらった可愛い逆三角形が見えています。

「踏み砕くぞ」

「頭?」

「何を言う。私のスカートの中ということであれば、条件は同じく股。つまりお前の股だ」

「代償がでかすぎる」

「機能停止してしまえ」

 ……聞いたか、男たちよ。

 パンチラ、またはそういう類の奇跡的な遭遇は、死を招くと思っておけ。

「全く。そんな短いスカートを履いているくせに、パンツ見られると男を犯罪者呼ばわりするお前達はよくわからん」

「短いスカートをはいてパンツが見えるような服装をしている私達が悪い。そう言いたいのね」

「ああ。だいたいなんだ、その格好は。歩くたびにパンツが見えそうじゃないか。階段なんか男たちの夢だな」

「アンタは?」

「俺にそんな自殺願望はない」

「悪くないんでしょう?」

「知らないのか。現在男尊女卑やら男女平等といわれているが、こと性犯罪に関し、特に痴漢などの類は男の意見はあまり尊重されない。女尊男卑なんだよ。みやび

「……言われてみれば、そうかも」

「だろう? 俺は社会的に死にたくはないし、学生的に死にたくも……、あれ。俺学校来なくても大丈夫」

「だからダメなのよ……」

「そうか?」

 語り部は首をかしげた。みやびと呼ばれた女性の反応は間違いなく正しいのだが、この男にはそんなものは通用しない。通用する人物の例を挙げるならば、『奇怪痛快常識人』の竜宮だけだろう。

「で、雅はどういった内容で?」

「相変わらず話というものが嫌いな男ね」

「間違えるな。話は好きだが会話は嫌いだ」

「アンタと気が合う奴を見てみたいわ」

「鏡用意しましょうか? もしくは鏡を見に行きますか?」

「やっぱり、アンタとは気が合わない。絶対」

「へいへい」

「……それで、話」

「ん?」

「この高校の七不思議、『トイレの花子さん』について」

「……七不思議好きだねぇ、女の子って」

「五月蠅い。今女子の間で確かに流行っているけど……ね」

「そうだな。何せ『壁一面に血のように赤い液体』をぶちまけて、またある時は『赤い液体で文字を書いた』とかが今の噂だな」

 語り部が言ったのは、校舎三階右端に存在する女子トイレの被害状況。

 ペンキでのイタズラとも言われれば、七不思議にかこつけて血で書いた、等と言われている。

 一時、男子のイタズラとも言われていたがあまりにも派手であり、なおかつそれは全て昼休みに発見されたことから、男子への疑いは消えた。

「やっぱり。でも、詳しすぎない?」

「阿呆。俺だって男子ゆえに容疑者にされた一人だぞ。こんな不登校児にそんな文句をつけるとは何事か」

「いや、あんた不登校児じゃないから。ちゃんと学校来てるけどサボタージュしてるだけだから」

「そ、そうか。いや何、最近色々ありすぎて忘れていたよ。そういうこと」

「忘れるなよ……」

 男はにやけながら、雅を見る。

 黒い髪をポニーテールにしていて、それが屋上の風に揺られるたびに色っぽさを醸し出している。

 明言すらしていなかったが、彼女は美人だ。

 語り部の男もその仕草を見るや色っぽいと思うのだが。

「上を見るな」

 と、上靴のつま先を後頭部に押し当て、視線を自分の身体へとずらしていく。

 それにより、男が見た色気は全てかき消されていった。

「覗かれたくなければ、隣に座るか前に座るかすることだ」

「この姿勢がいい。足が気持ちいいからな」

「俺の頭を蹴り上げるような姿勢が気持ちいいのか、このサド」

「悪くない。私は基本苛めたがりなのだ」

「俺はマゾじゃねーよ。どっちかってーと、サドだ」

「気が合うな。だが、いじめられないというのでは気が合わないな」

「そーだな。苛められるのが弱い俺たちには、気が合わない」

「と、いうわけで。話してよ」

「なんだ。やたら矢継ぎ早だな。まあいいさ。語ろうか。『トイレの花子さん』について」







 トイレの花子さん。

誰もいないはずの特定の学校のトイレで、ある方法で呼びかけると『花子さん』から返事が返ってくるというもの。赤いスカートをはいた、おかっぱ頭の女の子の姿が最も有名である。

もっともポピュラーかつ、有名な七不思議のひとつだ。

そう。この学校で語られる花子さんは、赤いスカートでもなければおかっぱ頭でもない。ウチの制服であるブレザーにスカートというありふれた格好で語られる。

お分かりかもしれないが、今回の花子さんは花子さん、と呼べるか怪しいのだ。

特徴だけを挙げれば花子さんではないし、名前も花子ではなく、ごくありふれた現代風の名前だ。

 だから、今回は学園七不思議に属しているかすら怪しい。




 香具山真奈美。高校三年生でクラス委員長を務める平凡な女子が夕暮れの校舎、自分のクラスで一人仕事をしていた。

「~♪」

 鼻歌を口ずさみながら、皆から集めたアンケート内容を集計し、纏める。

 アンケートの内容は、『三階校舎のトイレを改装するかどうか』という案件だった。

 実際、他のトイレは全て改装され、使用者に清潔感を与えるトイレに改装したのだ。

 それなのに、たった一つだけ、たった一つのトイレが改装されなかった。

 おかしな話だ。そのトイレの話をすると、何故か皆が俯く上に教師まで視線をずらす。

 気になって学校の設立の話から調べて、そのトイレについての文献をあさったがどこまで行っても普通のトイレだった。

 だが、放課後になって女子の皆が真奈美の席に集まっては『花子さん』という単語を繰り返し話す。

 曰く、『花子さんが夜な夜な恨み言を言っている』だとか『昼休みにトイレに行った女子が悲鳴を上げたので、中を見たら赤い色の液体で文字が書かれている』だとか『手前から三番目のトイレの扉を三回ノックするとトイレに引きずり込まれる』などの、よくある怪談話が広まっている、らしい。

 真奈美曰く「私は噂に無頓着かつ興味なし」なので信じてすらいなかった。

「そんなの、あるわけないじゃん」

「いやいや、気に留めることは必要だ」

「誰?」

「ただの、うん。ただのおしゃべりさん」

「……女の子なら、もうちょっと口調どうにかできないの?」

「う、うう……。お母さんみたいだよ、この人。困るよぉ」

「何でも困るのかな……。それで、気に留めるっていうのは」

「うんうん! 花子さんのお話のことさ」

「またそれ? 噂って皆好きなんだね」

「大好きだよ。特に、七不思議。心躍るらしいね」

「知ってるの?」

「うん。教えてもらった」

「誰に?」

「後輩」

「へー……。じゃ、私集計結果を教師に届けてくるから」

「ま、待って待って待って!! 聞いてくれないの!?」

「うん」

「即答!?」

「だって、聞いても興味はもてないし……」

「え、えええ!? 折角、折角聞いてきてあなたの参考になるかと思ったのに!!」

「参考?」

「教師が視線を逸らす理由、とか」

「……なるほど」

 真奈美は少し、納得した。

 学生程度ならば、噂などで流されることは多いが教師までとなると話は別だ。

 そこに、どんな理由があるのか。確かに、興味はある。

「じゃ、聞いていく?」

「……そーね。聞いてみようかしら」

「うう、怖いよこの人。なんで威圧するのかな?」

「つまらなかったら、即ボッシュートよ」

「怖い!」

 香具山真奈美。気長に見えて意外と短気である。

「じゃ、じゃあ話すね!」

「ええ」

 そこからの内容は、驚愕しかなかった。

「あのトイレで、殺人未遂があったらしいの」

「……は?」

 殺人未遂。つまり、あのトイレで殺人が行われかけたということだ。

 否、殺人が行われかけたのではない。殺人が行われ、命からがら逃げ出せた。ということだった。

 生きて、走って逃げて、何とか生き延びた。

 教師が暴行を、殺人を、殺害をしようとした理由はわからないが、命だけは、なんとか救われたそうだ。

「教師が殺害行動をした理由はね。『その子が大好きだったのに、見向きもしてくれなかったから』だそうだよ」

「……酷い、わね」

「そうだね。それで、この話は教師が捕まったらよかったんだけど、捕まっていないのよ」

「捕まってない!?」

「そうみたい。それで、その少女は学校に来て、昨日の説明をしても全く相手にされなかった。話しても話しても、全く信じられなかった。だからかな、いまだに捕まっていない」

 冷たく、その言葉が真奈美の心臓に突き刺さる。



 少女は説明をした。

 その教師以外に説明をした。恐怖を押し殺し、勇気だけを振り絞り、話した。

 だが、そんなことが現実にあるわけがないと突き放されるだけであった。

 少女の身体にはその教師の犯行を示す証拠となる痕すらない。

 だから、相手にされなかった。

「どうして、どうして……」

「何か、あったのか?」

 一人の、同じ制服を着た少年が声をかける。

「う、ううん。なんでも、ない」

「いや、あったんだろ? 話せば楽になるかもしれないぜ?」

「……いいよ。どうせ、信じてもらえないし」

「だから、話してみろって。ほら」

 三階だったので、人気のない屋上へと二人で足を運んだ。

 少女は少年に、昨日のことを打ち明けてみた。

 昨夜のトイレでの出来事。教師の行動、犯行理由、どんな目に合わされたか、そして、命からがら逃げ出したこと。

「……そうか。信じがたいな」

「やっぱり、そうでしょ」

「でも、それは本当なんだろ?」

「!」

 少女が、少年の顔を見た。

「お前がそこまで言うのなら、それは本当の出来事じゃないか。なら、話は君の方が正しい」

「信じて、くれるの?」

「もちろん。いや、何。俺は教師が嫌いでね。君のほうに肩入れしたくなるというのも理由の一つだが、そんな目に合った、というのは話を聞けばわかるし、顔を見ればわかる」

「……」

 信じられる、人を見つけた。

 支えてくれる、人を見つけた。

「ありが、とう……」

「うん。それじゃ、その教師に会いに……いや、トイレに行こう」

「え……?」

「ふふっ。ごめんね、これは俺の興味本位だが、そのトイレ、何かある」

「な、何か……?」

「うん」

 少女は、少年の行動に少し戸惑ったが、現在の時間は授業中。休み時間ではない。故に、トイレには誰もいない。もちろん、その教師も。

「来る?」

「……うん」

 少女は、少年が差し出した右手をそっと握り返し、共に屋上の階段を下りた。

 そして、女子トイレへ向かう。

「……えっと」

「何かな」

「本当に、その、入るの?」

「え、うん」

 少女が少年に、言った。

「ほ、本当に?」

「え、だから、うん」

 考えてみて欲しい。少女の手を握っているのは、男である。

 何の躊躇いも躊躇もなく、少女の手を引っ張り女子トイレへと入っていく。

 おかしな図である。

「このトイレ、本当に何かある」

「な、なんで、そう思うの?」

「考えてみてくれよ。普通、教師がどーして教室という場所ではなく、女子トイレを選ぶ?」

「……で、でも」

「入ってみれば、わかるさ」

 トイレへ、入った。

 普通の女子トイレ。タイルが敷かれていてスリッパで中に入り、個室のトイレで用を足す。手洗いと壁掛け鏡があるだけの、普通のトイレだ。

「……君が襲われたのは、どの個室の前かな?」

「え?」

 個室の前。その言葉に、意味があるのかはわからないが少女は答える。

「手前から、三つ目の」

「そこか」

「え、ちょっと」

 迷わず扉を開ける。

 そこには便器一つが存在し、あとは掃除用具程度しか存在していなかった。

「な、何か、あるの?」

「うん。多分、掃除用具の中、かな」

 トイレ用掃除用具は扉側の隅に置いてあり、トイレの扉を開けたとき、開閉に支障のないように置かれている。

 そして、トイレの掃除用具はちりとりのような収納ケースがついているのが最近のものだ。

「……う、そ」

「やっぱり、ね」

 便器を洗うトイレブラシをのけたケースの中には、小さなカメラが入っていた。

「盗、撮……」

「これだな。これで、撮影した女子で気に入った人を選び、呼び出す」

「……」

「ふふ、どうする? これを見つけたといってその教師以外の人間に渡せば、君の手柄になるかもしれないぜ?」

「……う、うぅぅぅ」

 泣いていた。

 少女は泣いていた。盗撮されていたという事実に、気味が悪く、そんな盗撮画像を見られたうえに殺されかけたのだから。

「よしよし」

「ひ、酷い……」

「そうだね」

「こんなの、酷いよ……」

「そうだね」

 泣きつく少女の頭を撫でる。優しく、やわらかく、しっかりと。

 支えるように撫でる。

「とりあえず、ここを出よう」

「う、ん……」

 少女はカメラを持って、少年にすがるようにしながら外に出た。





「……さて、このカメラだけど」

「……」

「どうしたい?」

「……許さない」

「そりゃ、そうだろうけど」

「……私、あの男に復讐したい」

「……どうやって?」

「あのトイレで、二度と何もできないように赤い、赤い文字でその教師宛に文字を書き続ける」

「……女子も、近づかなくなっていい、と」

「うん」

「本当に、それでいいのかい?」

「うん。アイツに、ちょっとでも恐怖を抱かせれば、それはずっと恐怖のまま、心配で心配で夜も眠れなくなるはず」

「……なるほどね。盗撮ネタを使うわけだ」

「証拠は、ゆっくりゆっくりと時間をかけて提出するか、すぐに出すかをアイツの行動で決める」

 ささやかな、復讐。

 少年はすぐに提出した方がいいと思ったのだが、しかし、カメラだけではアイツの犯行かどうか、裏づけがない。

 だから、あぶりだすための策として、使われるのが「赤文字メッセージ」というわけだ。

「……俗に言う、『トイレの花子さん』か」

「七不思議の一役、担っちゃうかも」

 二人は、笑顔でそう言った。








「これが、トイレの花子さんなんだって」

「……ちょっと、待ってよ……!」

「え?」

「だってそれ、そのメッセージ、今の話が本当なら、女子の噂どおりならまだ続いているのよ!?」

「……あ」

「つ、つまり、それって……」

 盗撮した犯人が捕まっていないってことじゃない。

 その言葉に、二人はうろたえた。

「大丈夫」

 そして、一人の少女の言葉が二人の鼓膜を揺らす。

「明日で終わるわ」

「え……?」

「これで、本当に終わる……」

「ど、どういうこと?」

 少女を見る。真奈美の目に映ったのは、ドアの外へ左手を出している、一人の少女の姿だった。

 ただ、顔だけは見えない。陰が上手く彼女の顔を隠す。

「観察は、終わったの」

「終わった……?」

「うん。だから明日、赤のメッセージで書くことも、決まっているの」

 そういって、少女は扉の外へと出た。

「待って!」

 真奈美が外に出たとき、少年と少女が、手をつなぎながら歩いていく姿だった。


そして、翌日。

 『赤文字メッセージ』と称されたその伝言は、こうかかれていた。



「三年二組の担任、盗撮犯」



 書かれていたクラスは、真奈美のクラスだった。









「……いかが、かな?」

「……」

「ふふ、怖いねぇ。盗撮犯だって」

「ねぇ」

「ん?」

「君、さ。怖く、ないの?」

「何が」

「私は、怖いよ……」

 雅は語り部の前に行き、しゃがんむ。

 語り部も、寝転んでいる姿勢から座る姿勢へと変えた。

「本当に、今日で終わるのかな」

「『赤文字メッセージ』は真実しか語らない。何せ、『トイレの花子さん』直々のメッセージだからな」

「そう、だよね」

「そう」

「今日で、終わりなんだよね」

「ああ」

「でも、やっぱり、怖いよ」

 雅は語り部の首にすがりついた。

「大丈夫だ。怖くない。今日で、『トイレの花子さん』はおしまいだ」

「そう、だよね」

「ああ」

「そう、なんだよね」

「大丈夫だ」

「うん」


そして、トイレの花子さんが三年生に言い渡したとおり、担任の教師はその日、警察に捕まった。

以降、トイレの花子さんによる赤文字メッセージは、消え失せた。



 どうでしたか?

 

 感想、誤字脱字の指摘、書いて欲しい話のリクエスト、この話のここが良く分からない、などのご意見があれば、お願いいたします。

 

 

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